次男坊は知的障害者、父の私は重症筋無力症という難病。 毎朝、次男坊はテレビのニュース特にネガティブなニュースをみて真似したりイライラしたり、ニュースで報道されているネガティブな要素で自分もそんな気持ちになってしまう。 私は朝はゆっくり落ち着いた気持ちで仕事に向かいたい。急いで食事することや慌ててストレスがかかることを避けたいから。 意外と朝に時間の使い方によって病気の出る症状が違う気がして。 まぁでも狭い家、出る時間もあまり変わらない。 これ毎日起こる。 お互いイライラ
なんかご利益ありそう
2017年8月 富士山にチャレンジ。 薬の調整も落ち着いてある程度普通の生活が送れるようになった。 でも何か吹っ切れないというか、スッキリしない感情が続いていた。 そんな中ちょっと奥さんに聞いてみた。 「なんか今までやったことないことにチャレンジしてみようかな。なんかないかな?」 即答 「富士山登ろうよ!」あ〜聞かなきゃよかった。これはもう行くしかないな。しれが2016年の夏ぐらい。 一度主治医に確認したら「どうせ行くでしょ〜止めても。」そうですね。よくわかってらっしゃる
仕事から帰ってきたら、テーブルの上にドンって置いてある。 まんまの「知多」 誕生日プレゼントだって。 かぁ〜参ったな、去年の4月に社会人になって給料から買ってくれた ありがとうありがとう。 わざわざ買ってくれたんだな。 少しずつ飲むか。でも美味いからチビチビ出来る心配。
次男坊が成人式。 私がネクタイを締めスーツ着せて、妻が一緒に成人式に参加。 初めての革靴に痛い痛い!とか言いながらなんとなく嬉しそうな次男坊。 「この服お兄ちゃんと一緒〜」とか言いながらね。 今まで、普通学級から支援学級に変わったり近所の幼馴染と違う学校に通ったり。 みんなとは何か違うことも本人はいろいろ感じ傷ついたこともあったと思うよ。 それでもニコニコしてくれる次男坊。 あなたは私たちの家の太陽です。 成人おめでとう。
難病でもう10年、病気前の自分と戦って落ち込んでみたり、難病が改善してきたら益々昔の自分と比較したり。 【病気を受け入れる】 この言葉をよく聞く。でも受け入れないことが何が悪い?それが強さと思っていたりしたかも。 今思えば病気を知ることが大事。目を背かないでしっかり知ることで、病気と共存し戦って行く準備をする、 これが大事なことってすごく思う。 完治しないし共存しかないから、向き合うしかないよね。
いろいろ我慢してきた。もういいかな。 周りには一人では何も出来ないって言われるけどね、どんな意味で言ってるのか。馬鹿にすんな。 ようやく理解してきた。 私は私の人生を歩く。もう責任は果たした。
10年。重症筋無力症と診断を受けてね。 もう病気だからってネガティブに考えるのが嫌になった。ガッツリ共存しよう。 後何年体が動くかわからないからこそしっかり自分に向き合って少しでも体を維持出来るように今日をしっかり生きる。 まずは副作用で増えた体重を落とそう。 そしたら久しぶりに会う人に言い訳しなくてすみそう。 サーフィンもまだまだやりたいし、もう一度イルカと泳ぎたい。 頑張ってみよう。
些細なことでイライラして自分でも嫌になり自己嫌悪になるという非常に嫌なサイクルが続いている。そん中仕事でお寺の近くに行ったついでに連絡したみた。 「お〜久しぶり!コロナで暇だからおいでよ!』なんて軽い返事。 1時間ぐらい懐かしい雑談なんかしながらちょっとイライラのこと話してみた。不思議なもんでなんか話したくなった。普段はそんなこと話さないようにしてるんだけど。なんかすごいなお坊さんになった同級生。 「お前は負けず嫌いだからずっと難病になる前の自分となった後自分とずっと心の
1回目のコロナワクチン摂取完了。 かなり悩んだけど打たずに後悔するなら打って後悔したほうがいいかなって。 摂取は若干持病が出て力が入りにくくなった。 そして夜は関節が痛んであんまり寝れなかった。ただビビっていたこともあるかも。。 朝は特に熱がありそうな感覚はないけど注射した左腕がばっちり痛い。 ただコロナ禍の中、心に大きな不安が渦巻きながら過ごしてきたがなんだか少し前に進んだ気がしている。
長男はこのコロナ禍の中で就活中。 すでに4月から事業所で働いている次男坊。長男は面接や授業なんかをネットで行い将来を模索している時期。たった一人で向き合っている。 そんな時期でも事業所から次男坊が帰ってきたら一緒にワンちゃん(チワワ)と一緒に散歩に行ってくれてる。もし自分だったら兄弟と一緒に行くなんて恥ずかしいとか考えるかも。ましては障害者の弟。 でも長男はそんなこと1ミリも考えてない。ワンちゃんが散歩好き、次男坊も一緒に行くのが好きただそれだけ。いつも一緒に散歩に行って
次男坊の初めてのお給料。障害を持って生まれてきた子の初任給。 社会に出て仕事をし貢献しその評価。安い高い関係なくただただ嬉しく思った。 10,080円は人によって大したお金と思わない人、大金に思える人。それぞれ違うし当然そうあるべき。 でもこの10,080円は私自身はすごく貴重ですごく大きな金額。 でも障害者の給料が少ないと思えばそうかも。でもそれは今後考えればいい。 社会に出て第一歩。学校とは違う社会人として沢山大変なこともあった思う。それでも一生懸命通って仕事した証。
4月からB型作業所に就職して働き出した次男坊。意外と気を使い職場でも笑顔でいることが多いみたいで、ちょっと環境が変わると頑張って疲れてしまう。 なんで週末は気晴らしに二人でドライブ。 車の中でいろんなことに大きなリアクションで笑ったり、私のつまらん行動にもしっかりのってくれて一緒に笑ってくれる。 乗ってる間中は車とすれ違う度に車の名前を話す。たまにレアな車がくると声がデカくなって事故りそうになる。。 小さい頃から変わらない感じ。よく二人でドライブしてたね。 結局自分が癒さ
よく行くサーフスポットは海の近くで一旦小さな丘を登ってそこから沖の方から海が見えてくる。 よく行く友達と社内の道中は老眼の話、また腰痛、肩が上がらんと会話がもうおじいさん。 ただこの坂道を降るときはちょっと若返る。 「お〜なんかありそうじゃん!」「オフショアだね〜」やら「お〜いいね!」やら「だめだー。飯食って帰ろ〜」ちょっと声が張る。 なんか高校の時に可愛い子がいるクラスの横の廊下を通った時に「いるかな〜、いないかな」のドキドキした感じ。古い友達なんで顔を見ればわかる確かに
次男坊がB 型作業所に就職。 とうとう働き出した。バスに乗って通い始めた。 もう心配で心配でしょーがない。 コロナ禍の中テレワークや直行直帰なんかも増え、自由に使える時間もある。ってことは心配する時間も増えてしまう。 バス停で待てるかな。 ちゃんとバス停で降りれたかな。 うまく仕事やれてるかな。 ちゃんと帰って来れるかな。 どんな顔してバス乗ってんのかな。 考え出すとキリがない。。 もうじっとしているのは大変。すぐに車で通勤ルートを走り回りたい。 でも、行って会ってしま