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漢文の海で釣りをして

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古今の漢籍が泳ぐ歴史の海に釣り糸を垂らし、釣れた漢文を我流な解釈で書き連ねたものです
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漢文の海で釣りをして【第1回】小さな春でも、春は春

漢文の海で釣りをして【第1回】小さな春でも、春は春

【漢文ってスゴいんです】 中国の大地に甲骨文字が生まれて爾来数千年。漢字で書かれた文章…すなわち漢文はその知恵を蓄積させ続けて、現代にまで読み継がれています。
歴史的に漢字を使用してきた国々では、ひとつの共通言語としての役割を果たしてきました。漢字文化圏において漢文は、国境はもちろん時代をも超えることが出来ます。
例えば『韓非子』に出てくる「矛盾」という言葉などは、千年前の中

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漢文の海で釣りをして【第2回】孔子の自己紹介

漢文の海で釣りをして【第2回】孔子の自己紹介

「憤を発しては食を忘れ、楽しみて以て憂を忘る」

≪意訳≫発憤すると食事をするのも忘れるくらい熱中し、興がのってくると心配事も吹き飛んでしまう。
≪出典≫『論語』述而篇

第2回目は漢文の王道中の王道である『論語』より。

いきなり脱線ですが『論語』は孔子の著作ではありません。孔子の死後、弟子たちが集まって亡き師を懐かしみ「先生はあんなことを言っていた」「先生とこんなこんなことをやった」というエピ

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漢文の海で釣りをして【第3回】わずかな変化をとらえられるか

漢文の海で釣りをして【第3回】わずかな変化をとらえられるか

「一葉の落つるを見て、歳のまさに暮れなんとするを知る」

≪訳≫桐の葉っぱが一枚落葉するのを見て季節が変わりゆくことを知る
≪出典≫『淮南子』説山篇

『淮南子(えなんじ)』は前漢の時代に淮南(わいなん)の王がお抱えの学者集団に編纂させた本です。日本でも有名な「塞翁が馬」という故事成語はこの本が出典。

さてさて。
アレンジされた「一葉落ちて天下の秋を知る」という句の方が膾炙していますが、オリジナ

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漢文の海で釣りをして【第4回】変わるもの、変わらないもの

漢文の海で釣りをして【第4回】変わるもの、変わらないもの

「年年歳歳花相似たり、歳歳年年人同じからず」
≪訳≫毎年毎年、花は同じように咲くのに、毎年毎年、それを見るひとのこころは同じようにはいかない
≪出典≫劉廷芝「代悲白頭翁」

古来より日本人にも愛されてきたフレーズです。「年年歳歳」「歳歳年年」は書き下すのが難しいのでそのまま「ねんねんさいさい」「さいさいねんねん」と読みます。これはこれで朗誦するとなかなかリズムがよいです。
「代悲白頭翁」は漢詩。こ

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漢文の海で釣りをして【第5回】甘い言葉よりも、苦い薬を勧めてくれるのが本当に優しいひと

漢文の海で釣りをして【第5回】甘い言葉よりも、苦い薬を勧めてくれるのが本当に優しいひと

「忠言、耳に逆らえど行いに利あり。毒薬、口に苦けれど病に利あり」

≪訳≫ひとからの忠告は耳が痛いものだが行いを改めるのに効果がある。濃い薬は苦くて飲みにくいが病気に効くのと同じように。
≪出典≫『史記』留侯世家

日本でも「良薬は口に苦し」という諺で膾炙していますね。
出典となる『史記』留侯世家にこの言葉があることは前々から知っていたのですが、今回改めて原文に当たってみたところ「良薬」がなんと「

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漢文の海で釣りをして【第6回】馬は馬なれ、牛は牛なれ

漢文の海で釣りをして【第6回】馬は馬なれ、牛は牛なれ

「駑馬(どば)は精速(せいそく)と雖も、能く一人を致したるのみ。駑牛(どぎゅう)は一日に百里を行きたれど、豈に一人を致す所ならんか」
≪訳≫馬はどんなに足が速くてもひとりしか運ぶことができない。牛は足が遅いが何人も運ぶことができる
≪出典≫『世説新語』品藻篇

この『世説新語』というのは三國志の前後くらいの時代の様々な人物たちのエピソードを集めた大変面白い本です。
優秀な人物の思わず膝を打つような

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漢文の海で釣りをして【第7回】昔のひとが考えたこと

漢文の海で釣りをして【第7回】昔のひとが考えたこと

「未だ至らざるを測ることなかれ」
≪訳≫まだ起こっていないことをあれこれ心配しても仕方がない
≪出典≫『小学』敬身

歴史学をやっていると何百年、何千年経っても根本的なところで人間は変わっていないなと感じます。
現代人と同じようなことで喜んだり、悩んだりしています。
今日の出典である『小学』は数百年前にできた本ですが、この一句が言っていることは現代のエッセイや人生相談で見かけても違和感ないでしょう

