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アルケミスト〜僕の星は誰にも奪えない〜#6

第六話〜悪い男〜

【六枚目のカード・ソードの7】

次第に列車は潮の香りに包まれるだろう。
ディセンダントに沈む夕陽。
空と海との境が分からなくなる時間に列車は海辺の駅に辿り着いた。

オレンジ色に染まる世界はゴールドラッシュのサンセット。全てがアルケミーしている。

僕は海岸へと何かに呼ばれたのだと思う。気が付くと、浜辺にたたずんでいたのだから。

程なくして、その考えは当たっていたと分かる。

海岸に遊びに来た子連れの夫婦の一人が僕と母さんを捨てた父さんだと気付いた。

父さんは、母さんが病気になると家に帰って来ない日が多くなった。母さんが死んだ三日後には女を作って僕とばあちゃんを捨てて出て行ったきり、もう会っていない。

父さんは幸せそうだった。あんな笑顔、僕らに見せたことがあるだろうか。多分父さんは僕らを捨てて幸せになったのだ。金鉱で金脈に当たった採掘者のように。新しくて若い女と、僕よりも大分小さい子供を連れた父さんに本当は言ってやりたいことが山ほどあった。でも、その表情を見た時僕は絶望してしまった。

僕は父さんに二度も捨てられてしまったから。

もうその心を元通りには戻せないと判ってしまったから。

変容(アルケミー)してしまったら、もう元の心ではなくなってしまう。どんなに僕が元に戻って欲しいとどんなに願ったとしても。

僕は急に独りになった。父さんは僕に気付かないようにして通りすがっていく。今ならまだ間に合うかもしれないのに、僕は声をかけられなかった。

父さんは海岸に止めた自分の車へと帰って行く。母さんを乗せていた車に乗って。

夕暮れの鳥の声がする。帰る場所がないのは僕だけのようだ。そのまま僕は立っていた。雨が降ればいいのに。男なのに僕は情けない奴だ。

遠くの方から、ポーという音がする。それと同時に、聞き覚えのある声が僕を呼ぶ。「おーい!ビリー!」僕は声の方を振り返った。「どうしたんじゃビリー。」

そう言ったのは、僕を息子扱いしてくれる人。本当の父さんよりも、父さんみたいな人。

もう雨は要らないかもしれない。涙の代わりに空に一番星が輝き始める。

僕らはまた導かれた。

「今日はちょうどビリーの誕生日なんじゃ。そして三十年前の昨日、ビリーは嵐の海に投げ出された。十五になる前日じゃった。可哀想に。ワシのせいじゃ。」

8月の終わり、夏は確実に過ぎて行く。夏の虫は命の限り今を歌い上げる。夏の星座はそれを見て空に涙をたたえた。偶然にも僕とおじいさんの息子の享年は同い年だった。「ビリー、いやアルブス君。ワシは今日お前さんに逢えたのには何か意味があったような気がするんじゃ。ビリーが前を向けと言っているような気が、な。ワシはビリーを忘れはしないが前を向く。じゃから、もしも次また逢えた時はワシを“父さん”とは、呼んでくれんか?お前さんに“父さん”と呼ばれたら元気が出そうな気がするんじゃ。」

変容(アルケミー)して遠のいて行く人がいる。変容(アルケミー)せず待ち続ける人がいる。でも永遠では辛すぎるから、僕らは前を向く。

僕はおじいさんに向かって「父さん」と叫んだ。

僕らは時に無情な体験をする。神の存在を疑う時もある。そんな時は空を見上げればいい。夏の星座は確かに、僕らを見ているから。アルケミーした空はやがてミルキーウェイに変わりゆくように僕らも前を向こう。

涙で前がにじんでも、星の輝きくらいなら涙をためた瞳でも分かるはずだから。

PS
私事ですみません…
今、私の祖父が危篤です…祖父にパワー送ってあげて下さい…!

〜次回〜
#7「彼女の気持ち」
お楽しみに!

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