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逆噴射小説大賞2023ピックアップ

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白饅頭日誌:1月21日「老害にすらなれない時代」

白饅頭日誌:1月21日「老害にすらなれない時代」

 毎日どこかで不穏なニュースが流れ、世相が乱れまくっている1月だから、せめて自分くらいは穏やかな日々を楽しもうと思っていました。

星を射つ確率 

星を射つ確率 

 深夜2時の天文台にフミとミサ。フミは猟銃を持ち、ミサの手には一眼レフカメラ、望遠鏡まであと数メートル。終わりが近い。

 始まりはそう、西暦2038年カメラからビームが出るようになった。突然に。

 決定的だったのは2年前にサッカー世界大会で決勝ゴールを決めた時だった。無数のカメラがその選手に向けられた瞬間、彼にビームが突き刺さって斃れる様を全世界が目撃した。スマホもビデオカメラも全てが武器にな

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グレイテスト

グレイテスト

ずっと考えていた、この国における大統領とは何かと。

ウェスタン・ワールドの代表、世界一強国のトップ、民主陣営のリーダーなど聞こえはいいが、現実では大統領の発言を切り取った動画がネット上に溢れ、大統領をどれほど口汚く罵っても起訴されない、自分に起こる不幸は全部大統領のせい。フィクションでは大統領は格闘家に脅され、企業の犬や秘密結社の傀儡として描かれている。まるでフリー素材扱い。誰も大統領に敬意を払

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ゼンチ!!!!!

ゼンチ!!!!!

 七七志信は、同学年と比べ小さい体をさらに縮こまらせた。
 派手なアクセサリーやらピアスやらを十二分に着けた外星人3人に周囲を固められていたからである。
 ギラギラと輝き蛾を吸い寄せる蛍光灯がランドセルを照らし、スピーカーからの重低音が腹に響く中、頭上では知らない言葉が交わされている。時折触手で出来た男がずろずろと体に手を這わすので、鳥肌が止まらない。
 虎に似た容姿の女が口元をぐにゃりと歪める。

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瀬取狩【せどり-がり】

瀬取狩【せどり-がり】

 新月の海。
 指定の座標に着きボートから錨を下ろす。南十字星が冷たく輝く。

 髪を結い、ダイビング機材を背負い、海に身を投げる。夜の海底に広がる白化した珊瑚礁。水中ライトが青に染まらない原色の海中世界を照らす。いつも通り、沈められた荷物を回収して浮上する。
 甲板に上がり機材を外し、フロントファスナーを下げ大の字で寝転がる。息を整えながら顔を横にして荷物を眺める。
 荷物の中身は、 覚醒剤か

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ヒュドラを運ぶ

ヒュドラを運ぶ

 礼成江の水を飲んでしまったのは、康明を運び終わった時のことだった。
 泥の混じった水の匂いが、喉奥から鼻へ抜けていく。岸に掴まり咳き込んでいると、「母さん!」と昭一が、ひしと腕を掴んできた。
 岸に上がる。昭一はおんぶ紐を解き、康明を抱きかかえる。先程から泣き声一つ上げない。口元に手を当てると、微かな呼気が手のひらに触れる。しかし、目を閉じて、ぐったりとしている。
 急がなくては。まだ弘子と啓子

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夜を突き抜けろ

夜を突き抜けろ

 限界速度などとうに振り切っていた。深夜のハイウェイに悲鳴じみた走行音を響かせながら、俺はバイクの更なる加速手段を模索し続けた。

 だが、遅かった。後頭部に激痛。額が突き破られ、脳漿と弾が飛び出した。

「クソが!」

 痛みを堪えて急カーブを切る。後方で衝突音。だが一つだけだ。弾丸の雨は引き続き飛んで来る。割り切れ。そう自分に言い聞かす。ハンドルさえ握れれば進める。

「そうそう、偉い偉い」

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整地巡礼

整地巡礼

 水田の広がる風景に漂う異臭と黒煙。吹き上がる炎が校舎のあらゆる窓を舐めている。昼日中だというのに、太陽ですら火炎の悪辣さを薄めることができない。右往左往する消防団を押し除けて、ようやく到着した消防隊がホースを展開したが、手遅れなのは誰の目にも明らかだった。
 躊躇いつつスマホのシャッターを切る。が、後悔してすぐに消した。あの映画の舞台となった栗生分校。その味わい深い木造校舎を眺めたかっただけなの

