スティグマータ_02

「駄目だ。 きみが行くんだ」

■感想文『スティグマータ』/著者・近藤史恵さん

近藤さんの『サクリファイス』シリーズとして、本作を本書を最初に読むのはおすすめできません。少なくとも、本書のキモを最大限に味わおうとするなら、これまでの『サクリファイス』『エデン』『サヴァイヴ』『キアズマ』の4作を読んだほうがいいでしょう。

がむしゃらにペダルを漕いでいた『サクリファイス』の頃から、主人公の白石は年を重ねました。本書の中で具体的な年齢は書かれていませんが、冒頭の本文から察するに白石はアラサーです。サイクルロードレースの選手として走る白石は、自分のいる世界に慣れました。でも慣れた世界は決して安心のできる世界でなく、常に不安を抱えながら走る世界であり、そんな不均衡な周囲に身を置くことに慣れているわけです。

本書は、その渦中でサイクルロードレースの選手として生きる、白石にとっての決意表明のような一冊なのかもしれません。

これまでの4作を読んでシリーズを好きになった読者は、ぜひ本書を読んでくださいと、言わせてください。これまでのシリーズとは違った味わいが待っていますよと、言わせてください。本作にあるのは、涙を誘うドラマではなく、サイクルロードレースの選手としての選択や、その世界で生きるための流儀への苦悩と葛藤だと思います。それが、近藤さんのスティグマータですと、そう言わせてください。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ネタバレしていると思うので、本書が未読な人は以降の私の感想を読まないことをおすすめしておきます。※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


読後、身勝手にも懲りずに、再び白石の活躍を期待していた私は、読み終えてから言い知れぬモヤモヤとした感情に包まれました。私は近藤さんの描くサクリファイスシリーズのファンの一人です。今までそう思ってきました。
でも本当は、近藤さんの描く白石誓のファンなのかもしれません。

若く、天賦の才に努力で必死に近づく『サクリファイス』での白石の姿に、私は胸を熱くしました。『サヴァイヴ』でシリーズの世界観は奥行きを持ち『キアズマ』で広がりを見せた印象です。『キアズマ』読了時は続編に胸を躍らせた私でしたが、それは身勝手にも『再び白石の活躍する姿が見られるのかも』、という期待を寄せたにすぎなかったのかもしれません。

選手生命という峠を迎えるすべてのアスリートには、アスリートとしての生き方を迫られる瞬間が必ず訪れます。単純に引退するか継続するか、の判断ではありません。

これまでのプレースタイルを続けるか
練習方法を変えるか
試合への調整方法を変えるか
何を変えないのか

そうした選択の数々です。では、どうして、そうした選択を迫られるか。『今までと同じではいけない』そう気づく瞬間が訪れるからです。その瞬間が、若さを失う、ということなのかもしれません。本書を読んでそんな風に思えました。白石は、もう私の期待に応えられる選手ではないのかもしれない。そして著者である近藤さんは、その白石の変化と葛藤を本書で描いたのかもしれない。実際の多くのスポーツ選手がそうであるように、フィクションの世界ではありますが、白石にも避けられないものが迫っていると。近藤さんは、それを描いたのかもしれない。読み終えて『スティグマータ』の感想を書きながら、私はそんな風に考えました。

白石という人物を通して、選手生命の残りを考えながら競技に打ち込む、サイクルロードレースの選手の覚悟、決意の一つを本作で見たようで、本を閉じてじっくり考えてみると、私にとってはとても味わい深い一冊となりました。こうした味わいもまた読書の楽しみの一つであり、こうした体験をするたびに、私はまた読書をしたいと思うのでした。同時に私は、残念ながら白石にもどかしさを感じました。しかし、それは裏を返すと、彼がもっとも輝いていた時期を知っているからです。そのもどかしさを描き、読後にこの深い味わいを残してくれた近藤さんに、私はありがとうと言いたいです。そして白石にはこう言いたい。

チカ! きみが行け!


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