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season7-3幕 黒影紳士 〜「手向菊の水光線」〜🎩第三章 菊の在処

三章だぞ。

🔗世界連鎖、発動‼️

黒影紳士世界「prodigy」より、ザインが登場するよ。もう、読んだよね?マガジン「黒影紳士の世界」から選んで読んでみると言い。
より、深く黒影紳士の世界を知る事が出来仕様になっています。


第三章 菊の在処

「サダノブ……衛星画像からこの辺一帯を探してくれ。此れだけ色が豊富なんだ。かなりの数の菊を育てているに違いない」
 黒影はそう指示を出す。
「先輩」
「何だ、問題でも発生したか?」
 黒影はサダノブがさっさとタブレットPCで検索しないので、若干苛立ち言った。
「いえ……其れより、白雪さん……」
「えっ?白雪……何処行ったんだ!?」
 黒影はさっきまで隣にいたのに、突如姿を白雪が消した事に慌てて、当たりをバッとコートを鳴らし振り返り見渡す。
 ……と、白雪が反対側の小さな船着所にいる。
 目が合った瞬間、パニエ入りの白いスカートをふわふら揺らして、両手を上げご機嫌な笑顔でジャンプして、黒影を呼んでいる様だ。


「サダノブ……あの、白雪の隣に見えるのは……僕の幻覚だろうか……?」
 黒影は其れを見てサダノブに聞いた。
「ダックちゃんボートですねぇ〜。俺、探して置きますからご自由に♪」
 と、サダノブは言うなり、知らぬ存ぜぬを決め込んでいるではないか。
「違――うっ!何が「ご自由に」だ!僕にあんなもの似合う訳が無いだろう!?良い笑い物だよ!」
 黒影は此れは如何やって断るべきかと、片手をコートのポケットに手を入れ片手は下唇に触れ、右往左往している。
 こんなにも見事に落ち着きなく考え込んでいる黒影の姿を見たのは久しぶりで、サダノブはケラケラ笑いが止まらない。
「無理だ駄目だ無理だ駄目だ!そもそもこう言うところのああ言う可愛いボートは別れると曰く付きじゃないか!」
 と、黒影は首を横に振り言うのだが、サダノブがタブレット画面を見乍ら、
「先輩、口コミを調べたら此処のダックちゃんボート、別れる、別れないが五分五分ですよ」
 などと言うのだ。
「はぁ?何を下らん事を調べているっ!さっさと仕事しろ!……其れに、何故(なにゆえ)此の僕がそんな五分五分の賭けみたいな事をしなくてはならないんだ!」
 黒影は今度は悲壮にも帽子の両脇を手で抱え塞ぎ込む様に、上半身をだらりと折り下を向いた。
「……其れは頑張って白雪さんに言えば良いでしょう?菊捜しならやっていますよ」
 サダノブはそんな事で其処迄悲壮感漂わせて言う事でもあるまいしと、半分呆れて言う。
「あっ!先輩!」
「何だ、今度はっ!」
 サダノブが急に出した大声に、黒影はまた下らぬ問題ではないかと、少し苛立ち気味に返す。
「リボンですよ、リボン!……ピンクリボンのダックちゃんは別れる率が上がって、赤いリボンちゃんが良縁に成るんですって。良かったですねぇ〜先輩。此れでこれからも夫婦円満。お陰で俺ら夫婦も先輩のやる気が落ちないから、食いっぱぐれる心配無し!と。家族奉仕だと思って行ってらっしゃーい。」
 と、サダノブはタブレットを観たまま、黒影に向けて手をヒラつかせ言うのだ。
「減給、ボーナスなし、首だっ!今、社長が非じょ〜に困っているのが分からんのかっ!」
 黒影は比率の問題では無いと怒るが、
「そんな事で首にしたら白雪さんが怒りますよ。……大袈裟なんですよ、何時もぉ〜。楽しく乗ってくれば良いじゃないですか、パパッと。ほら……白雪さん見て下さいよ」
 と、サダノブが言うので黒影は白雪のいたボートの発着所を再び見る。
 明らかに怪しそうに此方を窺っているではないか。
「サッ、サダノブ、後は頼んだ!」
 勘繰られたら拙いと、ロングコートを水平に波打たせ向かう黒影であった。

