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イギリス伝説の音楽スタジオ「ロックフィールド」に限りなく近いべつの農場の話

伝説のイギリスの音楽スタジオ「ROCKFIELD(ロックフィールド)」のドキュメンタリー映画を見た。

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ロックフィールド映画ポスター

ロンドンから西へ約230キロ、ウェールズの農場の中にある伝説の音楽スタジオが「ロックフィールド」だ。

ロックフィールドはウェールズのMONMOUTHSHIREにある。看板にはウェールズ語が。(著者撮影)


ここで生まれたUKロックの名曲は数知れず。クイーンはここで「ボヘミアン・ラプソディ」を、オアシスは「ワンダーウォール」を、そしてコールド・プレイは「イエロー」を録音した。

そういえば映画『ボヘミアン・ラプソディ』でもこのロックフィールドスタジオのシーンが出てくる。そうそう、なぜか牧場だった。小屋みたいなところに機材があったよね。

他にもデヴィッド・ボウイ、ザ・ストーン・ローゼス、ザ・シャーラタンズ、シンプル・マインズ、TEENAGE FANCLUB、KASABIAN、NEW ORDER など、多くのミュージシャンたちがこの場所に滞在し、音楽をつくってきた。

※ここから映画の内容にすこし触れます。「まず自分で見たい」という方は、「ロックフィールドに限りなく近いべつの農場の話」までスキップしてください。そこからは、ウェールズとイギリスの旅行エッセイになります。

田舎の音楽スタジオ

UKロックの聖地とされるこの場所だが、ほんとうにイギリスの田舎の典型的な「農場」なのだ。音楽スタジオのとなりには豚や牛や鶏がいて、敷地内には小川もある。オーナーのキングズリーの本業は農家なので、牛の世話をしたあとで、急いで着替えてビジネスオーナーとして対応していたという。

ウェールズのブレコンヴィーコン(著者撮影)

もともとは農家のキングズリーとチャールズのウォード兄弟がミュージシャンを目指すも挫折、バンドマンたちに農場を改装したスタジオを貸し出したことが、この世界初の滞在型音楽スタジオの始まりだった。スタジオの名前は、農場の近くの村の地名のRockfieldから「ロックフィールド」と名付けられた。

イギリスの農場の鶏さんたち(著者撮影)

その自然環境が、ミュージシャンたちにインスピレーションを与え、彼らはのびのびと音楽をつくることができた。あるミュージシャンが長期間滞在している間に子牛が2匹生まれたというエピソードはなんだかほほえましい。ザ・ストーン・ローゼスはなんと14ヶ月も滞在したらしい。よっぽど居心地がよかったんだね。


オアシスのリアムとノエル

この映画では、オアシスのボーカル、リアム・ギャラガー(弟)が登場し、当時の様子を語っている。

兄ノエルは農場の塀の上に登って、あの名曲「ワンダーウォール」を録音したという。音楽にそれほど詳しくないわたしからしたら、「それが塀の上であることの必要性って…? 」と思ってしまうのだが、きっとものすごく重要なことだったんだろう。だって何十年も愛されるこんなに素晴らしい曲が生まれたのだから。いま聴いても、やっぱりいいなあと思う。まさにワンダーウォール。

90年代後半のイギリス。イギリスの南西部、海岸沿いに車を走らせイギリスの最西端ランズエンドまで。「ワンダーウォール」や「ドント・ルック・バック・イン・アンガー」を車のなかで大声で歌った若かりし頃を思い出す。

農場の素晴らしい環境は、ミュージシャンたちに豊かなインスピレーションを与えた。しかし、次第に複数の人間がひとつの場所に滞在してものをつくることの窮屈さも生まれてくる。

オアシスは一日一曲という驚異的なスピードでアルバムをレコーディングしていた。早く終わるとリアムは町のパブに飲みに行き、地元の人たちを連れて帰って大騒ぎをはじめる。ノエルはまだ曲をつくっている。そりゃ兄弟喧嘩にもなるわな。ゴミ箱は飛ぶわ家具は壊れるわの、とんでもない大ゲンカが繰り広げられた。そしてロックフィールドで兄弟の間にできた溝は、パリで決定的になる。

ロックフィールドは魔法のように素晴らしい音楽が生まれる場所だったけど、終わりの始まりの場所でもあったのだ。

別のインタビューで、「歌詞もメロディーもリアムの声も別次元だった」というノエル・ギャラガーの言葉が切ない。映画ではリアムが語っているが、こちらのドキュメンタリーではノエルが「ロックフィールド」について語っている。

