#小説
窓側席のプチ・ソルシエール
今日のグリーン席争奪戦には無事勝利した。
座席をすこし倒して一息ついたところで、ぞくぞくと席が埋まっていく。あっという間に、車内は家族連れや旅行客の賑やかな談笑と、サラリーマンが駅弁をあけるあの独特なにおいで満たされた。
数駅過ぎたところで、父親とその娘であろう少女が席を探して通路を歩いてきた。だが辺りを見回しても座席は満席で、父親がやっと見つけた一人分の座席に娘を座らせようとしていたと
ドルネシア・サイクル
丘の向こうには風力発電の風車群が広がる。僕は、はっきりとは異郷にやってきたことを実感した。人工の風は強く吹いている。ハンドベルト端末でスケジュールを確認するとアリエス9の市街地に向かうため自動運転車を探しに向かうため、契約したモータープールに向かうことにした。
巨大軌道コロニー『アリエス』企業連が共同で建造した宇宙コロニーである。住民は企業連関係者が多いと言われているが知ったことではない。僕がな
白紙のnoteを持って
その日、俺は酒場のカウンターで目覚めた。意識の覚醒と共に違和感が湧き上がる。この状況は、おかしい。何故なら俺は酒場に来た憶えは無いしそんな予定も無い。そもそも俺は下戸だ。
「いらっしゃい」
驚いて声の主を探す。カウンター越しに壮年の男性が立っていた。店員、いや店主だろうか?
「あ、あの」
「兄さん、見ない顔だな。まぁこの時期にウチに来るってことは、目的はこれだろう?」
依然困惑する俺をよそに勝
魔人清志郎大いに湯欲む
段々を一つ上る度に、落とした指の痛みが増し、人の領域から一歩外れる。何段上ればそこはお山か。気づいたときはもう遅い。 祖母の歌で聞いた通り、あちらとこちらを区切る境界線は不明確で、ゆえに誰でも踏み越えられる。超えたとわかるのは、こちらを値踏みする者たちの目の数がいずれも二つではないと気づいた時だ。
「あんたの腐れた指なんて何本あっても足りゃしない」
「……責任はとります」
「湿気た鉄砲玉に何が
こちら、百鬼夜行結婚相談所
「でーすーかーらー、結婚相手は携帯食料じゃないんですって」
「なんだよ、ケチ臭いな」
「ケチとかではなくて、結婚した相手を捕食されてしまっては弊社の信用ガタ落ちなんです」
スカッと日本晴れの昼下がり、悠久の時を生き延びた古屋敷の和室では厚手の卓を挟んで二人の男女が喧喧囂囂丁々発止の言い争いの真っ最中。
女は燃え上がる様な紅蓮の髪に、額より艶やかな二本の角を突き出した見た目だけなら見目麗しい美女
その思考は実現させられない
小説が、文章が理解できなくなった。
それは朝賀が大学生活の遊び金を稼ぐために、あるアルバイトに契約した後に始まった現象だった。
「脳の思考リソースを貸与するってこういう事かぁ……」
わかっていたつもりだったが、実際に体験してみると思いのほか普段よりも物事が理解できなくなったことがわかる。
例えば、先日の試験で高得点を得た講義の教科書なども、読み返してみても何がどうなっているのか『わからなくなっ
名付け屋タナカの怪奇事件簿
アンタはこれまでの人生で、「名付け」をしたことはあるか?
自分の子供でも、ペットでもいい。もしくは新商品に名前をつけたり、書いた物語にタイトルつけたりしたことはないか? あとあれだ、気に入らない奴にやべー渾名つけてみたこととかは?
例えばその斬新な色した料理の名前、なんだい? 「ホウレンソウとベーコンの胡麻油炒め」だァ? 正気か? もっとなんかあんだろ、ルデヌィカョスゴとかどうだ? ああ
ホテル203号、恐怖症
「お前が一番怖いものは何だ」
質問は右横から。焼けた声。俺を囲み腹に靴先をねじ込んだレンゲとかいう名前のヤクザ。頭部に衝撃。殴られたのだ、と遅れて知覚する。
「もう一度聞くぞ。五秒以内。右腿の肉、いくからな」
「レンゲさん、ガムテープ」
ああそうか、とレンゲは呟き、直後、唇に痛みが走った。
「……雀蜂です」
数時間ぶりに吸う新鮮な空気にむせこみながら私は答える。
「子供の頃、刺さ
ヒトリボッチ革命戦争
第一話「少女の走光性」
極大の躁状態のまま、学校の屋上を駆け抜ける。目指すは西の端の、破れたフェンス。靴を脱いで揃える? 遺書? そんなの要らない。私は飛ぶ。1,2の3で、蝶になる。
西日が目に痛い。
恐怖はなかった。心を占めるのは、絶望と、後悔と、劣等感。私は最期まで逃げるのだ。最期まで、後悔するのだ。軋みをあげる心を否定するように、私は目を閉じて、最期の一歩を踏み込んで──夕日に向