「最初っからそうすれば良いのに……」
 サダノブは相変わらずだと小さく笑い、菊が咲く庭のある家を再び探す。

 ――――――――
「遅いわよ。まさかまた似合わないとかぶつぶつ言ってごねていたんじゃ無いわよね?」
 と、白雪が腰に手を当て、走って来た黒影に言う。
「えっ、あっ……そんな訳無い無い。衛星画像が乱れていたから、如何かしたのかとFBIに問い合わせていたんだ。調べて貰って直ぐ問題解決したよ」
 黒影は慌てて嘘を取り繕う。
 そんな嘘は白雪にもバレバレなのだが、其れでも乗る気になってくれたならと微笑んだ。
 ボート小屋の管理人に一声掛ける。
「あの、赤いリボンのダックちゃんボートをお借りしたいのだが。赤だ。後、聞きたい事もあるんですがねぇ」
 と、黒影は事件発生した前日のアリバイや菊を持った人物を見なかったか聞いた。

「……そんな。あんなに大量の菊に気付かない訳が……。」
 黒影は言葉を詰まらせた。
「じゃあ俺が如何にかしたって言うのかい?兄ちゃん。何度かこの辺の悪僧が昔は夜に乗ろうと出入りしたもんだが、今はほれ……アレに映りゃあ一発で学校に連絡が入って説教くらうもんだから、すっかり大人しくなったもんだ」
「えっ?アレ……ダミーじゃないんですか?」
 黒影はボートの管理人の話を聞くと、バタバタと橋桁の先へと行き、堂々と設置してある監視カメラを見上げた。
「このタイプは日が変わると暗視に自動切り替えするタイプ……か」
 と、メーカーと品番を読み上げ、サダノブに襟裏の小型無線をオンにして伝え乍ら言った。
「了解……こっちから画像ハックしておきます。で?ちゃんと赤いリボンのダックちゃんですよ!後、社長のイチャイチャなんか聞いても楽しく無いんで、オフ忘れないで下さいね。こっちは穂さんともイチャイチャ出来ないってのに。記念に先輩の勇姿を其方の監視カメラから映った所を録画保存しておきますね。記念に如何ぞ楽しんで下さい」
 などとサダノブは言うのだ。
「今度休みを考えるよ。事件が待ってくれないのだから仕方無いだろう?其れより、其方からカメラで追えると言う事は、此の監視カメラの死角は?」
 黒影は勿論、此れからダックちゃんボートに乗るならば、コートに隠してある監視カメラ妨害電波を飛ばそうと心に誓い、片手をポケットに入れて聞いた。
「死角……ですか?数秒で、切り替わってますからほぼ無いですよ?もし、死角から侵入したとしても数秒で移動しないと映ります」
 サダノブはジャクした画面を見乍ら答える。
「何箇所に切り替わる?」
 黒影の質問に、
「12箇所。一箇所……10秒……ですね」
 サダノブはタブレットの中のカンマ何秒迄表示する精密ストップウォッチを起動し、確認した。
「120秒…詰まり、2分で湖一周を隈なく記録する事が出来る……か。良し、十分だ。有難う……通常調査に戻ってくれ」
 黒影は満足そうにそう言った。
「良しって……何が十分なんですか?」
「さぁな」
 サダノブが聞いたが、黒影は面白そうにそう答えただけであった。
 ――――――――

影の壁に深まる謎 挿し絵


 然し……此の僕が……此の僕が……。
「気にし過ぎなのよ。見られて無い……誰も然程気になんかしないわ。そう思えば良いのよ」
 白雪がダックちゃんボートの前で帽子を深く被り、小さく手を握りふるふるさせて俯いた黒影に言う。
「ああ……そうだ。誰も気になど気に……気に……否、しているだろう?!」
 帽子の鍔から顔を上げて辺りを見た時、反対側の現場仕事中のサダノブや風柳含む刑事や鑑識までもが此方をじっと見ているのが分かる。
 中には手を止め、立ち上がって此方を向いている者までいるではないか。

 ……闇社会に迄名を馳せたこの黒影も……最早……ここ迄か……。

 黒影が諦め掛けた、まさにその時である。
 ある名案が浮かぶのであった。……そうだ、あの……「黒影」とは僕の事だ。
 ……これ程までに己が「黒影」で良かったと思えた日はない!
 ……そう、黒影は己の影を見詰め、伸ばして行くとバッと両手を広げ、空を仰ぐ様に上空へ飛ばした。
 大きな影がみるみる湖を囲って壁を作って行く。
 其れはまるで、夜の帳が落ちて行く様に……静かに一帯を侵食して行く。
 誰も邪魔しない空間に唯一届くのは、優しい上空の木漏れ日だけ。
「あーっ!ずるーぃ!」
 と、聞こえたサダノブの声も、此の際無かった事にしよう。

