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メモ 政治学者モーゲンソーは中国が台頭する可能性をどう捉えていたのか?

国際政治学の古典的業績『国際政治(Politics among Nations)』(初版1948;5版1978)の著者であるハンス・モーゲンソーは、アメリカとソ連との冷戦構造を変える存在として中国の潜在力に注目していた政治学者の一人です。

モーゲンソーは『国際政治』第21章で第二次世界大戦が終結してから世界の情勢はアメリカとソ連という二極によって左右されるようになったこと、それが極めて安定的な状態であったことを考察しています。この二極化によって中小国が選択できる対外政策は外交的に制限されるようになり、状況次第で同盟関係を目まぐるしく変化させることは減っていきました。モーゲンソーは仮にイギリスやフランスが第三の極として振舞おうとしたところで、それらの国力がアメリカに遠く及ばないと指摘し、国際情勢を大きく揺るがすような存在にはなり得ないだろうと述べています。

しかし、中国はイギリスやフランスと同列に扱うことはできないとモーゲンソーは考えました。中国が工業化を成し遂げ、大国として台頭してくれば、米ソ冷戦の二極構造は崩壊するとモーゲンソーは予測しました。モーゲンソーは「二極システム崩壊の可能性」という節で中国をはじめとするアジア諸国が保有する潜在的な国力の大きさに目を向ける必要があること、核兵器の科学技術がいずれ拡散していくことを踏まえ、次のように予見しています。

「アジアにおいては領土と天然資源、そして大人口をあわせもつ国々が、自己工の目的達成のために、政治権力、近代科学技術、そして近代の道義理念といったものを活用しはじめている。8億に近い中国人を計算にいれなくても、これまで他国の政策の対象だった10億以上の人びとが、いまや積極的な参加者として世界政治に加わっている。これらの目ざめつつある大衆が、最近まで西洋が事実上独占していた近代科学技術の道具を、とくに核の分野において、遅かれ早かれ全面的に所有するようになるのは十分予想できることである」

『国際政治』中巻21章「新しいバランス・オブ・パワー」

さらに踏み込んで、モーゲンソーは「ソ連が、世界共産主義の政治的、科学技術的、道義的なリーダーシップにおいて競争相手をもたないといった時代はもはや終わった。そしていまや、人口と潜在力という点からすれば、ソ連ではなく中国こそ、世界の共産主義国のリーダーなのである」とも述べています。短期的に見れば、アメリカとソ連の二極構造は国際政治の特徴であり続けるとしつつも、長期的にみれば、いずれ解体されるものだろうというのがモーゲンソーの見通しでした。

1972年にアメリカのリチャード・ニクソン大統領が中国の首都北京を訪問し、周恩来首相などとの会談を実現したことは(ニクソン訪中)、アメリカとソ連の冷戦の前提とされていた二極構造が弱体化していることを象徴する事件であり、「アジアおよび世界における力の配分に変化が生じたことを関係諸国に想起させるための象徴的な意味をもつものであった」とも記しています(『国際政治』上巻6章)。ただし、モーゲンソーは中国が台頭し、二極構造が終わった後で何が起きるのかという点に関して見解をはっきりさせておらず、その分析の内容に限界があったことも読み取れます。

最近のリアリズムの研究では二極構造から三極構造に移行することによって、勢力均衡の安定性が受ける影響がより詳細に理解されるようになっています。もし二極から三極へと移行すれば、それは直ちに四極以上の多極構造へと移行した場合よりも、はるかに不安定化する危険性があります。なぜなら、三極構造の下では現状打破を試みる大国は、たった一か国だけを味方につけるだけで、現状維持を目指す大国に対して互角以上の能力を発揮できるようになるためです。これは第二次世界大戦が勃発した構造的な原因であったとも考えられています(第二次世界大戦の原因をリアリズムで分析すると何が分かるのか?:Deadly Imbalances(1998)の紹介)。

参考文献

モーゲンソー著、原彬久訳『国際政治:権力と平和』全3巻、岩波書店、2013年

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