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違う歩き方で共に前に進む友に、花束を贈る

「オレ、カレー屋やりたいんよ」
夏フェスの会場で淳吾がヘラヘラしながら僕に言ってきたのは、もう7年も前のことだ。
2015年の夏、僕は社会人2年目。
一個下の淳吾は新卒ほやほやだった。

淳吾は、僕が大学生の頃に、ライブハウスで出会った歳下の友人だ。
淳吾は岐阜で活動しているダウニーズ(仮)というバンドでギターをやっていて、僕が友人と一緒に東京のライブハウスで主催していたイベントに出てもらったのがきっかけで、今も付き合いが続いている。

※過去にダウニーズ(仮)について書いた記事



淳吾のカレー屋が本気だってことを知ったのは、2015年の夏フェスから3年が経った2018年の夏だった。
新しいバンドを組んで活動を始めた淳吾が下北沢までライブをしに来た。

ライブが終わったばかりの淳吾は、僕のところに話しかけにきてくれた。
ライブの感想や今組んでいるバンドの話をして、近況報告の流れになったときにカレー屋のことを聞いてみた。

「あー、オレ去年会社辞めたんよ。いま、名古屋のカレー屋で修行しとるわ」

いまはアルバイトやけどね、といつも通りヘラヘラしている淳吾の様子に少し不安になりつつ、話を聞けば聞くほど自分の夢に向かって少しずつ準備していることがわかった。

聞けば新しく組んだバンドも、「絶対に赤字を出さない、みんな社会人で本業があるからそっちに支障をきたさないことを大事にしとる」と言っていて、学生の頃に「武道館でワンマンしたいから、とりあえず東京に引っ越す」と短絡的な結構やばい発言をしていた淳吾は見る影もなく、めちゃくちゃ立派になっていた。


その一年後の2019年。
僕が出張で名古屋に行くタイミングがあったので、淳吾が働いているカレー屋に出向いた。
事前に調べると、大都市に店舗を出している有名なスパイスカレーのお店のようだった。

出張初日の夜、一人でお店に行った。
僕はすぐに、厨房で働いている淳吾の姿を見つけた。
淳吾がこっちに気づくまで黙っていようと思って、チラチラ様子を窺うだけにした。
淳吾は真剣な表情で、ホールスタッフに声を掛けながら仕事をしていた。
こちらに全く気付く気配もなく、僕はカレーを注文し、食べ終えてしまった。
席を立つときに声を掛けようと思ったけれどなんだか気後れしてしまい、結局そのまま帰ってしまった。

その日寝る前になって、声を掛けないのはやっぱり変だと思い直して、翌日もう一度お店に行った。
今度は友だちとお店に行って、それでようやく声を掛けることができた。
なんだか気軽に邪魔をしてはいけないような真剣味が淳吾にはあった。

その後、コロナ禍を迎えてからも、連絡を取ったり共通の友人の結婚式のタイミングで会ったりして、淳吾の近況を少しずつ聞いた。


「週末だけお店を間借りして、自分で作ったカレーを出すようになったんよ」
「夏フェスで出店することになったわ」

そしてついに来月、淳吾は自分の生まれ育った地元で、カレー屋をオープンする。



会社を辞めて、修行して、自分のカレーをイベントで提供するようになって、お店を出す。
淳吾はこの7年間、少しずつ自分の夢に向かって前に進んできた。

淳吾の進み方は、ちょっぴり羨ましくも感じる。
それは20代半ばごろまで憧れていた生き方だったから。

ただ僕には、淳吾みたいに心の底からやりたいと思えるようなことがない。
そういうものを何度も見つけようとしてきたけれど、なかなか見つからなかった。
これから先で、何かを見つけられるかと言ったら、そういうものとは巡り合わない気がしている。

この7年間、僕は僕なりに前に進んできた。
年収や労働時間、住む場所、人間関係によって、その時の自分に合った環境に身を置くために、何回か会社を変えた。
後ろに下がってしまうようなこともたくさんあったけれど、折れずに少しでも前に進もう、よくない時はそうやって踏ん張った。

そういう進み方をしてきて気付いたことは、僕はそのときいる場所で、目の前のことを、できる範囲で一生懸命やるのが合っている。
社会人になったばかりの頃から、長期的な目標とかを問われると困ってしまうのは相変わらずだ。

そのときに納得がいく場所で、納得がいくことを、納得がいくまで頑張る。
納得いかなくなったら、また納得いく場所を探す。
それが僕の進み方だ。


淳吾は淳吾の歩き方で、生まれ育った場所で、これからもちょっとずつ前に進む。
僕は僕の歩き方で、今いる場所で、ジグザグかもしれないけどちょっとずつ前に進む。

違う歩き方で、違う場所で、共に前に進む。

淳吾のカレー屋に行く日が待ちきれなくなった僕は、少し先走ってお店に花束を贈った。


Blumin' Days / Yogee New Waves


<太・プロフィール> Twitterアカウント:@YFTheater
▽東京生まれ東京育ち。
▽小学校から高校まで公立育ち、サッカーをしながら平凡に過ごす。
▽文学好きの両親の影響で小説を読み漁り、大学時代はライブハウスや映画館で多くの時間を過ごす。
▽新卒で地方勤務、ベンチャー企業への転職失敗を経て、今は広告制作会社勤務。
▽週末に横浜F・マリノスの試合を観に行くことが生きがい。

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