 ーーーーー

「狡いも何も無いだろう……。全く人のプライベートを何だと思っているんだか」
 黒影はそう悪態を吐く。
「まぁまぁ……興味深々なのは、探偵なら良い事よ」
 と、白雪は先に赤いリボンのダックちゃんボートに乗り込み、黒影を手招きする。
 黒影は大きな溜め息を一つ吐いたが、
「此れも……息抜き」
 そう、呟き自分にも言い聞かせると、頭を打つけない様に下げ乗り込んだ。
 必死に漕ぐのも些か馬鹿らしく思え、だらりと座ると、親指だけを軽くハンドルに掛け、のんびり漕いで行く。
「なぁ〜に?その嫌々感は?折角二人きりなのよ?こうやって思い切って漕いで燥ぐのよっ!」
 と、白雪はガッツリハンドルを握ると前のめりになり、届き辛い足をいっぱいに伸ばし、遠いペダルを必死で漕ぐではないか。
「え?ちょっと……。其れじゃあ、折角の景色が見れないんじゃないのか?」
 と、黒影は白雪が何で必死に漕いでいるかも分からずに聞く。
「アトラクション要素よ!」
「アトラクション?」
 白雪の言うアトラクション要素の意味が黒影には理解出来ない様だ。
「そうよ、こうやって漕ぐでしょう?……黒影、貴方も漕ぐの!……そうすると、力の加減や差で真っ直ぐに中々進まないでしょう?詰まり、二人の息がぴったりじゃないと行きたい方向に行けないのよ。……其れをあーだのこうだの言ってキャッキャッ言って遊ぶ物じゃない」
 と、白雪は口をまるで此のダックちゃんボートの嘴みたいに尖らせて拗ねている様だ。
「成る程。……其れで僕がだらんと漕いでいて、白雪が必死に漕いで、先程からぐるぐる回っているだけなのが不服なのか?」
 黒影はそう言ったが、嫌味では無く微笑んでいた。
 白雪の子供の様な無邪気なところが、凝り固まった己の頭を解してくれる。
「そうよ」
 其れを聞いた途端に黒影は笑顔になって、
「白雪……ペダルに足を打つけるぞ、足を離して」
 と言うなり、急速にボートを旋回させ漕ぎ始めた。
「あん、もうっ!一人で楽しむんだからっ」
 白雪はこんな時にもスピード狂が出るものかと呆れたが、最近「世界」や事件の事で眉間に皺を寄せてばかりいた黒影が、少年の様に笑い遊んでいるのを見て安堵する。

 ……良かった……束の間だけれど……貴方の笑顔の横に……
 私、いられる。

 さりげなく肩に身を寄せ、恋人らしいデート。
 何時も事件序での……されどデート。

 ――――――――――
「綺麗ね……」
 水面に揺れる木漏れ日を抜けると、真上から太陽の日差しが漣に揺れキラキラと輝き動く。
「……ああ」
 黒影は湖の中央で、その光が消えたり現れたりする姿に心を奪われ見惚れていた。
 すると、小さな気泡が其の光の合間から見え隠れするでは無いか。
「……鯉でも居るのか?其れとも天然ガスの部類か?」
 黒影は美しい水面を見乍ら、ポケットからアンティークルーペを取り出し、ボートを静かに近くに寄せる。
「随分下からだ……」
 ルーペを水面に水平に付けて、動かし水面をゴーグルの様に見ていた。
 上の方は透明度が高いが、下は泥なのか濁りが多く良く見えない。
「人面魚でもいた?」
 白雪は黒影の乗り出した窓に寄って、興味を示す。
「そんなのいやしない。あれは奇形の鯉で実は良く存在する。業界では形が悪いと見向きもされない。誰かがそんな鯉を沼に捨て、上から見たらそうも見えなくもないと話題になっただけだ。知ってるかい?人は目の位置、口の位置の逆三角形に点を打つだけで、人間だと一瞬判断するんだ。子供なんかは特に。更に真ん中に鼻に見立てた線がありゃあ、大人でも人間っぽいと錯覚する」
 と、黒影は意図も簡単に人面魚の謎を解いてしまったので、白雪はちょっと憤れた。

