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魔法少女の系譜、その128~『王家の紋章』の逆ハーレムとは?~


 今回も、前回に続き、『王家の紋章』を取り上げます。
 前回は、魔法少女から離れて、ヒロインの相手役の男性たちについて、取り上げましたね。今回は、元に戻って、ヒロインのキャロルを取り上げます。

 『王家の紋章』のメンフィスが、モテモテ男であることは、以前に書きましたね。メンフィスのハーレムものとして、『王家の紋章』を見ることができるほどです。
 ところが、メンフィス自身は、どんなにモテても、まったく、キャロル以外の女性に目を向けません。現実にはあり得ないほど一途な「少女漫画のヒーロー」ぶりです(笑)

 ヒロインのキャロルも、メンフィスに負けないほど、モテまくります。『王家の紋章』は、「キャロルの逆ハーレムもの」と言われることがあるほどです。
 一九七〇年代には、まだ、「逆ハーレム」という言葉は、ありません。現象としても、まだ少ないです。『王家の紋章』は、逆ハーレムものの最初期の作品と言えます。

 ちなみに、『王家の紋章』の連載が開始された当時―昭和五十一年(一九七六年)―には、逆ハーレムどころか、ハーレムものという言葉さえ、普及していません。なぜなら、当時の少年漫画には、ラブコメというジャンルが、そもそも、存在しなかったからです(*o*) そういう時代でした。

 少女漫画をあまり読まず、少年漫画に親しんでいる方は、「少女漫画には、さぞかし、逆ハーレムものが多いんだろうな」と思うかも知れません。現在の少年漫画のラブコメジャンルは、ハーレムものが、てんこ盛りですからね。
 けれども、実際には、少女漫画で逆ハーレムと言える作品は、そう多くありません。

 「二人の男性の間で、ヒロインが揺れ動く」作品は、多いです。これは、枚挙にいとまがないほどあります。
 前回取り上げた『花より男子【だんご】』―略称『花男【はなだん】』―も、そうですね。ヒロインのつくしは、花沢類と道明寺司との間で、揺れます。
 『花男』も、よく、逆ハーレムものといわれます。確かに、F4という、美男子が四人揃っています。
 とはいえ、つくしに思いを寄せるのは、事実上、類と司だけです。他の二人、西門【にしかど】総二郎と、美作【みまさか】あきらも、後半には、つくしを憎からず思うようになりますが、恋と呼べるほどではありません。

 「一人のヒロインが、彼らと恋に落ちるかどうかを問わず、複数のいい男に囲まれる」状況を逆ハーレムと呼ぶなら、『花男』は、逆ハーレムです。
 「ヒロインが、複数のいい男と恋をする」状況を逆ハーレムとするなら、『花男』が逆ハーレムかどうかは、微妙なところです。相手になる男性は、二人ですからね。逆ハーレムというよりは、三角関係でしょう。

 個人的には、逆ハーレムと呼ぶならば、「三人以上の男性と恋をする」状況を、そう呼びたいですね。二人と一人ならば、「三角関係」という言葉が昔からあるのですから、そちらを使いたいです。状況が、はっきりわかりますし。
 「三角関係」では説明できないほど、多くの男性がからんできた時に、「逆ハーレム」を使いたいです。

 『王家の紋章』でも、「複数の―明らかに三人以上の―男たちに囲まれ、思いを寄せられる」点では、キャロルの逆ハーレムものといえます。
 キャロル自身は、メンフィス以外の男は、眼中にありません。メンフィスだけを愛します。イズミルでさえ、恋愛の相手にはしていません。彼には、友情と言うべき感情は持ちますが。

 『王家の紋章』の中心テーマは、「キャロルとメンフィスとの恋愛」です。このテーマは、動かざること山の如しです(笑) 二人の間には、神秘的な絆が結ばれており、それは、至高の存在です。
 キャロルとメンフィスとは、互いの名を呼び合うと、どんなに離れていても、通じ合うという現象が起こります。たとえ、キャロルが現代に戻ってしまって、記憶喪失になって、メンフィスのことを忘れている時でさえ、そうです。三千年の時空を超えて、記憶の彼方で、つながります。
 なぜ、こうなのかは、作中には説明がありません。「そういう至高の恋愛がある」という、作者さんの信念なのでしょう。

 キャロルが最も「魔法少女っぽさ」を発揮するのは、じつは、この部分かも知れません。キャロル単独の力というよりは、メンフィスと共同して働く力ですね。
 この点は、『はるかなるレムリアより』や、『超少女明日香』を思わせます。

