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短編小説

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記事一覧

【短編小説】「にゃん、にゃん、にゃん♪」

 僕、好野陽太(よしの・ようた)には気になる人がいる。
 同じクラスの女子生徒、猫目ゆる(ねこめ・ゆる)さんだ。
 ホームルームでの席替えで、なんと……
 猫目さんと隣同士になってしまった!

「にゃむにゃむ……」

 窓際の席の彼女は、授業中だというのにスヤスヤと気持ちよさそうに眠っている。

「……」

 耳だけは先生にかたむけつつ、視線は寝ている彼女に向ける。
 綺麗なショートボブの黒髪に、

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【短編小説】「べ、別に、あんたのためってわけじゃないんだからねっ!」

 ぱちぱちぱち、という打鍵音が放課後の部室に響く。

「彼女は氷のように冷たい視線で……いや、違うな」

 僕——山江和喜(やまえ・かずき)はノートPCのキーボードから指先を離した。

「突き刺すような視線で……いや、ジト目で……うーん、そもそも……」

 更には腕を組み、ひとりごとをブツブツと漏らしている。

「は~、どう書けば伝わるのか全然わからん」

 最後にはそう言って頭を抱えた。
 そん

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【短編小説】学年一の美少女クラスメイトが、カースト底辺の虫オタクな僕のことを好きって嘘ですよね?(4/4)

 オレンジ色の景色の中、僕と愛奈美さんは並んで歩いている。

「……」

 僕はやたらと緊張してしまい、愛奈美さんに話しかけられずにいる。

「あ、あのさ」

 沈黙を破ったのは愛奈美さんだった。

「さっきは助けてくれて、ありがとう」

 彼女はぽつり、ぽつりと語り出した。

「私ね、あんなふうに言ってたけど、本当はすっごく怖かったんだ。でも、博士くんの姿が見えた時、すっごく安心した……」

 

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【短編小説】学年一の美少女クラスメイトが、カースト底辺の虫オタクな僕のことを好きって嘘ですよね?(3/4)

 愛奈美さんとお昼を共にしてから数週間。
 僕は夢のような日々を送っていた。

「はー、今日も愛奈美さん、可愛かったなあ……」

 あれから毎日のように、僕は愛奈美さんとお昼ご飯を食べた。
 休み時間や登下校の際に話すことも増え、以前からすると明らかに距離が縮まっている。

「っていうか今度の日曜日、何着ていこう?」

 それというのも愛奈美さんとの約束で、週末に植物園に行くことになったのだ。

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【短編小説】学年一の美少女クラスメイトが、カースト底辺の虫オタクな僕のことを好きって嘘ですよね?(2/4)

 翌日の昼休み。

 僕は八坂さんに声をかけられ、昼食の総菜パンを片手に中庭へと同行した。
 僕らが向かったのは花壇を見渡せるベンチ。
 そこへ、八坂さんは腰かける。

「……森野くん、何してるの?」
「え? あ、えっと、」

 僕はどうしていいか分からずに、直立していた。

「もー。遠慮しないで」

 八坂さんはそんな僕を見かねて、ベンチの空いたスペースをぽんぽん叩き、着席をうながした。

「じ

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【短編小説】学年一の美少女クラスメイトが、カースト底辺の虫オタクな僕のことを好きって嘘ですよね?(1/4)

