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三島由紀夫『春の雪』の時代設定【ネタバレ有】

※以下の記事で書いた内容を短縮版としてまとめたものです。
※三島由紀夫『春の雪』のネタバレがあります。

『春の雪』を読み直してみると意外な発見があった。それは本作の時代設定である。本作の舞台となる時代は、なんと1912年(明治45年)ごろなのだ。1912年という設定の何が意外なのか? 本作を引用しながら、その点を確かめてみたい。

『春の雪』の時代設定:1912年の何が意外?

1912年(明治45年)という年に何が起きたのか? 下記の文章をご覧いただこう。

 松枝家の新年は盛大で、鹿児島から数十人の代表が、旧藩主のやしきのあとで松枝邸へ年始に来、……[中略]……今年は大帝の喪をはばかって、わずか三人が上京しただけであった。

『春の雪』十p.95 引用者太字

お察しの方もいらっしゃったかもしれない。1912年(明治45年)といえば、明治天皇が崩御ほうぎょされた年である。『春の雪』という長編の中であまり言及されないため、我々はそのことを意識しない。だが、確かに本作の舞台設定は1912年、明治天皇がお隠れになった年なのだ。

では、1912年=明治天皇崩御の年だとして、その図式の何が意外なのか?

「明治の精神に殉じる」といえば……。

「明治の精神に殉じる」という名目で自殺したのが「先生」であった。「先生」というのは、夏目漱石『こころ』に登場する、あの「先生」である。そうなのだ。三島由紀夫『春の雪』の時代設定は、夏目漱石『こころ』の設定と重なるのだ。

その点に思い至ると、『春の雪』を異なった視点で眺められるように思う。

まず、主人公の松枝まつがえ清顕きよあきが、かなりアナーキーな人物として見えてくる。彼は、宮家との婚約者であった綾倉あやくら聡子さとこを寝取った(形となった)上に、妊娠させてしまったのだ。宮家との婚約の件は後出し気味に伝えられたとはいえ。

ただ、タイミングがあまりにも悪すぎた。明治天皇崩御の記憶も薄れていない頃だ。そんな時期に上記の事件を起こしてしまった。事件そのものが大問題となったのは間違いない。だが、事件のインパクトは、我々の想像以上にあったのだ。当時の人々から見れば、清顕がひどくアナーキーな人物として映っていただろう。

また、この小説の筋立て自体もアナーキーに見えてくる。同時代に『こころ』の「先生」や「わたくし」がいたことを思えば、尚更そう感じるだろう。

そのような比較を考えてみると面白い。


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