見出し画像

「ここは珍獣たちが楽しく暮らす街」〜TANGINGUGUNと歩く松本〜【りんごよりみち】

 野外音楽フェスなのに、「街」に近いフェス、りんご音楽祭。りんごをきっかけに松本を訪れる人たちに、松本の街をもっともっと楽しんでもらうための本連載「りんごよりみち」。松本在住のりんご音楽祭出演アーティストと街を歩きます。

写真左が沙織さん、右が新美さん

 第五回のゲストは、松本で活動するツインボーカルのサイケデリックポップ/ウィアードポップバンド、TANGINGUGUNのお二人、新美さんと沙織さんです。メンバーの一人である新美さんは、松本市内で「give me little more.」というライブハウスを運営しています。松本での音楽活動や、信州大学の軽音サークル時代のお話、街との関わり方を聞きました。

①新美さんの拠点・松本市のライブハウス&バー「give me little more.」

新美さん 「give me little more.」は、ライブハウスであり、バー営業もしています。営業日は週四日で、そのうちの三日くらいがバー営業、だいたい一日がライブかな。今年でオープン十周年になります。

ーーどういったアーティストがここでライブをしているんですか?

新美さん 県外のインディミュージシャンに加えて、海外アーティストが多いですね。そこに対バンとして地元のバンドも出るかたちです。コロナの間はイベントも減っていたけれど、今は本数的にはほとんど元に戻ってきました。コロナの間はなかなかライブができなかったので、ここ数年は設備を整えて、地元アーティストを中心にレコーディングも始めました。

ーー去年のりんご音楽祭は、「give me little more.」が一部ステージのブッキングも担当していましたよね。

新美さん 毎年しているわけではないですが、2017年くらいから一部ステージのブッキングを担当しています。地元アーティストと、うちでライブをしてくれた県外のアーティストを招聘していますね。

ーーりんご音楽祭主催のdj sleeperさんとはどういったつながりですか?

新美さん 一応、僕が大学の後輩なんですよ。ここをオープンする前、一年間だけsleeperが運営している「瓦RECORD」で働いていました。学生の頃から、松本には自分がハマるライブハウスがないなと思っていたんです。当時、中規模なライブハウスはいくつかあったんですが、規模が大きいと演者のノルマがきつくなる。ノルマがない形では収益が出せないかなと思い、バーを併設したライブハウスをしてみたいと考えました。運営のシステムのイメージはあったけれど、現場を回す経験がなかったので、一年間「瓦RECORD」で地獄のようなブラック労働をしてから独立したんです。

ーー地獄のような……。松本でライブハウスをやりたいという思いがあったんですか?

新美さん そうですね。違う仕事をすることも考えたけれど、当時組んでいたバンドも松本ベースでしたし、どうせ松本に残るならここでやってみようかと思って。2012年に大学を卒業して、一年間「瓦RECORD」で働いてから「give me little more.」を始めました。

②ライブ終わりの打ち上げに!深夜まで営業している台湾料理屋「香根」

沙織さん 「香根」は、深夜まで営業している台湾料理屋さんです。ライブや練習終わりは時間が遅くなってしまうので、自然と深夜までやっているお店に流れ着くことが多いですね。

新美さん 沙織さんと「TANGINGUGUN」を結成したとき、初めてのセッションのあとにきたのが「香根」だったよね。バンドの打ち上げでもめちゃくちゃきてるし、ライブがあった日に「give me little more.」を閉めてからみんなでくることも多いです。

香根のお母さん ご注文はお決まりですか? 今日は手打ちラーメンがありますよ。

新美さん えっ、手打ち麺復活したんですか!? コロナの間はしばらくお休みしてたんだよね。手打ちじゃなくても十分おいしかったから、手打ちが復活したらどれだけおいしくなっちゃうんだ?って思ってたんだ。じゃあ、俺は担々麺にしようかなぁ。

ーーおすすめのメニューはありますか?

