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真の「顧客理解」とは何か?『顧客起点の経営』読みどころ紹介

2022年に日本能率協会が発表した調査によると、日本企業における現在の経営課題の1位は「収益性向上」という結果が出ており、実は10年以上前の調査でも同じ結果となっています。
このように多くの企業が「収益性向上」という課題に直面する中でも、「経営者が顧客をしっかり見つめ、現在の売上と利益は一体どのような方から頂戴しているのかを把握している企業」は着実に事業成長を遂げている。と記しているのが、今回ご紹介する『顧客起点の経営』です。

事業成長の鍵は「顧客を見ること」

本書の著者である西口一希氏は、P&Gとロート製薬でマーケティング業務に携わったのち、ロクシタン ジャポンの代表取締役を経て、スマートニュースの日本と米国のマーケティング担当執行役員を務め、2019年に経営コンサルティングおよび投資を行なうStrategy Partnersを創立。2022年までの3年間に200を超える企業の経営者や事業責任者からの相談を受けたそうです。

日々、多種多様な経営相談を受けながら実務を進めていく中で著者が感じたことは、業界や企業の特性を超えて存在する共通の経営課題がある、ということでした。その課題とは「経営から顧客が見えなくなっている」ことです。業界や業態が違い、現場で起きている課題が異なっているようでも、根本にある原因を深く掘り下げていくと、どのケースも「組織としての顧客理解が不十分であること」に気付いたそうです。

本書は経営戦略の中で定義が曖昧になりがちな「顧客理解」とはどのような考え方で、どのように経営に実装するのかについて、フレームワークや具体的事例を交えて解説しています。そして特に中小企業やスタートアップ企業を中心とした経営層が“実践”できることに重きを置かれた一冊となっています。

あらゆる企業がたどる成長段階における危機、顧客の姿が見えなくなるワケとは

著者はそもそもなぜ経営から顧客が見えなくなってしまうのか?について、いくつかの理由を説明しています。

まず挙げているのが、人口減とデジタル化の影響です。毎年人口増加していた昭和の時代は、あらゆるカテゴリーのマーケットが拡大し、顧客数も増え、大量生産で売上を伸ばすことができましたが、90年代以降から国内人口の伸びが止まったことで、「販路と認知を拡大する環境にも大きな変化」が起きたと述べます。また、インターネットの登場で生活者の興味が分散したことで、企業は多様化・細分化する顧客ニーズに対応しなければならなくなりました。さらに2006年以降のスマートフォンの浸透により、顧客の多様化・細分化が加速し、マーケットはますます複雑になったと指摘。しかし、企業はITの導入や理解に時間をかけてしまい、「その先にいるはずの顧客の姿がますます見えなくなる事態」に陥ってしまったと言います。

また、経営から顧客が見えなくなった別の理由として挙げているのが、組織の拡大に伴って経営と現場が乖離したり、社内の縦割り化が進んでしまうなどの問題が発生し、「組織の能力も個人の能力も発揮しにくく」なってしまうという、いわゆる「大企業病」です。この課題を克服するためには「組織に何らかの変化」や「組織をつらぬく“横串”」が必要であり、著者は「自社の商品やサービスを購入している、あるいはこれから購入するかもしれない顧客の理解こそが、成長の壁を突破する鍵であり、組織をまとめ上げる横串になります」と述べています。

経営が取り戻すために必要な3つの「顧客理解」

では、経営から見えなくなっている顧客を、どうすれば見ることができるようになるのか?その方法について、著者は3つの観点から教えてくれています。

1つ目は「顧客の心理」を理解すること。
これは「なぜ買ってもらえたのか?なぜ高い単価を支払ってもらえるのか?なぜ頻度が上がったのか?」といった、顧客の行動の原因となる顧客の「心理」や、顧客が行動した結果の「心理」を正しく理解することを指します。至極当たり前のことを書いているように感じるかもしれませんが、現実には経営の視点だと財務諸表上の売上や利益、全体の顧客数、単価、頻度に関する数値にフォーカスされがちです。それは事業の健全性や継続性を保証したり、対応すべき競合リスクや投資機会を示すものではなく、実際に「どのような行動につながっているのかまでを見通して初めて評価」することができると、著者は解説しています。

