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人の心に残る文章って?

文章を読んで、じんわりと涙が出てくる体験をしたことはありますか?

小説を読んでいて感動的な場面に出会ったら、もちろん視界が滲むこともあると思います。しかしそれが小説ではなく、普通の文章だとしたら……。

先日「ドナルド・キーン自伝」を読んでいて、まさにこの状態になりました。

(キーン先生のことをよく知らないという方のために、年譜のURLを載せておきますね。https://www.donaldkeene.org/history

この本には、キーン先生の従軍体験や日本での生活などが書かれています。

さて、なぜ私がこれを読んで涙が溢れたかというと、ズバリこの文章に込められた情熱に泣かされたからです。

戦争体験などは確かに悲惨な場面も出てきますが、大学で歴史を勉強していた私にとって、自伝は史料と同じ。著者に敬意を払えど、あまり感情移入することはありません。

それなのに、どうして涙が溢れてくるのだろう?

何てことのない日常の場面にも、胸が熱くなってしまうなんて。

読み進めていくうちに、大きなヒントとなる文章に出会いました。

私は自分の講義を、出来るだけ個人的かつ興味深いものにしようと心掛けた。他の教授たちが何年も前に準備した講義の原稿を読み上げていた時に覚えた退屈のことが頭にあって、私は一切ノートを使わずに講義することにした。詩や小説の「流派」に属する人々のリストや生没年はさておき、自分が取り上げた作品に対する私個人の反応にもっぱら頼って講義をした。

―ドナルド・キーン『ドナルド・キーン自伝 増補新版』中央公論新社、2011年、251-252ページ


自分の仕事にこんなにも情熱を傾けていた人が、この自伝だけ手を抜くなんてありえません。きっと、これと同等かそれ以上の熱意で書き上げたのでしょう。人間って、不思議と人の情熱を受け取ってしまうものなのですね。文章の端々から、先生は本当に日本と日本人を愛しているのだと伝わってきました。

人を感動させるのは言葉選びだけではありません。むしろ時には、心から溢れ出る思いそのままを綴るほうが、相手に伝わることもあります。大切なのは言葉という額縁だけではなく、そこに込められた思いなのです。思いの丈を素直にしたためれば、多少は不格好でも届く人には届きます。届かないこともあるのか、と思われました?それは相性があるから仕方のないこと。むしろはっきりあなたの色を乗せた文章のほうが、届けたい人に届くのだと思います。

これはきっと、noteや履歴書の志望動機、企画書など、どんな物を書く時でも思い出したいことだと感じました。何よりも大切なのは、自分の中の情熱を言語化し、素直に表現すること。情熱のままに書き進めること。人の心に長く残るのは文字ではなく、熱い心そのものなんですね。

時々昔の学生たちから手紙をもらうことがあって、それによれば学生たちは私が日本文学について教えた内容は忘れてしまったが、私が講義で示した熱意のことはよく覚えているというのだった。

―ドナルド・キーン『ドナルド・キーン自伝 増補新版』中央公論新社、2011年、252ページ

私も読者の方々と情熱を共有できるような文章を書けるよう、日々精進して参ります。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

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☆今回読んだ本はこちら

ドナルド・キーン自伝-増補新版 (中公文庫) https://amzn.asia/d/5euJZ3s

Kindle版もあるので、興味のある方はぜひ読んでみてください。

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