新美さん ここはなんでもおいしいよ。餃子は鉄板だし、県外の友人が来るとおすすめしているのが揚げパン。中身がひも状になっていて、食感が独特なんですよ。麺のスープに浸すのがおすすめです。

ーーたしかに、メニューのどれもおいしそうです。ライブやバンド練習終わりに食べる台湾料理は格別でしょうね……。

新美さん そうなんですよ。最初の頃は、深夜でも空いているお店がほとんどなかったから「とりあえず行くか」って感覚できていたんですが、数年前、以前お店をしていた人の息子さんが戻ってきて一気においしくなったんですよね。今はこの味が食べたくて来ています。

③レコード屋さんで間借りのパン屋さん?「MARKING RECORDS」と「nuzzle」

新美さん 「MARKING RECORDS」は、松本のレコード屋さんです。「give me little more.」からめちゃくちゃ近いのでよく来ています。地元のバンドから、国内外のアーティストの音源が揃っているので面白いですよ。僕ら「TANGINGUGUN」の音源も置いてもらっています。店主と僕はパートナーなんですが、経営はそれぞれ全く別で、でも協力するところは協力しあってお互いお店をしています。沙織さんは、最近ここで間借りのパン屋さんを始めたんだよね。

ーーレコード屋さんでパン屋さんを?

沙織さん 私、パン職人歴が結構長いんですよ。ちょうど「TANGINGUGUN」を結成した頃からしばらくパン作りはお休みしていたんですが、またパンを焼き始めて、友人との集まりやイベントにによくパンを持って行っていたんです。そうしたら、「MARKING RECORDS」店主のリコちゃんが、「うちでパン屋さんやってみない?」って声をかけてくれて。「nuzzle(ナズル)」という名前で、最初はポップアップ的な営業から始まって、今は毎週金土に間借りでパン屋さんをしています。

新美さん 音楽をやっている人って、結構自営業の人が多いから、音楽のつながりから派生して本業も発展していくことがあるんですよ。お店を始めるとか、いろんなことの垣根が低いのがおもしろいですよね。馴れ合いはしないけど、リスペクトをもっているし、混ざる時は混ざる感じがちょうどいい。

④女鳥羽川沿いのオルタナティブスペース「東家」

新美さん 「東家」は、もともとゲストハウスだったんだけど、今は不定期で展示やイベントをしているオルタナティブスペース。ここも「give me little more.」からすごく近いから、よく行くんだ。お店のようでお店じゃない場所だね。

「東家」江刺さん 常に開いているわけではないですが、展示をしている間はふらっときていただけます。大きい音は出せないけれど、アコースティックのライブをすることもありますよ。一応今でも宿泊はできるんですが、紹介制になっています。

ーーゲストハウスの営業から、オルタナティブスペースに切り替えたのはどうしてですか?

「東家」江刺さん 「泊まらない人」も気軽に遊びに来られるようにしたいなという思いは前からあったんです。コロナ禍が始まったのをきっかけに、宿の機能を縮小して、一旦ゲストハウスと名乗るのはやめようかと。(※後日、「東家でゲストハウス業をやりたい」という人にひょんなことから巡り合い、現在再開に向けて準備中とのこと)

新美さん さっしー(江刺さんの)には、TANGINGUGUNのサポートメンバーとしてバンドに入ってもらったこともあって。「give me little more.」でライブをしたアーティストがここに泊まることもあるし、今日みたいにふらっと遊びに来てお茶を飲んでくこともありますね。

ーー江刺さんも、もともとバンドなど音楽活動をしていたんですか?

「東家」江刺さん 子供の頃にバイオリンを習っていたのでずっとクラシックを弾いていたんですが、信州大学に進学して松本に来てからは、街のみんなに触発されて自分で曲を作ってみるようになりました。今は、「MARKING RECORDS」のリコちゃんと一緒に「Her Braids」というバンドを組んでいます。

新美さん さっしーが19歳くらいのときから付き合いがあるよね。まだ大学一年生くらいのgive me little more.に来てくれて.....。

「東家」江刺さん 学生の頃に、よく通っていた「chez momo」の店主の蒔田さんに、「このエリアは変なお店がたくさんあっておもしろいよ」って教えてもらったんです。私はライブを観にいく習慣もなかったので、どうやってこの界隈に入り込んだらいいのかわからなかったんですが、蒔田さんが「give me little more.」で好きな音楽のプレゼンをするイベントをしていて、「知り合いが出ているなら……」と足を運んだのがきっかけですね。


ーー松本は、音楽の世界に入りやすい街だと思いますか?

