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佐々木克氏の『戊辰戦争 敗者の明治維新』を読む

■「明治維新150年」

▼先日のメモで、山内明美氏の次の文章を引用した。

〈また〈福島の不条理〉からはじまるのか。150年前、会津の人々の近代が移民生活ではじまったように。〉

▼この文章を読んで、一冊の本を思い出した。佐々木克氏の『戊辰戦争 敗者の明治維新』(中公新書、1977年初版)。

勝者ではなく、敗者の側から、戊辰戦争の始まりから終わりまでを描き切った力作である。

「明治維新150年」を振り返るのに、これほど適切な一言はない、と思える言葉が、そのラストに紹介されている。去年、紹介するのを忘れたので、「3月11日」を機会に触れておきたい。

■「戦後50年」の感覚

▼佐々木氏が本書のむすびに引用したのは、平民宰相といわれた原敬の言葉である。適宜改行。

〈大正6年9月8日、盛岡で戊辰戦争殉難者50年祭が挙行された。政友会総裁の原敬が事実上の祭主として列席した。彼は1カ月前に帰省していたが、それは月おくれのお盆と、恒例となっていた地元有志・友人を招いての園遊会、そしてこの50年祭を準備するためであった。

 原は盛岡藩家老加判の名門に生まれ、14歳で戊辰戦争を経験した。彼もまた敗戦の深い疵を負っていた一人である。原の政治活動は簡単にいえば薩長藩閥との戦いであった。

薩長人が東北諸藩を嘲笑した〈白河以北、一山百文〉からとった一山をわざと自分の俳号として、日々の政敵に闘志を燃やしてきたのであった。いまや彼は権力の座を目前にしていた(原内閣は翌大正7年9月成立)。〉(220-221頁)

▼ここで一つ補足しておくと、〈白河以北、一山百文〉とは、現在の福島県中通り、白河市のあたりから北は、ひとつの山にたった百文の値打ちしかない、という驚くべき東北蔑視の標語である。原敬の俳号「一山」は「いっさん」と読む。

ちなみに、東北のブロック紙である「河北新報」の「河北」は、この〈白河以北、一山百文〉の「河」と「北」からとっている。

■「政権の異同」の一言

▼佐々木氏は〈『原敬日記』には50年祭当日の記事をつぎのように記している。〉として、日記を引用する。そのなかに、該当の言葉がある。

戊辰戦争後は政見の異同のみ、当時勝てば官軍負くれば賊軍との俗謡あり、其(その)真相を語るものなり〉(221頁)

〈原敬が声を高くして訴えたかったのは、南部(盛岡)藩も勤王の志があったのだが、戦争に敗れたため賊軍とされてしまったのだ、ということではない。ただ一つ、戊辰戦争は「政見の異同のみ」にあったのだというところにある。

たんに政治的見解を異にしただけのことで、それは原の政敵山形有朋や、反対党の憲政本党との政治的対立と同じようなものである。

相対立する双方は同列で、一方が勝利したからといって敗者を処断できるすじあいのものではない。だから敗けたことをいつまでも恥たり卑屈になることはないのだ、と説いていたのである。

「政権の異同」にあるのみ、とは簡潔にして名言である。

東北戦争を、奥羽列藩同盟を討幕派の物差しでしか計ろうとしない歴史書への批判として、現代においてもなお原の言葉は生彩を放っている。〉(222頁)

■「おくれた東北」を生んだ薩長

▼佐々木氏は、戊辰戦争の「戦後50年」に、この「政見の異同のみ」という一言を放った原敬の胸中を語ることによって「戦争の傷」に触れて、本書を締めくくる。

〈原の胸中にはもう一つの意図が含まれていた。原は、50年祭の挙行は人々の「風教のため」になるとみていた。

つまり戊辰戦争を見なおすことによって民心に活をあたえ精神を作興する、それが停滞しきった東北を自力で更生させる途(みち)であると考えていたからであった(原は大正2年自ら世話人となって渋沢栄一、益田孝、大倉喜八郎ら財界巨頭を集め「東北振興会」を組織していた)。

 戊辰戦争の傷痕はいぜんとして根強く残りつづけていたのである。おりから、日本の国民は、日清・日露の対外戦争を経過し、国力が疲弊しきっていたにもかかわらず、列強の席を確保しようとする薩長藩閥政府のために、極度の犠牲的生活を強いられていた。

そして、まさにこのとき〈後進地東北〉の問題は、ただ東北地方の民衆の問題だけではなく、〈おくれた東北〉を生みおとした薩長藩閥政府自らに課せられた、国家的課題ともなっていたのであった。〉(222頁)

「戊辰戦争」から「太平洋戦争」まで、日本を貫く歴史観を感じさせる骨太の結論である。

▼「政権の異同」を争う舞台はインターネットに広がった。「政権の異同」は今、かつてない規模で日本社会にヘイトスピーチを生み出し続けている。

明治維新から150年が過ぎた。原敬が訴えた戊辰戦争観は、2011年の東日本大震災までの日本を貫く歴史観として、今も生彩を放っていると言わざるを得ない。

(2019年3月14日)

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