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食べることは生きること

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60年前、ぼくは6カ月健診で「5歳までしか生きられない」と、医師から宣告されました。家族は必死で栄養のあるものを食べさせ、宣告の十二倍も生き延びてしまいました。施設や養護学校を渡… もっと読む
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ことば

ことば

 最高の一日だった。
 自分を確かめられた一日だった。
 考えさせられる一日でもあった。

 人間関係での貸し借りはないのに、わが家に出入りするサポーター(ヘルパー)の中でも、いちばん仕事感を持たずに過ごしてくれるKくんが午後から夕方までのシフトだった。

 相変わらずだった。
なにかの会話が途切れたと思ったら、わずかな前ぶれもなく彼が切りだした。
「ぼくねぇ、菓子パンと惣菜パンを食べるとしたら、

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つらつらと

つらつらと

 タイトルが画面に打ち出されて、「センスがないなあ」と苦笑いしてしまった。
 自分だったら、このタイトルで読んでみたくはならないだろう。
でも、最近出逢った小さなこと、大きなことを「つらつら」と書きならべてみる。

 昨日、スーパーで買ったワンコインのにぎり寿司セットを食べ終わって、ついに恐れていた事件が起こってしまった。
 サポーター(ヘルパー)のSくんが、部屋の灯りに鈍く光ったプラスチックのパ

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ホワイトボード

ホワイトボード

 この一週間、ホワイトボードの購入品の欄にずっと消されないものがあった。
 それは「だしの素」。
若いころは、濃い目の味つけが好みだった。
けれど、だんだんと出汁をきかせたものに惹かれるようになってきた。
 かといって、上等な昆布が常備されているわけではなくて、スーパーの棚に並べられている一般的な「だしの素」でコトを済ませている。
 ひょっとしたら、出汁にこだわることがコスト的にもお得なのかもしれ

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ぼくの日常

ぼくの日常

 サポーター(ヘルパー)のAさんは、ごはんを冷凍するときにラップでくるんだほうがいいという。
 サポーターのBさんは、タッパーに入れたほうがいいという。
 Aさんはラップだとかさばらないし、レンジで温めるときに容器が耐熱かどうか、いちいち確かめなくてもいいかららしい。
 Bさんは毎食のようにレンジを使うぼくにとって、タッパーは消耗品ではないから経済的だし、サッと中身を取り出せるから準備がラクだとい

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お米になりたい

お米になりたい

 こんがりきつね色をしていた。見ているだけで、サクサク感が連想できた。
 ぼくは昼ごはんで、一時間前にできあがったばかりの「ほぼ揚げたて」のチキンカツを頬張っていた。

 ぼくにとって、揚げもののポイントはなんといっても、歯ざわりのよさに間違いない。
 こだわりを貫くために、アッサリと塩でいただく。
これなら、サクサク感を失う心配はない。
 ソースをかけすぎると、すぐに頬張らないとベチョベチョにな

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たったひとつ

たったひとつ

 原稿一枚(四百字)で十分な小ネタを書こうとしたら、ぼくの各マガジンの投稿本数が目に入った。なんとなく数えてみたくなった。

 マガジンは七部に分けられていた。他人事のように書いてしまうのは、ほとんど思いつきでカテゴリー分けしてきたからだ。最初から見通しをもって進められるほど、ぼくは賢くはない。

 七つのマガジンにカテゴリー分けされた投稿を目算して合計すると、最初は一九四本だった。もう一度、数え

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ふわふわ

ふわふわ

 「前置きから入っていいですか?」
 「ハイ、どうぞ!」
 
 いま、この投稿を書きはじめようとしたら、なんだか幼いころにテレビにかじりついて見ていた吉本新喜劇の桑原和男さんのお馴染みの登場シーンが浮かんでしまった。
 ぼくにとって、土曜のお昼のダントツのお楽しみだった。

 さて、前置きというのは、ひょっとしたらおなじ内容をどこかで書いていた記憶があるような、ないような…?
 こういうときだけ、

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ナスがまま(週末にむけて)