「東家」江刺さん 私は「give me little more.」があったから、始めやすかったですね。沙織ちゃんは、もともと長野市でもバンド活動をしていたよね? 長野と松本の違いは感じる?

沙織さん どうなんだろう。松本は音楽をする場所が結構あって、かつそれぞれに動きがあるからやりやすいのかな。

新美さん そうだね。それぞれ色が濃いめのハコがあるから、やりやすいかも。派閥みたいなのもないわけじゃないけど、たまには違うところで演奏して、とか遊びに行って、とかもできる。かといって、公共が安いスタジオを提供してくれているとか、音を出すことに寛大というわけではないから、自治体として何か環境を整えてくれたり補助をしてくれたりしているわけではないけど。でもその分、個々人のそれぞれのがんばりが音楽をやりやすい街を作ってるって感じですね。

沙織さん 東京で音楽をしていたら出会えなかったであろう人たちと、松本では音楽をきっかけに関われるのもおもしろいなと思いますね。

「東家」江刺さん たしかに。あくまでイメージだけど、大きい街になってくると音楽のジャンルごとに住み分けがされてくると思うんです。松本は、たぶん母数が少なくて、それぞれが勝手なことをしているから、ジャンルで分けようとするとかなり少人数になっちゃう。

新美さん ジャンルでわけちゃうと、たぶん誰もいなくなるよね。同じような音楽やってる人たちってほとんどいない。それよりも、おおまかに気が合う合わないで一緒にやってる感じかも。それから、松本は、音楽の場に音楽と関係ない人が結構いる気がしますね。バンドやってるとか、DJだとか、曲作ってるとかじゃない人が、普通にライブハウスやクラブにいる。

信州大学では軽音サークルに所属しており、2016年に松本で「TANGINGUGUN」を結成した新美さんと沙織さん。りんご音楽祭にも出演しているお二人に、松本での音楽活動についてもお話を聞きました。

信州大学の軽音サークルと、松本の街の音楽シーンの関係性

ーーお二人は、もともと信州大学の学生だったころに知り合ったんですか?
 
新美さん 一応ね。でも、在学中は面識はあるけど交流はないって感じだったよね。当時、信州大学には音楽系のサークルがいくつかあったんだけど、沙織さんは一番ストイックな部活系の軽音サークルに入ってた。俺は最初そのサークルに見学に行ったんだけど、これは合わないなと思ってもうちょっとナードな感じの軽音サークルに入った。

俺が在学中にバンド組んでた奴らは、もともと沙織さんがいた方のストイックな方のサークルにいたんだけど、俺のサークルにひきずりこんで兼部させてたんだね。その関係で、沙織さんのことは知っていた。でもライブハウスとかでたまに見かけるくらいだったかな。

沙織さん 私がいたのは、結構上下関係が厳しい技術至上主義のサークルでした。私が入学した年は、サークルに入るためのオーディションをするかって話が出ていたくらい。在学中はコピーバンドを組んでいたんだけど、軽音部ってなんだかんだ堅実な人が多かったから、大学を卒業したらきっぱり音楽をやめちゃう人が多くて。今でも音楽をやってる人ってほとんどいないかも。

新美さん 30代を過ぎた今でも音楽をやってる俺たちは、いわば当時の生き残りだよね。今でも、松本で音楽やってる若い子たちは信大のバンド系サークル発の子が多いんじゃないかな。

ーー「東家」の江刺さんも、りんご音楽祭主催のsleeperさんも信州大学出身でしたね。松本の音楽シーンにおいて、信大の音楽サークルの存在は重要なんでしょうか。

新美さん 少なくとも、正直な話「give me little more」にとってはかなり大事だね。毎年信大からいい感じにバンドが出てきてくれないと結構大変かもなぁ。だから、コロナの時期はどうなっちゃうのかとすごく心配だった。コロナ前からバンドも下火になってたし、あの頃はサークル活動もほとんど自粛でできなかったでしょ。これは完全に息の根が止まるなぁと思っていたら、反動なのか2021年あたりからバンド系サークルの子達が増えてきたんだよね。この2年くらいは、信大の軽音発の子達が「give me little more」でライブをしてくれてるね。

音楽性の一致よりも、音楽への熱量の近さを感じて「TANGINGUGUN」を結成

ーー学生時代は交流がなかったお二人ですが、そこからどうやって「TANGINGUGUN」が結成されたんですか?

