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掌編小説

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記事一覧

(掌編)それは彼女のもの

(掌編)それは彼女のもの

 離れに牛乳瓶を持っていく。何も言わずに彼女は瓶を受け取る。

 いや、彼女なのかどうか実は知らない。彼なのかもしれない。そもそも、彼とか彼女とかそういった区別のあるものなのかも知らない。ただ、その人、人と呼んでいいのかも知らないが、その生きものは、多分、僕が持っていく牛乳を毎日飲んで、生きているのだ。

 それも推測なので、牛乳を飲んでいない可能性もある。飲む以外に何に使うのか想像は膨らまないが

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(掌編)未知との遭遇

 あれ、鍵かけたっけ。
 部屋を出るところを思い出す。玄関から出て、扉を閉じて、鍵を鞄から出そうとして、スマホを出した。今日の天気が気になって。雨の予報なら傘を持っていこうと思って。でも予報は「くもり」だったので、傘は持たないことにした。そして私はスマホを鞄にしまい、歩き出した。
 ああ、歩き出しちゃってるわ。鍵出してないから閉めてもないわ。やらかした。どうしよう。しかし、仕事が終わるまで部屋に帰

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(掌編)二人夜鍋

 「今から部屋行っていい?」
 「なんでうち?」
 急な申し出に素直な疑問が漏れてしまった。だって彼……佐藤大介と僕は、こんな夜中、もう21時だ、に個人的に会うほど、親しい間柄ではないはずだ。
 携帯の向こうから笑い声が聞こえる。
 「だよなあ。ごめん、上から順番に電話かけて、断られ続けて、最後が和田」
 「ああ……。でもなんでこんな急に?」
 「生鮮品があるから、今晩じゃないと」

 部屋行って

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(掌編)春を散らして

 春が、散った。

 しゃっ、しゃっ、しゃっ。
 紙を裂く小気味よい音が部屋に響く。私は無言で、パンフレットを破っている。
 ここにある学び。充実した環境。打ち込める研究。楽しいサークル。素晴らしいキャンパスライフ。学生達の、笑顔の写真が見える。でも破る手は止めない。自慢の最先端な研究活動も、ミスキャンパスの美しい立ち姿も、無残に紙屑となっていく。1冊破り終えて、手を止めた。私の前に、紙屑の小さな

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(掌編)一人と一人とBBQ

一人、台所で肉を焼く。
日曜の昼に部屋の中で、一人、何かを焼いている。
それは僕だけではなくて。
「一人BBQ参加者募集。条件:今週日曜13時に室内で何かを焼ける人」
この書き込みを見てやってみている誰かが、何人かいるはずだ。

どうせ募集するのなら、その皆でどこかにBBQに行けばいいのに。
と、実体を伴う行動において他者と交流することに長けている人は、思うだろう。
そうできたらどんなにか楽しいだ

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(掌編)家庭教師

 「それはね」
 参考書を差す有さんの、細くて長い指が、私の手に少し触れた。私は平静を装った。有さんは何も気にしていないみたいだった。私の頭の中では、有さんの細い指がお姉ちゃんにどんな風に触れるのか想像しそうになって、慌てて打ち消した。
 「え、なんでそうなるの?」
 なんとなくは理解していたけど、もう一度尋ねた。詳しく説明してもらおうと思った。そうすれば、もっと長く有さんの声が聞ける。
 「ええ

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(掌編)逃避行

 ちょっと、旅でもしようと思う。どこに行くかは決めていないけれど、なんとなく北に向かわなきゃいけないような気がした。旅というより逃亡っぽいけれど。とりあえず東京までの新幹線のチケットを買った。東京で別の新幹線に乗るつもりだ。つもりだが、東京が楽しくてそのままそこにいるかもしれない。まあそうなったらそうなったで、いいかなという気がする。
 旅慣れていないので、荷物が多くなる。2泊用のスーツケースがい

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(掌編)雨あがり

 油断した。雨はあがったと思っていた。買い物の帰り道、ぽつりと雨が一滴、頭にあたった。気づいてからは早かった。雨はどんどん強くなっていった。家まではまだ歩かねばならない。走っていける距離でもない。
 たまの休みなんだからと、歩きに出てきてみたのにな。カフェで新商品を飲んで、書店で本を見て、おいしいパンも買えたのに。濡れないようにする努力はもう放棄していた。普通の速度で歩いていた。服に広がっていく染

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(掌編)歌うたい

 アコースティックギターを弾きながら歌っている俺を、遠巻きに眺めながら歩いていく人々。立ち止まってくれる人はいない。5曲目になった今まで。
 ここは駅前の広場。たくさんあるベンチの一つに腰かけて、歌っている。俺のいるベンチの近くに、座る人はいない。
 歌を歌おうと思った。曲を作ろうと思った。それが、俺が好きでできる唯一のことだと思った。一人で練習して、そこそこ歌えるようになってきたと思った。でも人

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