 そんな時だ。
 下から流れる様に点々と続いた小さな気泡の中に、一気に大きい物が一つ上がってくる。
「この、気泡の出るリズム、そして……今のは!!」
 黒影はある事に気付き、コートと帽子を即座に脱ぐと白雪に纏めて渡した。
「どっ、如何したの、一体?」
 白雪が動揺して聞く。
「いる!人がいるんだ!……助けて来るっ!」
 其の言葉と同時に、白雪が止める言葉も聞かず、黒影は湖の底へと、飛沫も上げず……スッと身体を捻り、手先から器用に飛び込んで行ったのだ。
「まぁ、大変!サダノブに知らせなきゃ!」
 幾ら耐水の無線を黒影がシャツの襟裏に何時も付けているとは分かっていても、湖のこんな山間で通じるかなんて分からない。
 白雪は、黒影の服を椅子に軽く畳み置くと、己の影をトンッと軽く蹴り、白梟に姿を変えた。
 此れならば、黒影が作った影の壁を超えられる。
 其れに、黒影とだけでも意識疎通も出来る。

 ……黒影!サダノブに知らせるわ!……

 白雪は黒影の意識に話し掛ける。

 ……生きてる!誰か、沈んでる……が、さっきの大きな泡は最後の息を吐き出したんだ。早くしないと……。
 ……!?何だこれは……っ!?

 黒影は何かに困惑している様だ。

 ……如何したの!?大丈夫!?一回上がって来てよ、黒影!……

 白雪は願う様にそう言ったが、黒影の返事は……。

 ……無理だ。僕が上がって戻った時、彼の生存率はほぼ皆無に等しい。足に何かロープで錘を付けられている。
 故意に鎮められたんだ。死んでしまう……。僕は水の中では鳳凰の炎の力はほぼ使えない。このロープを切りたいんだ……。

 黒影は白雪の意識にそう伝えた。白雪は其れを聞き、慌て翼を羽ばたかせる。気流もない湖の上で。
 その間も考えていた。
 確かにサダノブの氷ならばロープは切れるかも知れない。けれど、黒影の影で今……この湖は囲まれている。
 飛べないサダノブを如何やって中に入れれば……。

 ……ねぇ、黒影?影で何とかならないの?

 白雪は黒影の意識に聞く。

 ……無理だ。底が暗く影だらけで、自分の影が分からない。切り出せないんだ。

 と、黒影は己の影を切り出して鋭利にする事は不可能であると告げた。

 ……何とかしてみるわ!待ってて!

 所謂、絶体絶命とはこの事か。
 黒影の力が使えない条件が揃ってしまった。
 更には先程囲った壁でさえ、体力を消耗し続ける水面の中では、回収すら難しいであろう。

 白雪は高い影の壁を越え、サダノブの姿を見付けると、人の姿に戻り走った。
 自分の力では愛する人が危険なのに、何も出来ない悔しさも、失いたくは無いと言う恐怖も全部振り切って。
 ……今は、貴方の無事を誰よりも祈って……

 ――――――――
 白雪が到着する寸前にサダノブは天にある物を見た。
 水の竜巻が此方へと流れ込む様に来たかと思うと、影の囲いの中の湖の方角へ突っ込んで行く。
 其れを見たサダノブは、一瞬で何が起きているか気付いた。
「あんの、青龍の野朗ーーーっ!!またのこのこと来やがって!俺1だって言ってんだろうがーー!!」
 そう……水の青龍使いの「ザイン」が来たと言う事は、黒影のピンチである。
 が、鳳凰付きの守護の狛犬であるサダノブからしたら、先を越されるのが妙に腹立たしいと言う訳だ。
 サダノブは黒影の作った影の壁に、手を野球の球でも投げる様に振り翳し氷を当てる。
 平たい円の氷は漆黒の壁に、一見ランダムに突き刺さった。
 白雪には先程のザインへの怒りの叫びで、サダノブがもう黒影を助けに行くであろう事が分かる。
 サダノブは突き刺さった円柱を台に、階段にし壁をひょいひょいとジャンプし上がって行く。