2つ目の観点は、「顧客の多様性」を理解すること。顧客を十把一からげに捉えて最大公約数的に投資や経営活動をしてしまうと、結局どの顧客に対しても最適化されず、プロダクトの便益も独自性も顧客にとって凡庸になり、価格競争に陥り、持続的な投資が難しくなると指摘しています。これを著者は「「マス思考」の病」と呼び、事業が拡大する過程でほとんどの組織が直面する課題であると言います。そして、どのようなプロダクトでも複数の異なる顧客層に価値を見出してもらうことができるため、複数の顧客層(セグメント)を洞察することの重要性を解説しています。

最後に3つ目として挙げているのが「顧客の変化」を理解すること。
昭和、平成、令和といった世代における価値観のギャップはよく聞く話ですが、顧客の心理や行動を過去と同じであると固定化して捉えてしまうと、それがビジネスにおいて深刻な問題となることがあります。さらに、顧客の心理は日々変化しており、昨日と今日でも違うと著者は言います。この変化を考慮に入れるのが、3つ目のポイントである「顧客の変化」の理解です。

このように本書では、顧客の「心理」「多様性」「変化」という3つの理解を深めることで、事業成長に差が生まれると述べています。

顧客起点の経営を実現する3つのフレームワークとは

著者はここまでご紹介してきた「顧客の理解」がビジネスの成否を分けるというシンプルな結論に至っており、「経営に顧客を取り戻す」ために必要な3つのフレームワークを紹介しています。

最初のフレームワークは、「顧客起点の経営構造」です。前述のとおり、実際問題として経営からは顧客が見えづらくなりがちです。その結果、経営対象と財務結果のみが可視化・数値化され、その間をつないでいる顧客心理と行動は視界に入らずブラックボックス化してしまいます。そこで、このフレームワークでは経営とはどういった活動なのかを俯瞰的に理解した上で「顧客の心理と行動」を経営の一連の流れの中で可視化することをサポートします。

2つ目のフレームワーク「顧客戦略(WHO&WHAT)」は、誰(WHO)に何(WHAT)を提供すると高い価値が生まれるのかを考えるフレームワークです。
もともとは「1対1」で顧客と向き合い価値を提供していたものが、事業や組織の拡大に伴って「1対マス」となったことで顧客理解が曖昧になり、一つ目のフレームワークでご紹介した顧客が見えなくなる「顧客心理のブラックボックス化」が起こり、投資対効果が落ちていきます。
では、どうすれば「1対マス」の不特定多数を分類することができるのでしょうか?マーケット全体の顧客分類を行なうために自社プロダクトの「対象とする全体の顧客数」を把握した上で、顧客を「未認知顧客」「認知未購買顧客」「離反顧客」「一般顧客」「ロイヤル顧客」の5分類に分けることを著者は提案しています。
その上で、「誰に(WHO)」に「何を(WHAT)」を提供すれば、価値を感じるのか?という顧客が価値を見出す「便益」と「独自性」の組み合わせを明確にすることで、コモディティ化による価格競争を避け、継続的な購買を実現するとともに、「組織全体の活動に一貫性と効率性をもたらす」と述べています。

例えばスマートニュースというアプリにおける顧客戦略の事例では、対象となる全体の顧客数を「スマートフォンを持つ男女10-60代」の8千万人強と捉え、誰(WHO)には「外食する社会人・学生・主婦」を設定し、何(WHAT)に「マクドナルドやガストのクーポンでランチがお得になる」を設定したそうです。その便益は「その日に使えるクーポンでランチが安くなる」、独自性は「一つのアプリに大手の最新クーポンがまとまっている」ことになります。この便益と独自性に価値を見出してくれる顧客は8千万人の半数であると分かったため、テレビCMなどを通して大々的に訴求したそうです。このように、「多くの顧客に価値を見いだしていただける便益と独自性の組み合わせをどれほど多く洞察し、実現するかで事業の成長は決まるのです」と解説しています。

