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文明の狭間を食べるために。 《夫婦世界一周紀31日目》

スマートフォンは世界に変えた。それはもう劇的に、だ。僕たちの暮らしのような生活+αのものとは違い、発展途上国にもたらされたスマホの影響たるや、想像を絶している。

トゥヴァでもスリランカでもそうだ。少し前までは本当の手付かずだった世界にもスマホは入り込んだ。マサイ族がiPadを使いこなす時代だ。僕たちがこのタイミングで世界を巡ることは、世界一周以上に意味があることなのかもしれない。

この宿に延泊することにした。クラクションに脅かされ、美味しくないアボカドを食べ、炭水化物しか取っていなくて常にお腹が空いていたけれど、快適だった。可愛い女の子と遊ぶ毎日も楽しかったし、日焼けが悪化してどこかに行こうという気にもならなかった。

でも何より気になったのは、この存在だ。

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僕たちの宿泊している部屋にはエアコンがつき(使えないけど)、Wi-Fiが通り、温水シャワーが出るようになっていたけれど、大家の家族が住んでいる家は電気もガスもなくて、縁側にはこの大きな石臼があって、おじいちゃんがここで毎日スパイスを潰し、ヤシを削ってカレーを作っていた。

夕方になるとパチパチと薪がはぜる音がする。ふらふらと見に行くと、カレーが熾火で作られているのだ。何百回と火にかけられて黒くなっている土鍋がコポコポと音を立てている。

ご飯を作るのに2時間以上かかる、そう、このカレーだ。僕はどうしてもこのカレーを食べてみたかった。

キャンディダンスよりも、綺麗な海よりも、スパイスよりも、紅茶よりも、その場所でしか得られない経験は、熾火のカレーの中に詰まっているのだ。

あと10年もしたらおじいちゃんはこの世にはいないだろうし、ここだっていずれガス菅が通るだろう。僕たちが今いるからこそ経験できる最高峰が目の前にあった。

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おじいちゃんは英語が話せない。一緒に住んでいる女の子のお母さんはかろうじて英語が話せたが、いつもうやむやな返事をするので伝わっているか分からなかった。

ちょうど大家のマハジさんがやってきたので、意を決して頼んでみることにした。

「僕はこの熾火で作られたカレーを食べてみたいんです」

マハジさんは少し考えるそぶりを見せ、こう言った。

「君たちは延泊をしてくれた。こんなによく話すようになった宿泊客もはじめてなんだ。ぜひ私たちにご馳走させてほしい」

スリランカの旅に意味が生まれた瞬間だった。

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外に出ることが出来ない今、旅をできること自体に価値が生まれつつあります。僕たちが見てまわった世界はもうないかもしれないけれど、僕らが家にいる時にも世界は存在していて、今日もトゥヴァだってニウエだってある。いつか全てが終わった時に、あそこに行きたいと思ってくれる人が一人でも増えたらいいなと思って、価格を改訂しました。 無料で公開したかったのですが有料マガジンを変更することが出来なかったので、最安値の100円に設定しています。

2018年8月19日から12月9日までの114日間。 5大陸11カ国を巡る夫婦世界一周旅行。 その日、何を思っていたかを一年後に毎日連載し…

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