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静かな強いドキュメンタリー映画。『燃えあがる女性記者たち』インド、2021年

先日、大阪民博の特別展『交感する神と人』を見に行ったんです。とってもエキゾチックなのに親近感ある素敵な展示で、よく見るインド映画の神様たちが、具体的にはどういうものなのか、人々はどんな風に神様を祀っているのか、素朴で不思議な状況を過不足なく名楽しめて、グッズもたくさん購入できて楽しかったんです。疲れた心にプラス100点。

でも、『燃えあがる女性記者たち』を見たら、気持ちはちょっとづつマイナスに揺れ戻して、プラマイゼロ。平常心で、このドキュメンタリー映画をみてよかったです。

インドの有名な4つの身分(カースト)。このさらに下(アウトカースト)の差別される人たち。村には電気もなければ、トイレもなく、道も舗装なし。マフィアの違法な仕事で生活を脅されたり、働かされて怪我をしても放り出されるだけ。女性はレイプされる。彼らが役所や警察に被害を訴えても、決してとりあってもらえません。

この映画の主人公は、そんな被差別カーストの女性たち。彼女たちのリーダーは学校に行って知識を身に着けた女性。女性記者だけの弱小新聞社で、地域の問題を取材して報道します。近年は大きな設備を持たなくても、資金力がなくても、スマホ持参で動画を撮り、You Tubeにアップロードします。

彼女たちの取材記事動画にたくさんの「いいね」がつくことで、政府はあわてて対応するとのこと。選挙で勝つにはイメージが大事です。先進国では、最新テクノロジーの進歩がなくても公共インフラがすでに整っていてますが、そういうものが望めなかった社会では、ITの進歩は低コストで世の中を良くする魔法のツールになれるんですね。

彼女たちの記事に多くの「いいね」や称賛コメントがつく一方、とりあげる問題によってはひどい中傷コメントもつきます。下手をすると逆恨みしたマフィアに脅されたり、殺されたりもするインド。彼女たちを守ってくれるはずの家族(特に父親や夫)だって、彼女たちを容認するけれど、「もっと家事もやってくれ」「子供の面倒をみてくれ」など、小言もいわずにはいられない側です。

インドでは、近年、男女を問わず新聞記者が殺される事件も多いとのこと。「政府批判をする記者が、なぜか必ずベランダから転落死する(もしくは海外で毒殺される)ロシア」を思い出してしまいました。そういえば、少し前にカナダでシーク教の指導者が暗殺されて、それにインド政府が関わっている云々のニュースもありましたっけ。

インドでは、数年前からヒンドゥーナショナリズムが高揚していて、政治家はヒンズー教を持ち上げて、ラーマ神や牛を祀ることで、現実の問題を誤魔化し、イスラム教徒との対立を煽ったり、女性の社会進出どころか女性差別を助長する雰囲気を容認したりして、選挙で躍進しているようです。

女性記者が、「神を称えるとどのような社会問題が解決しますか?」と突っ込んでインタビューしても、「みんなが同じ神を信じればよい社会が実現する」みたいな曖昧な返事ばかり。そして、田舎ではナチスの親衛隊や中国共産党の紅衛兵なみに、若い人がラーマ神や牛を崇めるポーズをとって、議員や知事に気に入られ、お祭りを演出して出世していく状況には驚きました。(私が民博でみた神様の使われ方と違う!!!)

やっぱり、日本人的にインドのイメージはガンジーやネル―だし、美味しいカレーに楽しいインド映画。個人的にも、美しすぎる女優さんたちやきれいな民族衣装のサリーがイメージなので、この落差に戸惑います。でも、確かガンジーですら、アウトカーストの不可触民と呼ばれる人々は差別していたのでしたっけ。

映画に登場する女性記者たちは、英語ができる人のは一握り。中には、スマホも使えない記者もいました。でも、お互いに教えあって協力して、地道な取材をしているところがとても共感できました。経費が少ないので、遠い現場まで歩いて取材に行き、現場では同じ被差別の男性たちが馬鹿にしたり、ニヤニヤはぐらかすのにも怒ったりせず、たんたんと、事件を取材することの意義を説明する姿にも関心します。

そして、彼女たちを取材に居合わせた男性記者が、自分の経験をアドバイスしてくれたりするシーンもさりげなくいい感じ。同じ苦労を抱える、記者ならではの連帯なんでしょうね。

そんな感じに、世の中は確実に進んでいます。私が今までみたインド映画の中では、結婚前には学歴=嫁入り道具なので娘に勉強させる家族の話もありましたが、結婚しても嫁に学校に行かせてくれる夫や義理の父たちは出てきませんでした。(夫と離れ、妹の住むNYで、こっそり英語学校に通う主婦の物語は『マダム・イン・ニューヨーク』。すっごく好き。大好き!)

この映画の主人公の一人は、持参金の問題で結婚年齢がやたら低い(ローティーンならまだまし、下手すると10歳未満での結婚もあり)ということもあって、嫁いだ後、学校に戻ることができました。そして、優秀だったので大学にも進学できたそう(奨学金制度を利用?)。彼女はその後、弱小新聞の主任記者となり、大学で得た知識で女性記者の仲間を支えています。

ただ、最近、インドのIT環境が独自で充実してきているニュースなんかをチラチラ新聞、ネットで見聞きするに、2000年代の中国で、「地方政府の汚職や不合理を動画撮影→SNSで拡散もしくは海外の動画サイトにアップ→問題解決」の図式が、金盾とネット検閲が完備することで現状ほぼ封鎖されてしまっているように、インドも今後そうならないよう祈るばかり。

もしくは、批判する自由はあるけど、その後、必ずベランダから転落するロシアみたいにならないように祈るばかり。

邦題:燃えあがる女性記者(原題:Writing With Fire)
監督、編集、製作:リントゥ・トーマス&スシュミト・ゴーシュ
撮影:スシュミト・ゴーシュ、カラン・タプリヤール
制作:インド(2021年)93分

とりあえず、この本は近いうちに読みます。


■以下、余談。

顔を隠してYou Tubeで歌を歌い、人気の出た歌手志望の女の子と、娘を支えるためにDV夫に三行半をつきつけた母娘+息子の映画『シークレット・スーパースター』。ハードな内容のはずなのに、ポップでユーモアもあって、希望ある映画で大好きでしたが、主演の女優さんはその後、家族に引退させられるという悲しいオチがついたようです。

金持ち学生ための塾を辞めて、貧しい学生に勉強を教えて、インド最高峰の大学にたくさん進学させた先生を映画化した『スーパー30』。何度か暗殺されかけたエピソードは映画の中だけかと思ったら、リアルでもあった(今もある)のだそうな。


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