 僕は森野博士(もりの・はかせ)。
 虫が大好きな僕は、騒がしい休み時間の教室で、今日も今日とて昆虫に関しての参考書を読んでいる。

「おいハカセ。今日も虫みたいな顔してんなー」

 ニタニタとした笑い声に顔を上げると、クラスメイトの日野猛(ひの・たける)と、その取り巻きが絡んできた。

「そんなに虫の本ばっか読んでると、虫になっちまうぞ?」
「たまには俺らの遊び相手になってよ~」
「そうだ、虫ご

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【掌編小説】約束

「進捗どうですか、先生」

「おかげさまで良い調子だよ。それはさておき、先生はできればやめて欲しいな」

 ほぼ無遠慮に部屋へ上がり込んできた女性編集者に、僕は苦笑いを浮かべる。

「将来有望な作家さんなんだから、今のうちから先生って呼んでもよくありませんか?」

「まあ、そこまで言うなら勝手にしてくれ」

 彼女の言動から圧力を感じた僕は、早々に抵抗を諦めた。

 とある出版社の編集者である彼女

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【掌編小説】マグカップ

 Netflixで映画を見終わった後、無性にむなしくなる。
 感想を語り合う相手がいないだけで、こんなにも寂しくなるものだとは、思ってもみなかった。

 ——久々にハニーラテでも飲むか

 自嘲気味に笑いつつ、孤独感を紛らわせようとキッチンへ向かう。
 食器棚には、かつて二つあったマグカップの、そのうちのひとつが寂しげにたたずんでいた。

「……」

 虚無感に襲われる前に、それを食器棚から取り出

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【掌編小説】炭酸水

 ——黄昏時には、まだ早いか

 沈む夕日が見たくなり、ひとり、海辺へとやってきた。
 のどに渇きを覚え、携帯した炭酸水を飲む。
 しゅわり、しゅわりという泡の音が、喉の奥ではじけては消えていった。
 それは波の音とリンクして、心地良く僕の鼓膜をゆらしてくれた。

 ——波の音って、お母さんのおなかの中の音と一緒なんだって

 あの日そう語った君は、今、どこにいるのだろうか。

 君との出会いは、

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【掌編小説】姿見

 リビングにて。緊張の面持ちで、姿見の前に立つ。

 ——うーん、こう、いや、こうか……?

 こうでもない、ああでもないと、髪型や服装をあれこれと試している。

 今日は会社でのプレゼンが控えている。
 好印象を与えるためにも、身だしなみには気をつかわなければならない。

 ——分からんなぁ

 迷ったあげく、客観的な評価が欲しくなった。

「あのさ――」

 と、声をあげたが、返ってくる声はな

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【掌編小説】にんにく

 久々に食うか、と足を運んだラーメン屋。
 いらっしゃーせー、という元気のいい店員さんの声と、食欲を刺激するスープの香りが出迎えてくれた。
 カウンターテーブルに通された僕は、さっそくオーダーを済ませる。
 漬け物を食べながら待っていると、数分後には注文したラーメンが目の前に置かれた。

「いただきます」

 箸をとる前に手を合わせ、一緒に頼んでいたおろしにんにくをラーメンに投入していく。

 —

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【掌編小説】スイーツショップ

 冷蔵庫の中を見て、ため息をつく。

 ——卵切らしちゃったな

 ぱたん、と扉を閉め、パーカーを羽織る。
 玄関を出て、最寄りのスーパーまで歩いていく。
 たんたんと、淡々と。
 途中で信号に足止めされ、心の中で舌打ちをした。
 青信号を待つ間、やることもなく街並みを眺める。
 不意に、カラフルな外装のスイーツショップが目に入る。
 君とよく通った、思い出の店だった。
 ガラス張りの窓の向こうの

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【掌編小説】ランニングシューズ

 玄関口の靴を、じっと見つめる。
 あの頃に買った、君と同じメーカーのランニングシューズだ。
 見つめていると、走りに行くのもやめてしまおうかと思うほど、寂しい気持ちに襲われる。

 ——家にいても一緒か

 気持ちを振り切るようにして靴を履き、玄関を出た。
 いつものコースを走り出す。
 今日は休日、いつもより長めに走るとしよう。
 思えばあの頃もそうしていた。

「あっ、これとかよさげじゃない

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【掌編小説】夜明け前

 徐々に明るみを帯びていく空。
 透き通っていく半月。
 明けの明星が、東の空できらきらきらと輝いている。

「もうすぐじゃない?」
「だね」

 白んでいる水平線の向こうを見つめてささやいた。
 つぶやくほどの声でも、意思疎通ができる距離で君と歩いている。
 昨日よりも近くなったような、そんな距離感だった。
 
「良い空気。いつもこうならいいのに」

 夜分に草木が浄化した空気を吸い込んで君が言

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