そして、この2つ目のフレームワーク「顧客戦略」を前述の1つ目のフレームワーク「顧客起点の経営構造」の中の「顧客心理」に組み込むことで、施策が成功または失敗した時にその要因が手段手法にあるのか、顧客にあるのか、便益や独自性にあるのかを検証できるようになり、経営対象と財務結果をつなぐ顧客戦略が成立するとも述べています。

3つ目のフレームワーク「カスタマーダイナミクス」には、顧客の変化を捉えるという目的があります。例えば前日にインターネット広告を見て商品を知り、購入しようと思ったけれど、口コミを見て否定的なコメントが多かったので購入を見送るといったように、顧客の心理状態や行動は常に変化しています。著者は多くの企業で「無意識にマーケットが固定されていることが前提」となっていることを指摘し、そうではなくマーケットを顧客の動態で捉え、それに合わせて顧客戦略(WHO&WHAT)の組み合わせを素早く変化させていくことで、顧客にとって新しい価値となる便益と独自性を作ることができると伝えています。

例えばコスメブランドのロクシタンの事例では、このフレームワークを活用して顧客分析を行ない、3つの顧客戦略を実施しています。まず、すでにブランドのファンであるロイヤル顧客と一般顧客に対しては、購入頻度を向上させることが分かったフェイスケア商品を中心としたスキンケアを提案してさらなるファン化を促進し、単価と頻度を最大化しました。続いて、長年実行してきたロクシタン誕生の地をテーマにした新商品やプロモーションの提案が新規顧客獲得だけでなく離反防止効果もあったことから、購入頻度が落ちてきた顧客に対して積極的に提案することで離反の最小化を実現。さらに、非日常的で贅沢感のあるギフト提案によって、多くの離反顧客の急速な復帰と、自分向けに購入をためらっていた潜在顧客の獲得につなげています。このように顧客の変化(動態)を捉え、それぞれの顧客層に適切な顧客戦略を用いることで無駄な投資を避け、収益性を改善することができると述べています。

経営のリーダーシップを担うのは顧客である

ご紹介した3つのフレームワークは「顧客起点」でビジネスをマネジメントする際に活用することで、PDCAを繰り返しながら継続的な成長につなげることができるものです。さらに、企業規模や事業内容を問わず活用できるように設計されており、読者自ら実践することを勧めています。

そして著者は、経営が顧客起点を目指すのであれば「経営のリーダーシップを担うのは顧客になると考えるべき」だと述べています。

多くの企業では、事業立ち上げ時に創業者自身が最初の顧客となってプロダクトを生み出しますが、そのプロダクトに価値を見いだす顧客が増えて事業が拡大する中で、「リーダーシップは創業者から、プロダクトに高い価値を見いだしてくれる複数の顧客に移って」いきます。こうして、顧客からの評価に導かれて事業を拡大することが「顧客のリーダーシップ」であり、それは「顧客理解」を継続的に実践することで発揮されると言います。企業がすべきことは、顧客理解を深めながら顧客自身すらも気づいていないような新しい便益と独自性を提供するプロダクトを開発し、継続的に価値を創造することだと説いています。

冒頭、「顧客が見えなくなっている」理由として、「人口減とデジタル化の影響」や「大企業病」を取り上げました。また、著者は経営者が自身を顧客と捉え、顧客を理解しているとしても、100人を超えるような組織になると従業員の顧客理解は不十分になり、そこに事業成長の壁が存在すること。そして組織が拡大すると情報伝達や組織構造が複雑になるため、その複雑性を解決するために意識が内部に向いてしまい、顧客への興味や意識が失われてしまうことについても指摘しています。

昨今、多くの企業でDXの導入が進められている中で、DXツールの活用に時間を費やしてしまい、肝心の「顧客が見えなくなっている」ケースに心当たりがあると感じたり、「顧客理解」を突き詰めた理想の「顧客起点」を改めて知りたいという方は、本書をご一読いただくことをお勧めします。「顧客起点の経営」の観点からドラッガー氏の「顧客は誰か」という言葉を読み解き、著者なりの解釈を展開している点も読みどころの一つとなっています。
成長過程における経営の問題に取り組む中小企業の経営者の方々、スタートアップの方々はもちろんのこと、経営に関わる全ての方にぜひおすすめしたい一冊です。


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