沙織さん 三年生で大学をやめたあと、私は長野市でバンドを組んでいたんだけどそれが解散して。ちょうどその時、新美くんも当時のバンドが解散したタイミングだった。元々の音楽性は違ったけど、たまに対バンしていたこともあったりして、面識があったからちょっと一緒にやってみようかという話になったんだよね。

新美さん そうそう。もともとの音楽性は結構違った。でも、なんか合いそうだと思ったんだよ。自分は、違う音楽性の人と演奏して、その中でバンド固有の音を探すのが好きだから、一緒にバンドをやれたら面白いかもなって。沙織さんが、「バンドが解散して暇だ」ってツイートをしてたのを見て、当時のもう一人のメンバーと「誘ってみる?」って話になったんだ。バンドを組む前に一回セッションをしてみようってスタジオを借りて、そのあとに「香根」でご飯を食べながら「……バンド、やりますか?」って話をしたんだよね。

沙織さん バンドをやる上で、どれくらい音楽をやりたいかっていう熱量の違いで一緒にやっていけなくなることが結構あって。ライブに誘ってもらった時に、「やろう」ってなるメンバーと、「仕事の都合でちょっと……」ってメンバーがいると、だんだんうまくいかなくなっちゃう。前のバンドは結構そういう感じで解散しちゃったから、次バンドを組むなら音楽性よりも熱量が近い人がいいなと思っていました。

新美さん 俺の前のバンドもそうだったなぁ。同じ熱量で音楽に向き合えるかは結構大事だよね。表面的なジャンルがちがっても、「この音いいね」っていう感覚さえ一緒なら音楽性は活動をしていく上でなんとなく一緒になっていくし。

松本は、一匹狼気質の「珍獣たち」がそのまま楽しく暮らしていける街

新美さん わりとここ数年の話なんだけど、ライブハウスの研究をしてる文化人類学者の人が、松本の音楽シーンがおもしろいって調査にきたことがあるんだよ。中間報告会を「give me little more.」でやったんだけど、ふつうに松本のこと気に入っちゃって「松本最高!」ってなっちゃってたね。むしろ俺たちが「それじゃ研究にならないだろ」って(笑)。

ーー文化人類学的に見る松本の音楽シーン、面白そうですね。

新美さん 松本は一匹狼気質の人が多い気がしますね。音楽にしろイベントにしろ、みんなで一緒になにかしてるというよりは、それぞれが何かしていて、「こんなことやってるんだよね〜」って報告しあってる感じ。それで、たまに「一緒にやってみる?」って話になる。それくらいがちょうどいいんだよね。

沙織さん 街に出たときとか、イベントでいつも会う人はいるけど、よく一緒に行動するグループとか友達、みたいなのはあんまりない気がするね。群れてはいないというか。

新美さん さっき沙織さんも言ってたけど、だからこそ、東京とかで暮らしていたら出会うことがなかったであろう人とも出会えるのがすごいところだよね。ノリも好みも違うけどなんか合う、みたいな。一言では言えないな。sleeperとも、軋轢もありつつ仲良くやってますね。馴れ合いはしないし、ディスりあうけどリスペクトはしています。

松本には、ああいう珍獣みたいな人たちが各々暮らしてるんだよ。珍獣でも生きていける。珍獣を駆逐するような流れもないし、かといって珍獣たちだけで閉じている訳でもない。どの街も、掘っていけば珍獣は暮らしているんだろうけど、松本は比較的珍獣が動きやすい街だと思うよ。珍獣たちがそのまま生きていける。普通の暮らしの中に珍獣のポジションもあって、ふつうに楽しくやってる。その感じがすごく好きだな。

ーー新美さん、沙織さん、今日はありがとうございました!また松本の街でお会いしましょう。

「TANGINGUGUN」のおすすめスポット
・give me little more.
・MARKING RECORDS/Nuzzle
・香根
・東家

▽「りんごよりみち」オススメマップはこちら



取材・執筆:風音
撮影:Naka Hashimoto


この記事が参加している募集

散歩日記

フェス記録

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?