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君には見えないエンドロール

 あれはまだ、初対面で『この人と結婚する!』という衝撃が電流のようにビビビッと脳裏に走り、その相手との結婚を確信していた大昔のこと。

 わたしの父母は、もはや死語かもしれない『 ビビビ婚 』というヤツだった。
 知人の紹介でお父さんと初めて会った時に「 この人と結婚する!! 」と閃いた、自分はモテたし何人もの男性から交際を申し込まれたけど、一目でそう思ったのはお父さんだけだった、と母はわたしに何度も自慢気に話していた。

 この言葉、1998年に松田聖子さんがお相手と出会って数週間で結婚した時、「ビビビッときたから」と発言されたのがルーツらしい。

 
 母から散々聞かされていたその感覚を、わたしも実際に身をもって味わった。 
 本当にそういうことがあるんだ…!!と当時の超若かりし自分は感動して震えあがった。



 その相手の彼と付き合いはじめてから、ある映画を一緒に観に行った。

 羽田美智子さんや別所哲也さんが出演する『 大統領のクリスマスツリー 』
 ────── それは、「 ホワイトハウスにある大統領のクリスマスツリーの下で出会った男女は結ばれる 」という伝説を交えた、ニューヨークを舞台とする大人達のラブストーリー。


 この映画で、「あなたの想いをエンドロールで流します」という企画があり、映画公開前にメッセージの募集があった。

 採用されるわけがないと思いながら、冗談半分本気半分で、その彼へのメッセージを応募してみた。
 どれくらい真剣味のない応募だったかといえば、今、どんな言葉や内容で応募したのか全然覚えていないほど。

 わたしのメッセージが流れて、それを見た彼が感激して……なんていうシナリオも期待も皆無のまま、映画館のシートに彼と並んで座った。


 本編は、ストーリーがあまりに大人すぎて、当時のわたしはあまり理解できず。 
 主軸となる二人が大統領のクリスマスツリーの下で会ったりしているのに、明確にカップリングが成立したわけでもなく、「 ?……結局くっつかないわけ? 」とモヤモヤして終わった記憶がある。 


 そして、エンドロールが始まった。

 通常の映画と同じく、製作関係の方々の紹介が流れる。
 そして、その企画に応募した方々のメッセージが、たしか黒い画面に白い文字で次々と溢れてきた。

 採用されたのはひとりふたりではない。
 一つの画面にたくさんのメッセージが掲載され、画面が切り替わりながら流れ続けた。
 何番目の画面のどの辺りの場所に自分のメッセージが表示されるかを知らないと、言葉を漏らさす拾うのは至難の業。
 それくらい微妙な速さで、エンドロールは次から次へと切り替わった。


 ……… こんなにたくさんの人が応募してたんだ、と他人事のように眺めつつ、こんなに採用されているなら、ひょっとしたら……と思った瞬間。

  切り替わった画面の一番上に表示された自分の名前が目に飛び込んできた。
 メッセージの一言一句まで読めずとも、わたしの名前(本名)はちょっと変わっているから、この世にふたりといないはず。

 ──── 絶対にわたしのだ!  


「……げっ!!見ちゃダメ!!」

と叫んで、隣にいる彼の両眼を咄嗟に手で隠した。

 何故そんなことをしたのか、その時のはっきりとした理由は覚えていない。むちゃくちゃ恥ずかしくて見られたくなかったのだろう………今となっては、そうとしか考えられない。

 その動きがあまりに素早く勢いが良すぎて、彼の眼鏡にわたしの手が当たってしまって眼鏡が床へとすっ飛んでった。
 これを書きながら思い出した、眼鏡はフレームが歪んでちょっと壊れてしまった気がする。

 このメッセージ企画をまったく知らなかった彼は、いったい何が起こっているのか理解不能だったはず。
 え?急になに?見えないんだけど?とつぶやく彼をよそに、わたしは次の画面に切り変わるのをひたすら祈った。


 ───── この、思い出というより事件のような記憶は、今でもはっきり脳裏に残っている。


 だいたい、そんなに見られたくなかったメッセージを、何故応募したのだろう? 
 まだ付き合ってない微妙な関係、というわけでもなかったのに、見られたらいったい何を困ったのだろう?
 そんなに恥ずかしいなんて、どれだけロマンチックなことをわたしは書いたのだろう?


 ───── わたしの想いを込めたはずのその言葉達を、思いだせない。
 どんなに記憶を手繰っても、本当に一文字も出てこない。


***


 その映画のパンフレットは、今でも家で保管している。
 見出画像の写真がそれだ。
 少しだけ色褪せた紙をめくり、そんな時代とそんなこともあったよねと話しながら、彼と一緒にたまに眺める。


 ────── なんて、noterさん受けしそうな美談も、存在しない。


 彼とは、その数年後に別れてしまった。 
 付き合っていてもしっくり来ない、価値観のすれ違いばかりで疲れる一方。
 結婚して仲良くやっていけるようなイメージを、どうしてもどうしても抱くことができなかった。


 『 この人と結婚する! 』とわたしに走ったあの衝撃的なビビビの勘も、いったい何だったのだろう?


 あれから相当大人になった今のわたしなら、繊細なストーリーを理解できるかもしれない。
 そして、あれ以来誰にもビビビとなることのないわたしは、大統領のクリスマスツリーの前で素敵な誰かに出会えないものだろうか。

 日曜日の昼下がり、そんなことを思いながら、一人で見返していた映画のパンフレットをそっと閉じた。



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