これらを見ていると、兄弟はもうどうしようもなかったんだろうか、とつい思ってしまう。切ない。


コールドプレイ「イエロー」の秘密

「イギリス人のアノラック最強」と誰しもが(少なくともわたしと夫は)思ったこのコールドプレイのVIDEO。この名曲「イエロー」も、ロックフィールドで生まれた。

コールドプレイのクリス・マーティンがはじめてロックフィールドにきたとき、「ここはまるで、ロック界のホグワーツ魔法魔術学校や〜」と思ったらしい。かわいい。それくらい、いたるところに魔法と伝説が存在する場所だったそうだ。

夜、メンバーの「この星を見てみろよ! 」という声で、クリスは満点の星空を見上げる。ギターのコードをポロン、「look at the star…」こうして最初の歌詞が生まれた。次に「フフフン」みたいなメロディーにあう歌詞がないかとふと目の前を見ると、「イエローページ」があり、「フフフン」は「イエロー」になったそうだ。そんなもんなのか。案外そんなものなのかもしれないよね。目の前にある日常的なものを、なにか素敵なものに変えるのが魔法だ。シンデレラの魔法使いがかぼちゃを馬車に変えたように。

クリスによるとこの曲は、特定の人物や対象にあてたものではなく、ロックフィールドだからこそ生まれた、自然や地球への賛歌だという。それはまるで、宇宙飛行士が宇宙から地球を見たときに発する言葉のようでもあり、なんだかジーンとしてしまう。

近年のコールドプレイの楽曲は、どことなく宇宙的な、壮大なスケールの世界観になってきている。そうか、その「宇宙感」はロックフィールドの星空から始まっていたのか。


ふしぎな既視感の正体

映画をみてとても感動したわたしだったが、ミュージシャンがレコーディングの合間にパブに行ったりするその町のようすや、地名に、ふしぎな既視感を覚えたのだった。

もしかして…と思って、写真の位置情報を確認してみる。

ウェールズのブレコンビーコン付近で、この写真をはじめ、10枚写真をとっているらしい。

農場の放し飼い地鶏。自動的に地鶏卵。(著者撮影)

イギリス人の友人宅に遊びに行って、近所の農場に産みたて卵を分けてもらいに行ったときの写真だ。

それをさらに拡大してみる。

Rock field

すると、でた! Rockfield(ロックフィールド)
ってことは…。

わたし行っとるがな! ロックフィールドのすごい近くまで!

知らなかったとはいえ、なんともったいないことを。ノエル・ギャラガーがハンプティ・ダンプティみたいに塀を登って曲をつくったあの「ワンダーウォール」を、ぜひこの目で見てみたかった〜!

というわけでここからは、「ロックフィールドにものすごく近い場所の、まったくべつの農場の写真」と旅のエッセイをお届けします。

ロックフィールドに限りなく近いべつの農場の話

ロックフィールドにものすごく近い場所にある友人宅を訪ねたのは2017年のこと。駅についたわたしを、友人が車で迎えにきてくれた。

もしかすると、このとき、ロックフィールドの近くを通ったかもしれない。ああ。

到着したその日は、ブレコンビーコン国立公園にドライブに連れて行ってくれた。雨の降っているところと、晴れているところがひと目で見渡せる景色。

ブレコンビーコン国立公園

翌日は、あいにくの雨だったので、お家でゆっくり過ごすことに。

庭、というよりも、ちょっとした公園くらいの広さだ。こんなところで子育てできるなんてうらやましい。

子どものプレイハウス
友人のクワイエット・プレイス

敷地内に森があるなんて、夢のようじゃない?
納屋もいい感じだ。

いい感じの納屋

朝は、その森のなかを歩いて、近所の農場へ。

放し飼いの鶏さんたち

放し飼いの鶏さんや、動物たち。まるでピーターラビットの世界。
イギリスにいると、子どものころ大好きだった物語の世界が、そのまま現実にそこにあって、ほんとうにびっくりする。

オックスフォードに行ったらアリスはまだそこで兎を追いかけていて、100エーカーの森にはプーさんがいる。ロンドンのベーカーストリートではシャーロック・ホームズとワトスン君がきょうも難問題を解決しているだろう。そしてホグワーツ魔法魔術学校はロックフィールドに実在しているのだ。

そしてこれは、「ロックフィールドにものすごく近いべつの農園」のおはなしだ。

農園を案内してくれるジョシュ

農場はジョシュが案内してくれた。

ジョシュのこなれた着こなし

帽子がおしゃれだね、と言ったら、そのへんで拾ったキジの羽をさしただけだという。イギリスは雨もよく降るし、天気が変わりやすいので、帽子はおしゃれというよりも必需品だ。おしゃれじゃなくて、実用っていうところがいい。そう、魔法も物語も、イギリスではきっと「現実」なんだ。