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沙代歌の花遊び

沙代歌の花遊び

“月明かりだけを頼りに向日葵畑を走って逃げる。他に何もできないから。でも、どんなに逃げても追いつかれて、必ず裂き散らされる。そんな夜が半年も続いて嫌になった。除霊も薬も役に立たない。だから、直接あいつを殴ることにした。”

「って話だけど。本当にここ?」
「完全一致」
「よく見つけるよね、夢の場所なんて」
「検索は得意」

 そう言って平たい胸を反らすのは蓮。私と同じ高二だけれど、よく姉妹に見られ

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VS暗黒サメ大名

VS暗黒サメ大名

 六十六版目の一八五三年七月、浦賀沖に現れたのは、黒船ではなくサメの群れだった。上陸した彼らは瞬く間に一帯を制圧、三浦半島はサメの支配域となった。

 港は暗澹としていた。漁師や荷役が活気なく働く横では、力尽きた者たちに小蠅がたかっている。否、小蠅に見えたものはトビウオだ。ここでは虫すら魚類に駆逐されている。
 これ程の生態系の変化は初めて見る。ユキは慄きつつ、隊長とロウに続き大通りへ向かった。

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法務庁特別審査局調査員・佐伯

 ごった返す人々の放つ臭気。汗と熱気がいっしょくたになった猥雑さ。芋飴は公定価格の五〇倍の値段がついている。

 闇市の飯屋で、一杯五円の肉入りうどんをその男はすすっていた。

「稼いでるんだろう? なんでこんな場末で食ってる」
「こういう場所のほうがその国の日々の暮らしがわかる」

 流暢な日本語でダニエル・リーが答えた。そんなもんかね、と佐伯は言った。
 妙なもんだ。佐伯の生きてきた世界では敵

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路線バス 魔王城行き

路線バス 魔王城行き

 かつてあまねく神の聖地と呼ばれたニネエフの高原とその都は、魔王の手により一晩にして地獄と化した。悪魔と魔獣は跋扈し、緑と土壌は汚染され、それから20年もの間どれほどの民が殺されたか見当もつかない。

 そしてそんな魔境において唯一営業が続いている路線バスが存在するのだという。ならば一介の旅好きとして一度乗ってみない訳にはいかないだろう。

 早速、その路線バスの途中駅のある北ニネエフ駅前のバス停

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真夜中の檻

真夜中の檻

 小型の護送車が横転していた。
 夜の山道のど真ん中だ 。あやうく激突しかけた。私は車を降りた。ボロのコートではひどく寒い。
 ヘッドライトに照らされた車体に近づいていく。前方が潰れていた。砕けたガラスが靴の下で鳴る。

「止まれ」と声がした。
 車の陰から腕が伸びている。手には銃、テーザーガンと一目でわかった。
「抵抗するな。いいか」
 私はあぁ、と答えた。

 姿を現したのは、長い黒髪の青年だ

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東風よ、吹け

東風よ、吹け

 時は文永11年(西暦1274年)、季節は晩秋。場所は、博多沖より壱岐へと向かう海上。時分は夜更け、丑三つ。

 荒波に揉まれる小舟の上、寒風に吹かれながら、くつろいだ様子で酒を舐める優男と、力強く櫂を漕ぐ偉丈夫の姿があった。

「法眼様」

「その呼び名は止めくれ」

 漕ぎ手の呼びかけに、優男は答えた。

「では、なんとお呼びすれば?」

「そうさなあ……」

 優男は、杯を傾け、澄酒をあおる

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