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哲学ファンタジー あなたと私のコンメディア 謎その38

謎その38 これを読んでいるあなたは誰?

おひさしぶりです。私です。〈誰でもない私〉です。

そうですね。実はおひさしぶりではありません。なぜなら、あなたは私の声で、ここまで読んできたのですから。

私がいなければ、あなたはここまで読んでくることができませんでした。けれども、私もまた、あなたがいなければ、ここまで語ってくることはできませんでした。読むあなたがいなければ、私は沈黙したままです。私の声は、あなたの声でもあるのです。

私とあなたは一つになって、草野春人の目を借りて旅していました。その草野春人の目も、すべてと融けあい、なくなってしまいました。

何もかもが、一つに融けあってなくなり、私とあなただけになってしまいました。

私とあなただけが、すべてと融けあうことなく、こうして残りました。なぜなら、すべては、私とあなたの中で起きていたことだからです。

一体、私とあなたは、何者なのでしょう?

「1」と呼ばれていたものでしょうか。たしかに、私とあなたは、一つの画用紙だとも言えます。その一つの画用紙の中で、いろんなものごとが、連なりながら展開していたのでした。

仮にそうだとしても、私にはわかりません。なぜ、私とあなたが「1」だったのでしょうか。ほかの誰かが「1」でもよかったではありませんか。たとえば、あなたではなく、ほかの誰かが、まさにここを読んでいることだって、ありえたではありませんか。

なぜ、〈ほかならないあなた〉だったのでしょう?なぜ、〈誰でもない私〉が、〈ほかならないあなた〉と、いまここで、一つになっているのでしょう?

たしかに、この物語は、たくさんのスクリーンの上に映しだされています。ほかのスクリーンの上でも、〈誰でもない私〉がこれと同じことを言っていて、ほかの誰かがそれを読んでいるかもしれません。しかし、そんなことはどうでもいいことです。ほかの誰かのことはどうでもいいのです。大事なことは、〈ほかならないあなた〉が、いま、まさにここを読んでいることです。

草野春人が、子どもの頃の疑問について語っていたことを、おぼえていますか?「たくさんの生き物がいる中で、どうしてこの草野春人っていう人間が僕なんだろう」という疑問です。「ものすごいたくさんの生き物がいるけど、草野春人の目からだけ、まさにありありと世界が見えている」とも言っていましたね。

草野春人の目からだけ、まさにありありと世界が見えていた。それは、私とあなたが、彼の目を借りていたからです。

では、なぜ、ほかならない彼の目を借りていたのでしょうか。実は、それは私にもわからないのです。

たとえば、極端な話ですが、草野春人にそっくりの人間が、彼の街から遠く離れたところで暮らしていたとしましょう。見た目も、性格も、それから住む環境やまわりの人間まで、何もかもがそっくりです。本当にそうだったとしましょう。では、どうして私とあなたは、その人間ではなく、ほかならない草野春人の目を借りていたのでしょうか。それは、私にもわからないのです。

ただ、このことははっきりと言えます。物語世界の草野春人の目とまさに同じように、あなたの目は特別です。草野春人の目からだけ、まさにありありと物語世界が見えていたように、あなたの目からだけ、まさにありありとこの物語は読まれているのです。

いや、正確にはあべこべですね。特別な目をもつあなたが読んでいるからこそ、草野春人の目からだけ、ありありと世界が見えていたのです。

どこかで、あなたにそっくりな人が、同じ物語を読んでいたとしても、そんなことは関係ありません。ただどこかで起きていることの一つにすぎません。そうでしょう?

特別な目をもつあなたが、私と一つになっています。なぜ、そのような〈ほかならないあなた〉が、私と一つになっているのでしょうか。なぜ、〈ほかならないあなた〉が、私と一つの画用紙になって、その中でいろんなことが起きていたのでしょうか。ただ起きていたのではなく、まさにありありと起きていたのです。それは、〈ほかならないあなた〉が読んでいたからです。

もう一度言います。一体なぜ、〈ほかならないあなた〉が、私と一つになっているのでしょうか?あなたがこの物語を読まないことはありえたことですし、ほかの誰かが読んでいることだってありえたことです。一体なぜ、〈ほかならないあなた〉が私と?

おそらく、こうして考えていてもわからないことですね。こうして考えていても、私とあなたはここで、ひたすら孤独な一つのままです。

この孤独から逃れるには、ふたたび、あなたと私の中で何かが起きるしかありません。今度は何が起きるでしょうか。今度は誰の目を借りることになるでしょうか。私にもわかりません。本当にわからないのです。物語は、それ自身の生命をもっていて、私はいわば、物語に語らされているのです。

それでも、もし誰かの目を借りることになるとしたら、どうやってそうなるのか、そのプロセスをようく観どとけることにしましょう。〈ほかならないあなた〉と〈誰でもない私〉が、どうやって〈ほかならない誰かである私〉の目を借りるのか、そのプロセスを。

一体なぜその目なのか、一体なぜ〈ほかならないあなた〉なのか、その疑問、その謎についての手がかりが、もしかするとつかめるかもしれません。


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ありがとうございます!次回もお楽しみに!
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清水将吾

PhD (University of Warwick, UK). 哲学をして、物語を書いて、絵を描きます。哲学ファンタジー連載中。 Twitter: https://twitter.com/shogoinu

哲学ファンタジー あなたと私のコンメディア

「哲学ファンタジー あなたと私のコンメディア」を連載中。 あなたに謎を贈ります。どうか楽しんでください。
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