 飛べなくても……狛犬の意地、此処にあり。

 サダノブは慌ててボートに乗り込むと、黒影と白雪が乗っていたであろう、一隻の誰も乗っていない赤いリボンのダックちゃんボートを見付ける。
見慣れた畳まれた漆黒のロングコートと、シルクハットもある。間違い無い。

「ん?あれは……。良く見えないなぁ〜。」
 サダノブは黒影が飛び込んだであろう場所に向かう際、一隻のダックちゃんボートとすれ違う。
 顔を確認してやろうと覗き込んだが、ダックちゃんボートと言う、周りの窓の縁が分厚い特徴から、角度的に顔が見えない。
 パーカーのフードを頭まで被り、マフラーを口元まで上げているので、横からも確認は出来なかった。
 此処は確認しておきたいところだと解ってはいたが、黒影が心配である。
 更に言えば、10秒に12箇所を撮影する監視カメラもある。
 2分で湖全体を映すのだから、あのゆっくりなダックちゃんボートを必死に漕いだとしても、必ず監視カメラに映る。
 黒影ならば人命救助を第一にするだろう。
 犯人は逃しても、必ず痕跡や情報を残す。追うだけが探偵ではないと、良く言ったものだ。

 ――――――――
 サダノブが顔を確認出来なかったダックちゃんボートの先を見ると、やはりザインがボート貸し小屋の前に突っ立ている。
 乗り降りは彼処でするんだ。ザインからは良く人物像が確認出来るに違いない。
「また、そんなコスプレみたいな格好で来やがって!此処は日本だ!その目立つ大剣を隠せと、先輩にも言われただろう?……良いか、俺が一番に先輩を助けに行く!俺1だ!邪魔するなよっ!」
 と、ザインに向かってサダノブは大声で言った。
「誰1でも構わん。さっさと行ってやれ。呼吸が薄くなっている。」
 ザインは、湖の水面に掌を当て、中の様子を窺っている様だ。水龍使いなのだから、水の感じ方で分かるのだろう。
「言われなくても!」
 サダノブはザインが水で巻いて隠していた、青龍が渦巻き示す真下へ飛び込んだ。
「犬掻きか……」
 思わずザインがそう言ったのも無理は無い。
 黒影と違い、思いっきり水飛沫を上げ、勢いだけで突っ込んで行ったのだから。


「……此方は此方の役割だ。……ガードシールド!(防御魔法円陣)」
 ザインは大剣を背の鞘から抜き取ると、大剣を己の前に突き刺した。突き刺さった場所から青い光と共に大量の青龍が舞い上がる。
 大剣から出た青龍と共に魔法陣が瞬時に広がり、其処から半球体の青光りする半透明の空間が出来上がった。
 攻撃では無い。
 鉄壁の守りの中でもオリジナルだけが持つ、最高峰のガードと謂れた、ザインの防御と回復の祈り。
「黒影紳士」の世界には無い、「Prodigyプロディジー」の世界の戦いでは、欠かせない能力だ。
 ザインは目を閉じ、青龍の静かな蠢きと共に、水中の二人を見守っていた。
 サダノブがザインを嫌う理由の一つに、先代の鳳凰をザインが守れなかった事もあるが、何となくはザインにも分かるのだ。
 己は今度こそ、鳳凰を守り抜きたい。
 サダノブは己で選び、四神獣になる事さえ捨て、黒影を守る為に狛犬を選んだ。
 本当は格下等とは思った事が無い。
 ただ、その鳳凰を護りたいと必死な姿が、時々羨ましくもなる。
 神獣である限り……そんな風に素直に、何かを捨ててでも常に護るなんて、きっと成れはしないのだから。
 本来の己の使命が別にある我々よりも……。

 ――――――――――

 ……苦しい…………サダノブ、未だかっ!?

 黒影は何としてでも沈んだ男を引き上げようと、巻き上がる濁った水で見えない視界の中、錘からロープを外そうと必死である。
 苦し紛れに上を見上げた時、サダノブが此方へ向かう様子が微かに見えた。
 ……良し!もう少しだっ!……
 黒影は呼吸を長く保たせる為、動くのを止める。
 サダノブを擦り抜けて、青龍が静かに黒影の周りを周回する。
 すると、みるみる巻き上がっていた底の泥が落ち着き沈み、視界が開けた。

 ……ザインか……助けを呼んでいないのに……何故?
 ……まあ良い……此れでサダノブも動き易い……。

 黒影はザインに心で感謝し乍ら、足元の錘とロープをじっと見詰めた。

 この錘……

 黒影は何かに使えるのではないかと思ったが、その時……呼吸は限界に近付いていたのだ。
 サダノブがやっと到着し、片手を振り上げ氷で雑に作った即興の剣を振り翳し、ロープを叩き切る。

 ……後は上がるだけだ!