 『はるかなるレムリアより』は、『王家の紋章』より一年早く、昭和五十年(一九七五年)に発表されました。この作品のヒロイン、涙【るい】は、パートナーに選んだナーガラージャと力を合わせると、帝王ラ・ムーとして、無限の力を発揮します。
 『超少女明日香』も、昭和五十年(一九七五年)に発表されました。ただし、その後、一九九〇年代まで、断続的に連載されます。
 『超少女明日香』では、ヒロインの明日香が超能力者なのに対し、彼女の恋愛相手となる一也【かずや】は、普通の人間です。ところが、明日香と相思相愛になることで、一也にも、シールドという超能力が授けられます。シールドとは、あらゆる超能力の作用を無効化できる能力です。

 一九七〇年代の少女漫画には、「運命的に結びついた男女の間には、一種の超能力が発生する」という共通認識があったのかも知れませんね(笑) 真実の愛は、奇跡を呼ぶわけです。恋愛至上主義の極限を現わす表現だと思います。

 さて、キャロル自身は揺らがなくても、横恋慕する男は、おおぜいいます。
 まず、イズミルですね。美男子で、性格も、メンフィスに比べれば、だいぶまともです。とはいえ、人妻になったキャロルを、諦めない執念深さを持ちます。現代で言えば、ストーカー以外の何ものでもありません。
 ちなみに、一九七〇年代には、ストーカーという日本語は、存在しませんでした。そういう現象があることさえ、一般には、認知されませんでした。

 それから、アッシリアのアルゴン王。彼は女好きで、戦争好きです。いかにも古代の王という感じの人です。自分の後宮にキャロルを加えたくて、狙います。
 イズミルの父親のヒッタイト王も、キャロルを自分の後宮に入れたいと思っています。この王さま、イズミルと親子だとは、とても思えません。アルゴン王に似て、好戦的で色好みです。自分の息子がキャロルを好きだと知っていながら、キャロルを自分のものにしようとします。性格悪いですね(^^;
 イズミルの高潔さは、母親似でしょう。ヒッタイトの王妃は、現代人が見ても、まっとうな人です。

 古代ミノアのアトラス王子も、キャロルに恋して求婚します。もちろん、はねつけられます。彼は、巨大な体に青黒い肌、角を持つ巨人です。その異形さのため、王にはなれず、幽閉されています。
 アトラスの弟が、ミノア王国の王のミノスです。十四歳の少年王です。彼も、キャロルに憧れますが、やはり、袖にされます。
 ミノスはまだ幼くて、キャロルへの思いは、恋というより、憧れに近いです。病弱で、線が細くて、美少年の彼は、『王家の紋章』のショタ要員ですね(笑)

 古代エジプトのカプター大神官は、恋愛とは違う理由から、キャロルを手に入れようとします。この人、黄金が大好きで、黄金コレクターなんですね。キャロルの金髪を気に入って、黄金コレクションの一つとして、キャロルを狙います。
 バビロニアのラガシュ王も、恋愛とは違う理由で、キャロルを狙います。最初は、アイシスの依頼を受けて、キャロルを殺そうとしますが、未来の知識を持つキャロルの有用さに気づきます。国のためにキャロルを利用しようとして、狙うようになります。
 ラガシュは、男性の主要な登場人物の中では、珍しく、キャロルに惚れない人です。感情ではなく、理性で考えて、キャロルを得ようとします。
 ラガシュが愛するのは、アイシスだけです。アイシスにとっては、誠実で、良い夫です。

 と、これだけ挙げれば、キャロルがいかにモテているか、おわかりでしょう。みな、何かしらの問題があって、キャロルでなくても、お断りしたい人ばかりですが(^^; 
 まあ、それを言うなら、メンフィスも、性格に難があって、普通なら、お断りしたい人です(笑)

 これだけ、古代でモテまくっているキャロルですが。
 なんと、現代では、モテない設定なのです。なぜなら、考古学おたくで、おしゃれなど、普通の女の子らしいことに興味がないからです。
 ちなみに、『王家の紋章』の連載が始まった頃には、まだ、「おたく」という言葉は、存在しませんでした。一九七〇年代に存在した言葉で言えば、キャロルは、考古学マニアです。

 「財閥の令嬢で、美少女なのに、モテないなんて、そんなことあるかぁ!」と思いますよね。私も、思います。でも、そういう設定なんです(^^;