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漢文の海で釣りをして【第8回】空は富士山よりも高い

漢文の海で釣りをして【第8回】空は富士山よりも高い

「高山に登らざれば、天の高きを知らざるなり」
≪訳≫高い山に登らなければ、天の本当の高さはわからない
≪出典≫『荀子』勧学篇

『荀子』です。
タケノコ(筍)ではありません。
文章自体は難しくないです。
もうこれ以上にないくらいの直訳ですね。

空が高いことは平地にいてもわかります。
しかし、空の高さをより強く実感できるのは高い山に登って、そこから見上げてみたとき。
空との距離は平地にいたときより

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漢文の海で釣りをして【第9回】春はやってくる、そして過ぎていく

漢文の海で釣りをして【第9回】春はやってくる、そして過ぎていく

「歌管高楼声細細 / 鞦韆院落夜沈沈」
≪訳≫宴の歌の音も遠く / ブランコひっそり夜の庭
≪出典≫蘇軾「春夜」

漢文に返り点をつけて日本語っぽく読む。
書き下し文と呼ばれる日本独自の漢文の読み方です。
しかし、なかにはどうしてもこの方法では読めない漢文というものがあります。
本日の句がそれです。

歌管高楼声細細
(かかんこうろうこえさいさい)
鞦韆院落夜沈沈
(しゅうせんいんらくよるちんちん

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漢文の海で釣りをして【第10回】水に流せないうらみもあるからこそ、小さな心遣いにもありがとうを

漢文の海で釣りをして【第10回】水に流せないうらみもあるからこそ、小さな心遣いにもありがとうを

「一飯の徳も必ず償い、睚眦(がんさい)の怨みも必ず報ゆ」
≪訳≫たった一杯の飯の恩義も必ずお返しするし、ちょっと睨み付けられたうらみにも必ず仕返しをする
≪出典≫『史記』范雎蔡沢列伝

この物語の主人公は范雎(はんしょ)という男。
非常に有能な人物でしたがスパイの濡れ衣を着せられて筆舌に尽くしがたい仕打ちをうけます。
拷問にかけられた上、簀巻きにされて糞尿の浮かぶ便所の中に捨てられ、汚物を浴びせら

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漢文の海で釣りをして【第11回】世界最強の権力者でも手に入れられなかったもの

漢文の海で釣りをして【第11回】世界最強の権力者でも手に入れられなかったもの

「少壮 幾時ぞ 老いをいかんせん」

≪訳≫若く元気な時間というのは無限ではない。どんなひとでも老いを止めることはできない
≪出典≫漢の武帝「秋風辞」

約400年続いた漢王朝。
その最盛期に君臨した皇帝が武帝です。
当時の中国は世界最強の国といっても過言ではありません。
その国の頂点に立つ男…いわば世界で一番、富みと権力を手中にしていた男が読んだ詩から今回の一文です。

武帝がこの詩を詠んだのは

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漢文の海で釣りをして【第12回】躓いたら問え、いまがその時か。

漢文の海で釣りをして【第12回】躓いたら問え、いまがその時か。

「天時に非ざれば、十尭と雖も冬一穂(いっすい)を生ずること能わず」
≪訳≫尭のような聖人が十人かかっても、冬に穀物を作るようなことは、天の時機に合っていないのでできない。
≪出典≫『韓非子』功名篇

尭(ぎょう)というのは中国の伝説の聖人です。
実在したかどうかはさておき、ひとつの究極の理想的な人物としてよく名前を挙げられる人物です。

春に種を蒔き、秋に収穫する穀物。
これは天の時に合うからこそ

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漢文の海で釣りをして【第13回】楽しむ者こそ最強

漢文の海で釣りをして【第13回】楽しむ者こそ最強

「之を知る者は、之を好む者に如かず。 之を好む者は、之を楽しむ者に如かず」
≪訳≫ある物事を知っているだけの者は、それを好む者にはかなわない。しかし、それを好む者であっても、楽しむ者にはかなわない。
≪出典≫『論語』雍也篇

たとえば本を読むにしても、知識を得るための必要に迫られて「勉強」になっているひとはなかなか身に付きませんし、何よりも苦痛を伴うため長続きしません。
本を読むことが好きだという

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漢文の海で釣りをして【第14回】愛と勇気といくらかのお金

漢文の海で釣りをして【第14回】愛と勇気といくらかのお金

「倉廩満ちて礼節を知り、衣食足りて栄辱を知る」
《訳》倉庫に十分な食べ物があってようやく礼儀や節度の大切さを知ることができ、衣食に困らなくなってようやく栄辱を理解することができる
《出典》『史記』管晏列伝

短縮バージョンの「衣食足りて礼節を知る」でよく知られている句ですね。
中国古代の宰相・管仲の語。

宰相は王や皇帝を補佐する総理大臣のようなものだと思ってもらえればよいです。
中国で「管仲のよ

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