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推理小説 | 黒猫(後編)

黒猫(前編)はこちら(↓)

(5)

  わが輩は、二階の一番奥にある部屋までやって来た。ドアは開けっぱなしになっていた。
 ドアの隙間から、風が吹き抜けてきた。今日は5月にしては暑い日だから、なんとも心地よい。部屋の窓は大きく開いていた。ご主人様が換気のために開けておいたのだろう。
 ところで、この部屋を訪れたのは初めてのはずなのに、どことなく懐かしい。蔵書がたくさん並んでいる。
 わが輩のご主人様は読書家なのだろうか?
 わが輩の前では、本を読む姿を見たことがなかったから、何だか意外な気持ちになった。やはり、ご主人様には、旦那さまがいらっしゃるのだろうか?

(6)

 と、その時、わが輩の背後から、階段をのぼってくる、コツコツという音が聞こえてきた。
 振り返ってみると、そこには、ご主人様が立っていた。
「とうとうお前もここにやってきてしまったんだね」と、わが輩の目を見つめながら語りかけた。

(7)

「思い出したかい?プルートゥ」

「プルートゥ?」

 そうだ。わが輩の名前は確かにプルートゥだった。
「プルートゥ、プルートゥ」とわが輩は久し振りに自分の名前を念じてみた。
「あぁ、そうだった、そうだった。わが輩も、ご主人様も。いつの間にか、忘れてしまっていた」

(8)

「プルートゥ、お前もやっと思い出したんだね」
 ご主人様はそう言うと、書架に並ぶ蔵書の中から、古い一冊の本を取り出して、わが輩の目の前に置いた。

エドガー・アラン・ポオ「黒猫」

 そうだった。わが輩もご主人様も、この本の中の世界で、「旦那さま」に惨殺されたのだった。
 
 わが輩は、この本の中で、一度目は、旦那さまに虐待され、絞首刑にされ、燃やされて命を失った。
 そして、わが魂は、他の猫に乗り移って命をつないだが、またもや「天の邪鬼」の旦那さまに虐待を受けた。
 二度目に殺されそうになったとき、ご主人様が地下室に現れ、わが輩は助けられた。しかし、わが輩の代わりに、ご主人様は、脳天に一撃を受けて惨殺されてしまったのだ。

(9)

 あまりにも不条理。ご主人様とわが輩は、ともに本の中の世界から、この世の世界に抜け出してきたのだった。
 今の今まで、すっかり忘れていた。たぶん、本の中の世界の存在の在り方と、リアルな世界の存在の在り方は異なるのだろう。
 本の中の世界で傷を負ったわが輩の片目は、ほとんど痛みを感じなかったが、この世の世界にやってきてから、たまに激痛を覚えることがあった。
 しかし、わが輩はもう、本の中の世界へは戻りたくない。いつまでも、ご主人様の愛情を一身に受けつづけていたい。


Pluto[プルートゥ]
冥界。冥王星。


おしまい

フィクションです。続編はありません。書けませんm(_ _)m。


 

 

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