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名刺代わりの小説100選・2024年版(コメンタリー)02

▼ 本記事はこちらの続きとなっております。

021.檸檬/梶井基次郎
022.月山/森敦
023.小銃/小島信夫
024.タイムスリップ・コンビナート/笙野頼子
025.崩れ/幸田文
026.草枕/夏目漱石
027.第七官界彷徨/尾崎翠
028.貝に続く場所にて/石沢麻依
029.日本蒙昧前史/磯崎憲一郎
030.羊と鋼の森/宮下奈都

 日本文学の中でも自分が素晴らしいと思う短編~中編小説・エッセイを選んでみました。その中でも、梶井基次郎「檸檬」/小島信夫「小銃」/石沢麻依『貝に続く場所にて』は、読むたびに『こんな文章を書けたら楽しいだろうな』と思わされる小説です。

 森敦「月山」は『月山・鳥海山』(文春文庫)に収録されています。月山は山形県にあり、冬が近くなれば雪も積もるような場所です。雪山の描写は美しく、該当箇所を読んではささやかな恍惚感を得るのが私の楽しみとなっています。

 笙野頼子「タイムスリップ・コンビナート」は、マグロに「イラッシャイヨ」と呼び出されて、鶴見線海芝浦駅まで行く話。ホームから見える東京湾と工場地帯はSF的で、日常から非日常に染み出していくマジックリアリズム小説なのですが、読み味は終末世界SFに近いと感じました。

『崩れ』とは、幸田文のエッセイ。老境にてあちこちにガタがきた自分の身体を、土砂崩れや河川の氾濫といった天変地異に重ね合わせて、現場に赴きつつその所感を記しています。

 磯崎憲一郎『日本蒙昧前史』も良かったです。日本の戦後史・戦後社会を俯瞰するような小説は、どうしても年代記じみてきて、小説としての躍動感が損なわれることがあります。しかし、本作は文体やエピソードの出し方が工夫されていて、文章のリズムに乗りながら読むことができました。

031.崩れゆく絆/アチェベ
032.キリマンジャロの雪/ヘミングウェイ
033.緑の家/バルガス・リョサ
034.PACHINKO/ミン・ジン・リー
035.薔薇の名前/ウンベルト・エーコ
036.すがかえられた首/トーマス・マン
037.ミダック横丁/ナギーブ・マフフーズ
038.赤の自伝/アン・カーソン
039.自転車泥棒/呉明益
040.星の時/クラリッセ・リスペクトル

 この中でピックアップしたいのは、アン・カーソン『赤の自伝』/呉明益『自転車泥棒』の2作。

『赤の自伝』は詩の形式で書かれた作品(ヴァース・ノベル)です。最初は読むのに手間取るかもしれませんが、すぐに馴染んでくると思います。元となるギリシャ神話を大胆に改変し、本来は敵同士であったゲリュオンとヘラクレスを恋人同士にした現代小説が本作の本筋となっています。本職の方から言わせれば、ギリシャ神話の2次創作BL(ヘラクレス×ゲリュオン)現代パロということになるでしょうか。

 といっても、アン・カーソンはノーベル賞候補と目される作家。一筋縄ではいきません。本編(ヘラクレス×ゲリュオンの2次創作BL)の前には、原作者であるステシコロスの説明が、後にはアン・カーソンとステシコロスのインタビューが付されています。自由に書くということはどういうことか? そう読者に問いかけてきている気がします。

『自転車泥棒』の説明については、私が過去につぶやいた読了ツイートをご覧いただくのが早いでしょう。

呉明益『自転車泥棒』
20年前、父親とともに失踪した「幸福号」という自転車が、時を経て自分の手許に戻ってきた。幸福号の来歴を探るうちに、話は日本統治時代の台湾やビルマ戦線へと及ぶ。ペダルを漕ぐ音にノスタルジーを覚えつつも、それだけでは片付かない個物・個人史の重厚さに感服した。
#読了

 自転車だけではなく、様々な人や物のも来歴が語られますが、こればかりは本作を読んでのお楽しみということにしましょう。呉明益の邦訳は複数存在していますが、その中でも『歩道橋の魔術師』(河出文庫)・『複眼人』(KADOKAWA)が入手しやすいかと思います。

【続】

▼ バックナンバー

名刺代わりの小説100選・2024年版(コメンタリー)01
名刺代わりの小説100選・2024年版(コメンタリー)02
名刺代わりの小説100選・2024年版(コメンタリー)03

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