 じつは、現代のキャロルには、婚約者がいます。金持ちのエロおやじとかではなくて、キャロルが留学しているカイロ学園の同級生です。ジミーという名で、ちゃんと美少年です(笑)
 ジミーは、父親が、考古学の教授です。彼自身も、考古学に興味を持っています。キャロルと趣味が同じなので、話が合って、恋人同士になります。

 二〇二〇年現在では信じがたいですが、『王家の紋章』の第一巻の時点では、キャロルは、ジミーとラブラブなんですよ。でも、古代へタイムスリップしたことで、ジミーとは引き離され、メンフィスと恋に落ちて、ジミーは忘れ去られます。作者さんにさえ、忘れられているのではないかと、心配になります……。
 少女漫画のヒロインの婚約者の中で、「影が薄い選手権」をやったら、ジミーは、間違いなく、優勝候補です(^^;

 そのジミーが、キャロルに対して、「モテないんだから、僕がお嫁にもらってあげなきゃ」的な発言をします。これが、モテない設定の根拠です。

 そのわりに、現代でも、キャロルは、ジミー以外の男性に好かれています。アラブの大富豪の息子、アフマドです。
 アフマドは、キャロルが、古代エジプトからタイムスリップして、現代に戻ってきた時、地中海でキャロルを発見した人です。そのままにしていたら、キャロルは海で溺れていたので、キャロルの命の恩人ですね。
 美少女で、謎めいたところのある―現代人なのに、古代エジプトで大冒険なんて、他人には言えませんよね―キャロルに、アフマドは惚れてしまいます。キャロルがタイムスリップして、現代に戻るたび、彼女を追いかけます。
 アフマドは、美青年なうえに、性格もいい人です。しかも、アラブの大富豪ですよ。女性の憧れですよね(笑)

 日本の少女漫画の中で、ヒロインの相手役として、本格的に登場した「アラブの大富豪」は、アフマドが最初期の人だと思います。
 二〇二〇年現在ですと、少女漫画というより、大人の女性向け漫画の中に、「シークもの」と呼ばれる、「アラブの大富豪が恋愛相手」というジャンルができています。

 女性の願望だだ漏れの逆ハーレムといえば、そのとおりですが。
 一人一人の男性との関係を見てゆけば、ちゃんと、相手の男性が、キャロルを好きになる理由があるんですね。
 古代オリエント世界でモテまくるのは、まず、彼女の外見が、金髪碧眼で白い肌の白人であることが大きいです。古代オリエントの王族ならば、こういう変わった容貌の女を、一人くらい、自分の後宮に入れたいと思うでしょう。アッシリアのアルゴン王や、ヒッタイトの王が、まさにそうですね。
 カプター大神官のように、黄金マニアのヘンタイも寄ってきます(^^; まあ、おおぜいいる中には、一人くらい、ヘンタイ枠の男がいてもいいでしょう(笑)
 メンフィスも、最初は、キャロルの外見をもの珍しく思って、王宮に連れ帰ります。

 もう一つは、キャロルが持つ未来の知識ですね。
 まっとうな王族であれば、キャロルが政治に役立つことを、すぐに見抜けるはずです。バビロニアのラガシュ王は、そこを見抜いて、キャロルを利用しようとしますよね。

 メンフィスは、キャロルの知識はもちろんとして、その人柄に惹かれます。
 現代人のキャロルは、人権の考えがしっかりあって、奴隷にも、王族にも、等しく接します。怒らせると恐ろしいメンフィスに対して、堂々と反論しますし、奴隷にも、親切な扱いをします。
 外見主義が強い古代にあって、キャロルは、異形のアトラス王子も、人の心を持つ人間だと認めます。アトラスの弟のミノス王に対しても、キャロルとは赤の他人なのに、懸命に看病して、彼の病気を治してしまいます。
 そりゃ、アトラスもミノスも、惚れちゃいますね。

 キャロルは、「さらわれヒロイン」の評判が高いためか、ただ周囲の状況に流されるヒロインのように思われがちです。
 実際には、違います。ちゃんと自分の意思があって、それをはっきりと表明します。親しい人でも、反対意見がある時には、反対します。
 キャロルの優しさと強さは、『花男』のつくしと通じますね。強大な権力者の男性と対峙して、その男性に惚れられる女性として、一つの典型なのでしょう。

 読者さんからの指摘で、キャロルや牧野つくしのような女性の類型は、最近、「おもしれー女」と名付けられたと知りました。現象としては、少なくとも、昭和五十年代(一九七〇年代後半)からありましたが、類型がはっきりと認識され、命名されたのは、二〇一〇年代のようです。

 今回は、ここまでとします。
 次回も、『王家の紋章』を取り上げる予定です。



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