 黒影は呼吸を考え、後から来たサダノブに、男を預けた。

 後は真っ直ぐ上がるだけ……。
 だが、一気に上がり過ぎても気絶する。
 ゆっくり……だが、素早く……慎重に……。
 光に向かって手を伸ばした……。
 白雪が待つ……皆んなが待つ……愛しい地上がこうも遠く感じるとは……。
 薄れそうな意識には……ただ、幻想的な水面の光。
 外から我が身突き刺す……神々しき光の中。

 浮上の途中……身体が……止まった。

 このまま……沈み……還らぬ者と……なるのだろうか。
 鸞……気掛かりな息子に未だ……教えたい事が沢山あるのに……。
 白雪……もっと……二人の時間……増やせば良かった……
 風柳さん……否、時次……もっと……本当は……兄弟らしく……在りたかった……。

 ……嫌だ………………こんなにやりたい事が未だ在ったのに……後悔と共に……沈みたくは……無い。

 ――どんなに天国の様に綺麗な景色であろうとも――


 ………………菊……か?

 其の時、黒影の視界に菊の花弁が手を伸ばす先に、線を成して水面まで連なり見えた。
 不思議な光景だった。
 けど、僕は其れを見て思い出したんだ。
 …………そうだ、未だ菊のご遺体の事件……解いていない。
 無意識だった。
 僕は其の菊の花弁を掴みたくて仕方なかった。
 解けない謎を知りたがるハイエナの様に。
 未だだ……未だ……みえない……
 未だ……未だ……答えを知る迄は……

 一つ一つ……知らず知らずに掴んでいた
 光に……近付くのを感じた
 暖かな……光に………………。

 其の後の事はあまり憶えていない。
 ――――――――――

「先輩!先輩!」
 サダノブの声がする。
 目は薄ら開いたが、光で余り見えない。
 水の流れを身体中に感じる。
 ふわふわと浮遊し、流れている様だ。
 軈て其れが、サダノブが僕を泳いで運んでいた事に気付いた。
 片手に僕を、もう片手に沈んでいた男を一人で……。
 僕に言われた様に、意地になってまで少しずつ少しずつ運んでいる。
「おいっ!青龍の野朗!高みの見物してんじゃねぇ!」
 サダノブがそう叫んだ。
 ……そうか、ザインもいるのか。
「サダノブ、仲良くしなさい」
 僕は何時もの様に、サダノブに言った。
「あっ!先輩、良かった。だってあの野朗!」
 サダノブはやはりザインが気に食わないらしい。
 ……が、ザインは何も言わず、一匹の龍を此方に放った。
 龍の背鰭を持ち捕まる。
 体力は限界だったが、それはザインも分かっている筈。
 落とさない様に、三人を龍は静かに乗せザインのシールドの中へ連れて行く。
 僕は其のままシールドの中に横たわり、眠った。
 この中は神の聖域……ザインは何人(なんぴと)たりと、回復するまで、他に邪魔を入れはしない。
 其れが分かるから……。
 ……もう、助かったんだ。
 サダノブはあれだけ喧嘩越しだったのに、疲れたのか先にぐうすか眠っている。
 此のシールドの中では誰だって安心していられる。
 戦いを嫌う嘆きの龍が、静かに見護っているのだから。
「信じられる安らぎ」と言うものが、此処には存在する。

