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超短編小説 『春の旬』 (お題:春画)

「春」を大事にかくまって展示室に飾る国と、のびのびと野放しにしてダダ漏れにさせている国のお話。2000字で語るスタイリッシュな寓話。

短いのですぐ読めます。お気軽にどうぞ。

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ようこそ。春を観に来られたのですね。もっと、奥まで。さ、おあたりになって。あたたかいですから、遠慮せず。……素敵でしょう。喜びが、こんなに素直に、たくましく、みずみずしく、のびやかに現れて。とってもチャーミングだと思いません? さあ、もっと近くで、せっかくですからよくご覧になって。あたたかいでしょう。少しくすぐったくもありませんか。くすくす、お腹の膜がふるえてしまいますね。笑っても結構ですよ。とにかく、わくわくしますね。しかし、なにより、アーティスティックではありませんか。

これが、かの国から送られて来た春なのです。初めて触れた時は、わが国の者は皆、目を見張りました。


これが、同じ春かと。


わが国にも春はあるにはありますが、とても短く、誰もが春をほとんど知らないようなものでした。われわれにとっての春は、努力と技術で「作り上げる」ものでした。春が漏れないように、硬い壁の部屋をこしらえ、火を燃やし、暖をとり、二人だけでしめやかに、ていねいに味わうものでした。春は貴重でした。小さな部屋を満たすので精いっぱいで、そのため、二人より多くの人で味わうのは難しく、だから、他の人が一体どんな春を味わっているのかも分からない。一応、春の作り方の手引きはありましたが、それは先導する者が大真面目に読むもので、大仰というか、つまらなく、そして先導される方はただそれに従うばかりで。楽しむとは程遠い様子でした。

それでも、私達も頑張って春をはぐくんだのですよ。でも春の本場にはかないません。


ひょんなことから、本場からわが国に、春が届けられたのです。噂によると、かの国からこちらに届いた荷物の隙間に、うっかり滑り込んでいたそうなんです。そう、かの国では春はそこら中にあふれていました。わが国のように真面目くさってしめやかにとりあつかうものではなく、もっとつつぬけで、おおらかで、時には笑いとともに打ち捨てられて、それこそ捨てるに惜しくないほど、ありふれたものだったのです。

聞くところによると、かの国の家は紙と木でできているそうです。春を隠すにも、薄い紙と板の隙間から漏れて、隠しようがないと聞きます。それだから、二人で楽しむとも限らず、子供から老人まで、ときには動物までが、おこぼれにあずかることもあったそうで。まあ、おこぼれも何も、元からそこら中にあったと聞きます。

もちろん、かの国にも四季があり、夏も秋も冬もちゃんと巡ってくるのですよ。しかし、ほとんど一年中冬のようなわが国とは比べ物にならない。


ただ皮肉なことに、かの国のひとは春をありがたがっていなかったようなのです。ありがたがるどころか、みっともなくて、だらしない、よその国に見せるなんてとんでもない、と思っていたようなのです。人は、ありふれたものには価値を見出せない生き物なのでしょうか……。


かわりに、かの国の人がありがたがったのが、わが国の冬です。


隣の部屋、もうご覧になったでしょう。それこそ我々はもう飽き飽きしているので、何が良いやらさっぱりですが。……確かに、よくできていますよ。吹雪の中で行き倒れて死ぬとしても、息を引き取るその瞬間に、こんな世界を味わえたら、それは幸せといいます。実際、となりの国の、とある絵描き志望のミルク運びの少年と犬がそうやって死んで、幸せだったということになっています。


しかしそれは現実逃避でしょう。「ないもの」の話です。いきいきとしているのは、どちらです? 「今」「あるもの」を楽しんでいるのはどちらです?


え、あなた、かの国からいらしたんですか? なんてこと、早くおっしゃってください。これは、お恥ずかしいことをしました。釈迦に説法ではありませんか。え? 冬を? 観に来た? そうだったのですか。けど? 春も、もう観られないから? そうでしょうそうでしょう。かの国でも、今では、わが国の真似をして春を閉じ込めていると聞きます。こんなに素晴らしいものを! どうして! 子供からかくまって、女性から遠ざけて、狭いところに押し込めて。あなたの国の春はすっかり元気をなくして。


しかし、あなたがたの春は、閉じ込められて大人しくしているような、お行儀のよいものでもないでしょう。隙間からはみ出て、なんだかおかしなことになっていると聞きますよ。

今やわれわれの方が、あなたの国の春を保存するのは上手かもしれません。そう、われわれは保存が得意な民族なのです。閉じ込めるのも慣れたものです。閉じ込めると一口に言っても方法がありまして。子供からむやみに遠ざけたりしません。16歳未満でも、保護者同伴なら楽しめる。そちらはもう未成年は締め出すそうで。慣れてないことをなさるから。

良かったら、お帰りの際、荷物の隙間に詰めていったらどうです、春。いえいえ、減るものでもありませんし、もともとそちらのものでしたから。え? 税関? 何をおっしゃる。そんな野暮なことはありませんよ。すくなくともわが国から出る時はね。


お陰でこちらもだいぶ暖かくなったものです。心の中に小さな春がともるのです。


え? 帰国したら? このように? 春を観せたい? 素敵じゃありませんか。警察? まさかそんなこと。よろしければ私が力になりますよ。冬の国の人が「アートだと言った」と言い張ればよいのです。そうでしょう?

何も隠すことはありません。ただただ、観せればよいのです。ただの春なのですから。……ええ、しかし、だからこそ難しいのかもしれません。


大丈夫、季節は必ず巡ってきます。地球の裏側から、季節をリレーするのです。



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ありがとうございました。

「破滅派」という文学系投稿サイトの合評会2018年4月応募作品です。テーマは「春画」。

良かったらここからレビューとか投稿できるみたいなので、投稿してあげて~~☟☟ レビューもらうほどうまくなるからね。

渋澤怜(@RayShibusawa


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