日焼け

電車に乗っていたり、中学校のそばを通りすぎたりすると、この時期はよく日焼けした学生の姿を目にする。

日に焼けた褐色の肌は僕に遠い夏の日の記憶を思い出させる。

僕は中学二年生だった。

サッカー部に所属していて、夏休み中はほぼ毎日のように練習があった。

午前から午後の2,3時間。

今となっては毎朝早起きして、部活に励んで、昼には帰宅して昼食を食べるという、中二の夏休み中の生活リズムが嘘のように思えてしまう。

大学生ともなると、毎日が夏休みみたいなもので、その圧倒的に自由な時間の一部を運動に費やすとは想像しがたい。

朝練に向かう中学生を見ると、「よくやるよな」と思ってしまう。 

かつての僕も同じような生活を送っていたのに。

サッカー部は主に午前練習だったが、同じ時間帯に活動していた部活は他にもあった。

柔剣道場からは剣道部員の声が響きわたり、体育館では女子バドミントン部がシャトルを打ち合う音が外にまで聞こえてきた。

バドミントンのシャトルは空気抵抗を受けやすいため、ただでさえ蒸し暑い体育館のドアは締め切った状態で練習していた。

彼女たちは汗まみれになりながら部活動に励み、思春期特有の汗臭さで体育館を充満させていた。

部活が終われば、体育館のドアも開け放たれ、汗臭さも外気に流されていく。

汗臭かった彼女たちもシーブリーズやビオレの汗吹きシートの爽やかな香りに身を包む。

中学校にはシャワー室なぞなかったから、汗がたっぷり染み込んだスポーツブラと練習着をビニール袋に詰め込み、代わりに柔軟剤の香りのする綺麗なTシャツに着替え、帰りの支度をする。

彼女たちが帰る頃は僕たちはまだ練習をしていた。
彼女たちの方が一時間くらい始動時間が早かったためだ。

テニスコートでは女子テニス部が活動していた。

若くてみずみずしい白肌を犠牲にテニスと掛け声に精を出している。

ナイスー。ファイトー。

単純なカタカナを単調なリズムで繰り出す。

絶対に伝えなければならないかのごとく大声で。 

先輩の教えには従順な可愛らしい1年生たち。 

彼女たちは、ボール拾いと無意味な声だしだけにひたすら取り組む夏休みを過ごしていた。

毎日のように先輩が打ち損ねたボールを拾い、先輩の好プレーには称賛の声を、悪いプレーには励ましの声を反射的に送り届ける。

先輩の指示を何も疑うことなく「まあ、こんなもんか」と思いながら日々の練習を過ごしていると、気づいたら中学一年生の夏が終わりに近づいているのだ。

可愛らしい中学一年生の彼女たちに身につくのは、柔らかくて白い肌を犠牲にした結果の、汚くザラついた褐色の肌。

それと、先輩に従順な精神。ボール拾いとしての責任、技術。

ラケットを振ることすらままならない彼女たちは、それでも毎朝ラケットを携えて眠い目を擦りながら部活動に向かうのだ。

そんな一年生部員にコキ使うような先輩部員は、大抵声がデカいだけの存在でしかない。

二年生にもなっているのに、ラケットの振り方すらままならない、下手くそな部員が一年生をパシリのように扱うのが世の常というものだ。

同期からもナメられているため、自身に従順な後輩を従わせることしか部活動でのやりがいを見出だせないでいる。

顧問はというとそうした部員間の不和を知らんぷり。部員が部員なら顧問も顧問なのが世の常というものである。

顧問は部内で一番可愛い子の肉付きの良いお尻ばかりを追うことが、夏休み中の唯一の楽しみなのだ。 

ただでさえ、日常の業務に忙殺されているというのに、夏休みはボランティアに近い待遇で顧問を務める部活動の指導をしなければならない。

ろくに給料も発生しないのだから、少しばかり不純な動機でもない限り部活動の指導なんかやってられないというのが、彼の言い分であろう。

彼は今年で46歳という噂だが、左手の薬指を見る限りでは独身と思われる。 

彼にはサドな面があるらしく、一日の活動に終わりが近づいてくると「最後の追い込み」と称して、部員にグラウンドを10周走るように命じるのだ。

体力的な限界からキツそうな表情を浮かべる女子部員たち。

彼女たちの暑さとキツさで歪んだ顔をニヤニヤと眺め回す。 

部員が10周を走り終わり、倒れ込みそうになると、彼はそばに寄ってきて彼女らの体を支えてこう言うのだ。

「おおっ、大丈夫か!でもよくやったぞ、この頑張りが力になるからな!!」と。

一見、部員思いの良い顧問に見える言動だが、彼には汗まみれで苦しむ女子部員の姿すら見れればそれで良いという、無慈悲な心しか備わっていない。  

僕は練習の合間に、女子テニス部の醜悪な光景を目の当たりにするたびに大人の汚さを思い知るのであった。

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