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『停留所』(超短編小説)


   大粒の雨が激しい響きを立てている。

   田園地帯のど真ん中にぽつんと佇む停留所で僕たちはバスを待っていた。二人の声とトタン屋根をたたき付ける雨音以外は聞こえない。

「ねえ、私の秘密教えてあげよっか」
「秘密?」
「うん。誰にも言っていない秘密」
「急に何だよ。ちょっと怖いんだけど」
「家族以外に話すのは初めてなの。でも、勘太郎はね、三ヶ月付き合って信頼できる人ってわかったから・・・」

   芽依子は振り絞るように話し出した。

「あの、私ね、普通の人には見えないものが見えるの」
「え?何それ」
「人間じゃない生き物のこと」
「霊感的なやつ?」
「そういうのじゃないの」
「幽霊とか死んだ人とかの話じゃないの?」
「うん、違う。私が見えるのは、妖(あやかし)」
「妖?何それ」
「簡単に言うと、妖怪みたいな存在」
「またまた〜。はははっ。真剣な顔で何を言い出すんだよ」
「・・・本当なの」

   僕が茶化すように笑うと、芽依子は悲しそうな顔で答えた。

「まあ、こんな話、信じろって言われたら普通信じないよね」
「えっ、冗談じゃないの?」
「だから本当なんだって」
「そ、そーなの・・・」

   こういう時、どういうリアクションをするのが正解なのかわからなかった。

「あの、ちょっと聞いてもいい?」
「ん?」
「今ここにいるのは俺と芽依子の二人だけ?」
「いや、五人かなあ」
「ああ、マジか・・・」
「今、私がリュックをひざの上に置いている理由がわかる?」
「わかんない」
「だって、この停留所のベンチ、私の隣と、勘太郎の隣に、彼らが一人ずつ座っているから」
「えええっ!」
「あとね、もう一人は屋根の上にいる」
「・・・」
「勘太郎の隣にいるのは背中に針が千本くらい生えた子供」
「ええっ」

   それを聞いた瞬間、思わず体がのけぞった。

「何も危害は加えてこないから」
「あ、そうなんだね。・・・で、芽依子の隣にいるのはどんなの?」
「たぶん泥田坊だと思う。足がないし」
「・・・じゃあさ、屋根の上にいるのは?」
「巨大な蜘蛛の体をした無表情の美女」
「なんだよ・・それ」

   半信半疑で聞いていたが、芽依子の顔は冗談を言っているようには見えなかった。生まれつき妖(あやかし)が見える家系の末裔なのだという。変人扱いされるということで祖父母と両親から決して誰にも言っちゃいけないと釘をさされて育ってきたらしい。

「危害は加えてこないっていうけどさ、俺はやっぱり怖いなあ」
「ごめんね。言わない方がよかったね」
「いやいや話してくれてありがとう。それより芽依子は怖くないの?」
「全然怖くない。いるのが当たり前だし」
「・・・・」

   二人の間にしばらく沈黙の時間があって、なんだか変な空気になっていたので、僕は切り出した。

「子供向けの絵本とかに載ってる妖怪の姿って、あれは正しいの?」
「そうねえ、正しい人もいるっていうか。あの先生は見えていたと思う。ひょっとしたら遠い親戚かもしれない。名前は言わないけれど」
「先生?誰だろ・・・」
「他の人のことであっても話したらダメっていう決まりだから話せないんだけど」
「ふーん。そういうのがいつも近くにいるって思うと、なんだか落ち着かないよなあ」
「・・・」

   しばらくして、芽依子の表情が急に変わった。

「・・・やっぱり嘘」
「何が?」
「見える話」
「妖が見える話?」

   芽依子は目をつむって静かにうなずいた。

「え、全部作り話だったってこと?」
「そう」
「この停留所に五人いるっていう話も?」
「うん」
「ええっ!」
「ほら、私って平凡でしょ。だからちょっと特別な自分になってみたくて言ってみただけ」
「俺、別に出会った頃から平凡とか気にしたことないよ」
「ありがとう。でも全部私の妄想。忘れて」

   「怖い」とか「落ち着かない」なんて言ったのがよくなかったのかもしれない。芽依子が僕に対して心を閉ざしたように思えてならなかった。

「俺ちょっとびっくりした」
「ごめんね。気にしないで」

   ピンと張っていたピアノ線が強引に切られたような、そんな感覚に陥った。芽依子はくだらない冗談を吐いて演技するような性格ではないはずだ。妖の話をしている時も間違いなく真顔だった。それと、もう一つ気になることがあった。芽依子がいつも古いお守りのようなものを肌身離さず首からぶら下げていることである。

   雨脚はますます強くなっていく。あふれる雨水は心の隙間にどんどん流れ込んでいく。雨霧の中、こちらに向かってくるバスのフロントライトがうっすらと見えた。

(了)

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