 ……薄れる意識で微笑んだ。
 ……やっぱり……喧嘩する程……仲が良いじゃないかと。

 ――――――――
 目が覚めると、ザインは何事も無く、何時もの様に無口に刺さった大剣に両手を添え、佇んでいる。
 如何やら僕が一番初めに目覚めた様だ。
「……サダノブの方が回復は早いと思っていたのに……」
 思わず、まだ眠ったままのサダノブを見て言った。
「ただの爆睡だ」
 と、ザインがチラッと僕を見て答える。
 周りを見渡しているのは、長い間戦いの中にいた癖で、警戒してしまうのだろう。
「日本は平和な方だよ」
 ザインにそう、僕は言った。ザインのいる世界に初めて行った時の戦火の地獄絵図は今も忘れられない。
 ザインが統治する迄の話しだけどね。
「何故、日本に?」
 ザインは口下手な所があるので、気にせず話し掛けてみる。
「今年の干支だからな。辰年だろう?(※此れを書いている時点で2024年である)日本の結界を強めに来た。そうしたら、菊の花弁が飛んで来て知らせたんだ。その菊の花弁を見た時、直ぐに分かった。……其れが、「真実の丘」から飛んで来た物だと。」
 そうザインは答えるのだ。
「真実の丘」は僕の理想で作られたが、平和と平等の想いが一致し鳳凰が現れ……今や僕と魂を一つに出来る。
 そんな場所だからこそ、多くの世界の中でも一部にしか指定されない「聖域」となっている。
 ザインはその「聖域」を護る役割りも担っているので、そこから飛んで来たと言う事に気付いても可怪しくは無いのだ。
「あの菊がねぇ……」
 確かに僕が溺れ死にそうな時も、菊の花弁が見えた。
 てっきり事件現場の物が流れたと思ったが、現場からはかなり離れていたし、真っ直ぐに水上まで道標の様に並ぶなんてあり得ない。
 其れがもし、「真実の丘」の産物であれば、あり得る話しなのかも知れないな。
「……あの菊に弔われた魂は、行き場を無くし無縁仏に成るところだった。黒影に救われたと思っているんだ。「あの丘」に平等に安寧に帰して弔われた事に」
「僕は何も……」
 ……そう、何時もと同じ変わらない事をしただけ。
「良いじゃないか。恩を返したいと言うのだから、黙って貰っておけば良い」
 ザインは、少し戸惑う僕にそんな風に言った。

「結局、青龍の野朗が先にしゃしゃり出るんだ」
 行形、起きたサダノブが胡座を掻き、拗ねて口を尖らせ言う。
「だから青龍の野朗じゃなくて、ザインだろう?」
 と、黒影が注意したが、サダノブは外方を向いて訂正しない。
 サダノブが助ける時、水の青龍がすり抜けて先に視界を広げた。
 其れは詰まり、その時点でザインは三人を救えたのだ。
 けれど、視界を広げるだけでサダノブに花を持たせようとした訳である。
 勿論、其の事にサダノブも気付いていた。
 だからこそ、余計に腹立たしいのだ。
「何方が救おうが、僕は助かれば何でも構わんのだがな」
 黒影は呆れて冷たくそう言う。
 その言葉に、サダノブはバツが悪くなり、話しの輪に振り返り戻って来る。
「問題は、未だ治療中のこの人物だ。我々…詰まり、警察関係者も含めた全員がいたにも関わらず、大胆な犯行により沈まされ殺され掛けた訳だ。こんな時に……如何にも心中の入水自殺に見えるが……。菊の花が溢れる程詰められた普通のボートに、腐敗も進んでいない綺麗な女性のご遺体。僕が見るからに、死後一日程しか経っていなかった。そして今日は彼……。警察は勿論二人の関係を洗うだろう。然し、関係が在ったとしても、僕には心中には見えない。そもそも心中ならば、同じ場所、時間、同じ様な死に方を選ぶだろう?此れは……連続殺人を犯人は考えていたのではないか?
 例えばそう……心中と成れば、捜査が手薄になるからね。ほぼ扱いは自殺案件と変わらなくなる。
 でねぇ……僕ならばだよ。幾らご遺体の彼女と関係があったとしても、何の恨みも無い男を序でで殺せるか?……自分が捕まった時に罪が重くなる。かなり猟奇的で何人でも御座れなタイプならば、先ずこんなに一件につき拘った殺し方はしない。拘るとしたら、統一性を持たせる為だけだ。……何か意味がある様にしか思えないな。多少なり意味が無くては、序でにでも殺し辛いものだろう?」
 と、黒影は考え乍ら言った。
 自分だったら……単純にこう思う。
 一見、二つの不可思議な死を見ても黒影が念頭に常に置いている事だ。
 人の考える基本から幾ら逸脱して見えても、全てを逸脱出来る人間はいないと考えるからだ。

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読書感想文

お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。