うずらを抱くジョシュくん、なんと20歳。
かわいい鶏小屋

卵をすこし分けてね。ありがとう。

産みたてたまご

いただいてきた卵は、そのまま朝ごはんに。なんて豊かな生活。

友人がわたしのために、あえて「典型的なイギリスの朝ごはん」を作ってくれた。その気配りがうれしい。

グリルでソーセージを焼いて
これこれ、このソーセージがイギリス!
Typical English breakfast

スクランブルエッグ、ソーセージ、カリカリベーコン、そしてこの薄いトースト(アリス風に言うとバタつきパン)と紅茶の、典型的なイギリスの朝ごはん。はあ、思い出しただけでしあわせすぎる。恋しいイギリス。次に行けるのはいったいいつの日だろう。

その友人宅に滞在して、「家族」について考えたnoteがこちら。


もしもこの世界にロックフィールドがなかったら

ロックフィールドの映画パンフレットに、こんな文章が掲載されていた。

もし、キングズリーとチャールズのウォード兄弟がレコーディング・スタジオを作っていなければ英国ロックの歴史は今とは大きく変わっていたに違いない。(中略)「ボヘミアン・ラプソディー」も生まれなかったはずだ。コールドプレイはレーコード契約を切られて、クリス・マーティンはパブで酔うたびに昔はバンドやってたんだぜ、と何度も繰り返すウザい親父になってしまい、グウィネス・パルトロウと結婚することもなかっただろう。それだけ多くのバンドの名曲や名作を生み出し、英国ロックの発展に寄与してきたのが、ロンドンから225kmも離れたウェールズの片田舎にあるロックフィールドだ。

油納将志「ロック・フィールドでしか生み出せない“何か”を求めて」ROCKFIELD映画パンフレットより

もしもこの世界にロックフィールドがなかったら、わたしと夫も結婚していなかったかもしれない。クリス・マーティンとグウィネス・パルトロウの結婚ほど世界規模の大げさなことじゃないけど、我が家にとっては大ごとだ。だって子どもたちは存在しないことになってしまうのだから。

もしもロックフィールドがなかったら、わたしと夫はイギリスの海辺のドライブでオアシスを大声で歌うこともなかったし、ストーン・ローゼスをいっしょに聴くこともなかっただろう。

もともとUK音楽が好きな夫の影響でイギリスを好きになった。UK音楽のことはそれまでほとんど知らなかったけど、聞いてみたらけっこう好きかも。と思えた。それでイギリスに何度か行くようになって、もともとわたしもイギリスのものが好きだったことに気がついたのだ。子どものころに夢中になった不思議の国のアリスや、シャーロック・ホームズもイギリスだし、白いウェディングドレスを最初に着たとされる女性も、イギリスのヴィクトリア女王だ。わたしが好きなものは全部イギリスにあったのだ。

音楽や映画の趣味ってわたしにとってはけっこう重要だった。それは夫にとってもそうだったようで、結婚する人の条件を「イギリス好きであること」だと言っていた。

結婚を決めたとき、例えば結婚せずに別れてしまったとしたら「いっしょにイギリスで車の中でよくオアシス聞いたよね」みたいなことが話せなくなるのはさみしいな、みたいな気持ちもあったと思う。結婚ってそんなもの? と思う人もいるかもしれないけど、結婚なんて魔法みたいなものなんだから、きっと魔法ってそんなものでしょ。

ロックフィールドの魔法

この年末に、2年ぶりに家族で神戸から広島へ車で帰省したとき、カーラジオでオアシスの「ドント・ルック・バック・イン・アンガー」がかかる。おお、とみんなで歌いだす。ところがちょうど車が県境にさしかかる山あいのところで、ラジオはとぎれとぎれになってしまった。かすかになるラジオをおぎなうように、4人家族みんなでオアシスを合唱する。

息子はサッカーをきっかけにイギリス好きになってオアシスを聴くようになった。娘はギターをやっている。娘の大好きなマカロニえんぴつはオアシスのファンだそうで、娘もオアシスを聴いている。

あの海辺の日から何年たったのだろう。あのときは2人だったのにこうして家族4人でオアシスを歌えるだなんて。これを魔法と言わずして、なんというのか。

とうとう車がトンネルに入ってしまった。カーラジオはもう聴こえない。それでもわたしたちは大きな声で、オアシスの「ドント・ルック・バック・イン・アンガー」を歌う。





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ドレスの仕立て屋タケチヒロミです。 日本各地の布をめぐる「いとへんの旅」を、大学院の研究としてすることになりました! 研究にはお金がかかります💦いただいたサポートはありがたく、研究の旅の費用に使わせていただきます!