ナスがまま(週末にむけて)

 また、やってしまった。
昨日、市場でナスを買ってきてもらったというのに、すっかり抜け落ちてしまって、今日もお願いしたのだった。
 帰ってきたヘルパーさんがニコニコしながら、「冷蔵庫の野菜室がナスビだらけですけど」と、カーテンから顔をのぞかせた。

 行き場のない言いわけをモニター画面にぶつけようとすると、大好物のナスのはさみ揚げにまつわる家事ヘルパーさんたちとの微妙な認識のズレが、大量のいわれな

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真夏のデザート

真夏のデザート

 背筋に電流が走った。
 「わたし、お料理が趣味なんです」が口ぐせの家事ヘルパーさんに「冷やしトマトおでん」をリクエストして、食べたい気持ちをなだめながら、待ちにまった金曜日の夕ごはんだった。
 「待ちにまった」理由は、食通ヘルパーのHくんが泊まる夜に語らいながら、ゆっくりと味わいたかったからだ。
(くどいけれど、コロナへの気配りは「食べる楽しみ」を半減させる)

 古典的な三角食べで介助してくれ

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ヘソまがりではありません

ヘソまがりではありません

 駅前の天丼屋はリーズナブルで、テイクアウトができるから、適度に空腹感のあるときは、お世話になる飲食店の一件になっている。
 
 黄砂で濁った空がひろがる午後だった。
 ぼくは、自業自得で作業所の仕事が遅くなり、昼ごはんを食べそこねてしまっていた。
 夕方から、大阪市内で開かれる集会の動員に誘われていた。
 気分は重かったけれど、親しい知人であり、仕事上のつき合いも考え合わせると断りきれないと、渋

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かまぼこエッグ

かまぼこエッグ

 今夜は、脱力感でいっぱいだ。
お役所との長期間にわたった話し合いが一段落して、蒸し暑い都会の夏にもかかわらず、頭の中は小春日和の縁側で居眠りしているみたいだ。

 在宅生活が長くなり、ちょっとしたことで精神的にバランスを崩すようになったぼくは、今日の話し合いにむけて、車いすに乗りつづけられるかが不安になり、一睡もできない夜を過ごしてしまった。

 心配事があると、全身に硬直が起こる。
トイレをは

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リラックスして食べる

リラックスして食べる

 お年寄りなどの介護経験があって、ぼくに初めて食事の介助をしたヘルパーさんたちが口をそろえて訊ねることがあります。
「寝たままで、呑み込みがしんどくないですか?」

体調がよくなかったり、急いでいたりすると「大丈夫ですよ」ぐらいの省略した応えを返します。

 逆に、体調が良かったり、ゆっくり話すゆとりがあったりすると、丁寧にリラックスした体勢だということを説明するように心がけています。

 答えの

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丸かじりと根気

丸かじりと根気

 最初に書いておく。これを読んだからといって、何も元気は出ないだろう。その代わりに、ため息が出るかもしれない。

 昨日、とうとうぼくの根気が尽きてしまった。しかも、「食」に対してもっとも通じあったヘルパーのHくんが介助してくれている夕食で、ついに根気が尽きてしまった。

 鶏の手羽元のつけ焼きは、揚げ出し豆腐とシシトウの甘辛煮につづいて、わが家では定番の一品に違いない。

 握りずしを箸で介助さ

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ハムカツの謎

ハムカツの謎

 いま、この原稿を書きはじめようとして、ぼく自身の好みのユニークさにいつも通りにおかしくなった。
 今回のタイトルにあげたハムカツ以外で、惹かれる揚げ物を頭の中に浮かべてみたら、ケッタイな光景になってしまった。

 うずら卵、エビフライのシッポ、ハムカツ。
 庶民的か、セレブチックかといったモノサシをこえて、トンカツやビフカツやトリカラやイワシフライといったオーソドックスな一品は、その影すら現わさ

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