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逆になんか、一方的なエネルギーこそ、循環するような気がする。

城下町。昔のこの町の住民たちが、せっせと山からの湧き水をひいてきた水路に、大きな大きな鯉たちが泳いでいる。何代も前のご先祖鯉たちから引き継がれた命を胸に抱き、悠々と泳いでいる。

この水路は、蔵や古い民家に囲まれていて、狭い。だから、水路横の石畳の道は、人がやっとふたりすり抜けられるほど。それだけ狭い道だから、車やバイクはおろか、人もあまり通らない。

静かで、ゆるやかな水の音がして、鯉が悠々と泳ぎ、誰もいない。まるで時代に取り残されたかのような、そんな水路。

すぐそこの曲がり角から、木箱を担いで、「おっ、ちょいと、にいちゃんごめんねぇ、通るよー」と、江戸の行商の男が通りすぎて行っても、違和感がない。そんな水路。

なんてね、しもーぬ姉妹は、大鬼の棍棒のような大きさの鯉を見て、ぎゅぴぎゅぷきゃぷきゃぷと興奮している。ここの鯉は、本当に大きい。どれぐらい大きいのかというと、軽自動車くらい大きい。

そんなふたりを見ながら、僕はそわそわとする。

やることがあるのだ。



よし。
ふたりの意識が、別の方向へ向いておる。
ヤるなら今だ。

拝啓 あんこぼーろ著「おっかぁ!おらにはイマしかねえだよっ!」より


そして、京都の和菓子屋から取り寄せた、有平糖を袖の中から取り出す。
この有平糖は「ドラッグストア昔話」の朗読を聞いてくださった方々のための作品「東雲雪椿」のなかで、象徴的アイテムとして登場するお菓子。



懐紙でくるみ、こよりを巻いた有平糖の包みを、袖のなかで握り(あんこは羽織を着ている)、軽自動車鯉に全集中しているふたりに歩み寄って、言う。

「さ、手をだしてください」

ふたりは遊びを邪魔された子猿のような顔で、きょとんと僕を見る。

「あ?え?」
「え?あ、はい」

ふたりがつきだした手のひらに、ぽとぽとりと包みを落とす。

ふたりは、嬉しそうな顔と怪訝そうな顔、両方の顔をしている。

おやつ?
それとも、鯉のえさ?
え、なんだろ?
なに?

文字にするとこういう感じ。

けれども、ふたりは、それがなんなのか、ゆっくりと徐々にじんわり理解し始める。つくしがゆっくりと芽を出すみたいにね!

白い、和紙の包み。
ほんのりと薄く透けて見える、なかのあか色。

雪解けの野で、ゆっくり野花が花開くように、ふたりの表情が変わってゆく。

「え…ま、まさか…あああ!!」
「ええぇえ!うそだぁぁぁ!」

開く前に、包みの中身がわかったふたり。大興奮で、和紙の包みを開いてゆく。鯉たちが、なにをやってるんだこの人間たちは、という顔で、ちらちらと僕らを見ている。

ふたりが包みを開くと、静かな城下町に、ふたつの悲鳴が響いた。

「しぃののめぇゆきつばきぃぃぃぃ!!!!!!」

もはやなぞの四人組である。
にやにやしている男女と、なぞの言葉を叫んで興奮している女性ふたり。しかも狭い通路の鯉のえさ場の上、白い小さな包みの受け渡し。

どこからどうみても、違法ドラッグの香りしかしない。和風違法ドラッグ。

そんな大興奮しているふたりを見るのは、とても楽しく、嬉しかった。贅沢な経験。


そしてそのあとは、城下町を探索。
この町には、湧き水や水路や川が、いたるところにある。だから、ぼーっとするのにはうってつけ。しゃべったりしゃべらなかったりして、そうやって静かに城下町を歩く。

昔話を書いた者と、昔話を語った者、そのふたりが黙って歩いていると、なんとも感慨深い気持ちになってくる。だからそのふたりの後ろ姿を、そんな雰囲気を解析しまくったなんてねさんが盗撮しまくる。もはや林家の娘。

たぶん、あんこしもーぬの後ろ姿ツーショット写真が、この旅で一番多い写真なのではなかろうかと思う。

そうやってゆったりと城下町を満喫した僕たちは、温泉に入り、途中でワインを買って、そして帰宅した。いよいよ晩御飯である。




ふたりには、晩御飯メニューを秘匿にしているので、絶対にキッチンを覗かないように、と、胸ぐらを掴んで恫喝した。そしたらふたりはおとなしくこたつに座り、ワインをちびりちびりと飲みながら待ってくれている。優しい。

でもただ手料理を食べさせるだけだと面白くないから、なにか料理に仕掛けを組み込みたいなぁ、と、何日も構想していた。

夜に出すメニューは、ミートボールパスタとサラダと決めていた。

ドラッグストア昔話で最初に登場するメニュー。

何度か練習でミートボールパスタをつくり、味の加減を指先に覚えさせる。目をつぶってでもミートボールパスタが作れるようになった頃、原稿用紙に物語を書いた。

ドラッグストア昔話のなかに出てくる「東京のみち」が、新宿御苑駅近くのイタリアンレストランで、店主にミートボールパスタの作り方を教わっている物語。けれども物語の最後にしか、何の料理をつくっているのかという「答え」は出てこない。

その物語を、文庫箱へいれて紙紐を巻き、部屋の隅へ気になる感じでおいておく。ふたりともその箱が気になるご様子。そして僕は調理に入る。肉をこね、にんにくを刻み、ソースが出来て、パスタがゆで上がったころに、文庫箱を開けてほしいとふたりに言う。


文庫箱を開ける時も、ふたりは悲鳴をあげている。悲鳴姉妹。


シモーヌさんより拝借


物語のなかで調理が進んで行くと、トマトソースやパスタや肉汁、パルミジャーノチーズ、イタリアンパセリというフレーズが出てくる。
今日のメニューはなんなのか、という謎解きのような感じで読み進めてもらう雰囲気。

親指と人差し指を合わせたこれくらいの大きさが、ポルペッタ。これより小さいと、ポルペッティーニ。逆にこれより大きいと、ポルペットーネって言うんですよ。面白いですよね。

ミートボールの大きさで呼び方が変わることを、みちに説明する店主 Dear anco bolo「Moon smile restaurant」

そして、読み終わって感動してくださっているそのタイミングで、ミートボールパスタを出すっ!!!!!!!!!

シモーヌさんより拝借。みちの作ったミートボールパスタ。



ソースの味が薄めになっちゃったのだけど、ミートボールの方を強い味付けにしたので、ちょうどよい雰囲気になった。おいしかった。

ワインも美味しく、会話も楽しく、ふたりは朗読をしてくれて、お嫁は占星術でドラゴンヘッドがあっちょんぶりけって説明して、あっという間に夜は更けて、あんこぼーろは、すりーぴーべいびーになっていたのでおやすみっ!!!


ただ単にやりたいからやる、というそのエネルギーが、一番人には届くのかもしれないね。








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