まさに今この時
ここは山の中。 とうの昔に廃線となった駅。 今は草木が茂り、錆びたレールを隠している。 さきほど汽笛が聞こえたような気がしたが おそらく空耳であろう。 脱線事故や…
二階の窓から手袋を落としてしまった。 見下ろすと、一階の庇の上に載っていた。 運がいい。 まだ諦めるのは早い。 窓から身を乗り出して、手を伸ばす。 指先に当たり、…
我らの気持ちや都合とは関係なく
保母さんの弾くオルガンの音が聞こえる。 幼い僕たちが小さな手と手をつないで 輪を作ってお遊戯をしている。 僕のすぐ隣はひとつ年長の女の子。 突然、その子とつないだ…
住所のメモだけが頼りだった。 地図はなく、電話番号もわからない。 もっとも、住所だけで十分ではあった。 むしろ、これで見つけられない方が問題である。 途中で迷った…
私を忘れないで
僕の家は五人家族。 お父さん、お母さん、お兄さん、お姉さん、そして僕。 「いい子にしているんだぞ」 ある日、お父さんが家を出て行った。 「いい子にしているのよ」 …
マサト君という変な大人の知り合いがいて 僕の言う事をちっとも聞いてくれないので 僕は困っているんだけど その事を友だちの、ええと 友だちなのに名前を忘れちゃって申…
渡った記憶はない。
オフィスを出ようとしていたら 女子社員のひとりに呼び止められた。 「これ、素敵ね」 彼女のデスクの上に胸像が置いてある。 それをボールペンの先で示しながら 彼…
殴られた記憶がある。 かなり昔の話だが忘れてはいない。 殴られたら誰だって痛い。 誰だって痛いから、誰だって 相手の痛みを想像できないはずはない。 それなのに相…
Tome館長
2024年5月9日 07:57
【シタール】悠久の断片
2024年5月8日 12:23
ここは山の中。とうの昔に廃線となった駅。今は草木が茂り、錆びたレールを隠している。さきほど汽笛が聞こえたような気がしたがおそらく空耳であろう。脱線事故やら人身事故が頻発し、それら諸事情により使われなくなって久しい。もともとは炭鉱のための線路であった。草木に埋もれる前に時代に埋もれてしまったわけだ。駅のホームから下の線路に降りてみる。おそるおそる茂みを掻き分けて歩く。
2024年5月7日 08:05
2024年5月6日 05:37
二階の窓から手袋を落としてしまった。見下ろすと、一階の庇の上に載っていた。運がいい。まだ諦めるのは早い。窓から身を乗り出して、手を伸ばす。指先に当たり、手袋は下に落ちてしまった。さすがに諦めなければ。庇のすぐ下は水面だった。洪水なのだ。クラゲが浮かんでいるのが見える。川の氾濫ではない。海が氾濫したのだ。庇の上には他にも載っていた。ねじれた形の黒い靴下。い
2024年5月5日 14:46
【ビブラフォン】夜が明ける
2024年5月4日 08:55
保母さんの弾くオルガンの音が聞こえる。幼い僕たちが小さな手と手をつないで輪を作ってお遊戯をしている。僕のすぐ隣はひとつ年長の女の子。突然、その子とつないだ手に痛みが走る。僕の手のひらに、彼女が爪を立てている。幼いながらもすごい力。驚いて横を見る。その子の顔には憎しみが込められている。わけがわからない。憎まれる理由なんか思い浮かばない。ほとんど会話したことさえないの
2024年5月3日 09:58
2024年5月2日 11:43
住所のメモだけが頼りだった。地図はなく、電話番号もわからない。もっとも、住所だけで十分ではあった。むしろ、これで見つけられない方が問題である。途中で迷ったりしながらも目的地に着いた。入口らしくない入口から建物に入る。受付嬢らしくない受付嬢がいたので挨拶した。「あなたはとてもきれいだ」受付嬢はにっこり笑う。「では、こちらへどうぞ」合い言葉が通じたのだ。奥へ案内された。
2024年5月1日 07:59
【ナイロンギター】勿忘草
2024年4月30日 09:56
僕の家は五人家族。お父さん、お母さん、お兄さん、お姉さん、そして僕。「いい子にしているんだぞ」ある日、お父さんが家を出て行った。「いい子にしているのよ」ある日、お母さんも家を出て行った。「いい子でいろよ」ある日、お兄さんも家を出て行った。「いい子でいてね」ある日、お姉さんも家を出て行った。だけど、誰も家に帰って来なかった。みんな失踪してしまったのだ。僕だけ家に残
2024年4月29日 08:20
2024年4月28日 06:53
マサト君という変な大人の知り合いがいて僕の言う事をちっとも聞いてくれないので僕は困っているんだけどその事を友だちの、ええと友だちなのに名前を忘れちゃって申し訳ない。その友だちに相談したら「ああ、それならロンちゃんに頼むといいよ」と言うんだ。「ロンちゃん?」「そう、ロンちゃん」「何、それ?」「ほら、そこに手鏡があるだろ」とコウがあっ、思い出した。コウという
2024年4月27日 08:39
【琴】面影橋
2024年4月26日 11:45
オフィスを出ようとしていたら 女子社員のひとりに呼び止められた。「これ、素敵ね」彼女のデスクの上に胸像が置いてある。それをボールペンの先で示しながら 彼女は感心したような表情。石膏を削って表面に着色したもの。彼女の姿形に似せて僕が作り 僕が彼女にプレゼントしたものだ。「それは、どうもどうも」嬉しくなり、彼女と話し込もうとしたら 別の女子社員が声をかけてきた。「
2024年4月25日 07:07
2024年4月23日 13:15
殴られた記憶がある。かなり昔の話だが忘れてはいない。殴られたら誰だって痛い。誰だって痛いから、誰だって 相手の痛みを想像できないはずはない。それなのに相手を なぜ殴る事ができるのだろう。自分がされて困る事を相手にする人は まったく理解に苦しむ。本当に困った人だ。嫌われても仕方ない。それでも構わないとしたら、不幸な人だ。いつか殴り返されるだろう。あるいは、刺さ