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高畑勲のアクション大作「ホルス」を知っていますか?

今回は、少しアニメ史の話をしてみたい。
昔、まだアニメが黎明期の頃、日本に三強とされるアニメ制作会社があったのね。
それが
・東映動画
・虫プロ
・タツノコプロ

である。
でね、この三強には各々看板アニメーターがいたわけさ。
・東映動画⇒宮崎駿(後にジブリで活躍)、高畑勲(後にジブリで活躍)
・虫プロ⇒出崎統
(後に東京ムービーで活躍)、富野由悠季(後にサンライズで活躍)
・タツノコプロ⇒押井守
(後にProduction I.Gで活躍)
個人的にはこの5人、「アニメ界の五傑」だと解釈している。
ある種のムーブメントを作った人たちだね。

向かって左から順に、富野由悠季、高畑勲、出崎統、宮崎駿、押井守

もちろん、彼らの上の世代には日本アニメーションの父・森康二氏をはじめとして、大塚康生、鳥海永行など真のパイオニアたちがいたともいえるが、後世への影響力ということを考えれば、やはりこの5人だろう。

宮崎&高畑のジブリ作品
出崎統の「あしたのジョー」
富野由悠季の「機動戦士ガンダム」
押井守の「攻殻機動隊」

五傑のうち、出崎氏と高畑氏はもう既に亡くなっている。
残ったメンバーも宮崎駿が83歳、富野由悠季が82歳だけに、この御二人はあと一本か二本作れるか否かだろう。
その点でいうと、押井守はまだ72歳の若手(?)である。
彼には、まだまだ頑張ってもらいたい。
「スカイクロラ」以降、ほとんどマトモにアニメの演出はやっていなくて、一応実写映画(←クソ)は作ってるんだけど、アニメでは「ぶらどらぶ」の総監督を最近やったぐらい?
うん、私の中で「ぶらどらぶ」は無かったことになってます。
ホント、皆さんもあれだけは見ない方がいいよ。
よって、私の中で押井守の監督最新作といえば「Je t'aime」ということになっている。
10分程度の短い作品なので、ちょっと見てみて↓↓

主演はガブリエル、押井さんの飼ってる愛犬なんだが、確か「イノセンス」にも出てたっけ。

左がガブリエル、右がバトー

短編ながらも押井成分たっぷりで、結構いいでしょ?
これを見る限り、彼はまだまだやれると思う。

さて、五傑に話を戻そう。
このメンバーの中で、リーダーって誰だと思う?
私が思うに、おそらく高畑勲になると思う。
まず年齢としても、彼が一番上である。

・高畑勲⇒1935年生まれ
・宮崎駿⇒1941年生まれ
・富野由悠季⇒1941年生まれ
・出崎統⇒1943年生まれ
・押井守⇒1951年生まれ


高畑さんだけ、純粋な戦前生まれなのよ。
そりゃ、業界で唯一「宮崎駿をディスれる男」になれるわけだ。
そして誰よりブレイクが早かったのも彼であり、60年代の時点で既に海外の国際映画祭で監督賞を獲ってたからね。
という割には、
「高畑勲で好きな作品は?」
と誰に聞いても
「火垂るの墓」
という答えしか返ってこない。
「じゃ、2番目に好きな作品は?」
と聞けば、
「火垂るの墓2」
という答えが返ってきそうだ。
そのぐらい、「火垂るの墓」の人という認識しかされてないように思う。

「火垂るの墓」

まぁ確かに名作ではあるが、これの印象があまりにも強くて、他の作品がすっと出てこないんだよ。
・おもひでぽろぽろ⇒めっちゃ地味
・平成狸合戦ぽんぽこ⇒やっぱ地味
・かぐや姫の物語⇒アゴしか覚えてない

アゴ

あとはTVアニメであり、「アルプスの少女ハイジ」「母をたずねて三千里」「じゃりン子チエ」あたりが有名だが、このへんはいまどき見る人も少ないだろう。
なんていうかな、高畑さんだけが作品にアクションシーンが少なくて、どうしても他の五傑メンバーに比べて地味な印象になっちゃうのよ。
他の人たちは、みんな思いっきりアクションやってるじゃん?
だから今回は、敢えて高畑さんのアクション大作をご紹介したいと思う。

「太陽の王子ホルスの大冒険」(1968年)

うわっ!ふるっ!
と思ったに違いない。
しかし宮崎駿が「未来少年コナン」で名が売れたように、高畑勲もまた同系統のアドベンチャー作品「太陽の王子ホルスの大冒険」で名が売れたんだよ。
アニメファンを名乗る以上は、これは絶対に押さえておかなければならない必須の古典である。
日本映画でいうところの「七人の侍」みたいなもんさ。
もちろん、宮崎駿もこれの制作には参加している。
キャラデザを複数のアニメーターで分担したらしく、主人公のホルスを大塚康生、ヒロインのヒルダを森康二といった大御所が担当し、宮崎駿は「岩男モーグ」などを担当している。

岩男モーグ

さすがは宮崎駿、キャラの立ったデザインを作るね。
なんか、「ナウシカ」で庵野秀明が巨神兵を描いたというエピソードを彷彿させるものがある。
で、肝心の内容の方なんだけど、多分見たらビックリするよ。
おそらく東映動画としては普通に子供向けの作品をイメージしてただろうに、なぜか高畑さんは小さな子供には耐えられないようなエグいストーリーにしてしまうのよ。
まず、ヒロインが酷い。

ヒロインのヒルダ

主人公は、冒険の途中でこのヒルダと出会い、以降は行動を共にすることとなる。
彼女は見た目は可愛いんだけど、声優は市原悦子である。
その時点で普通の娘じゃない感がエゲツないんだが、そしたら案の定、只者じゃなかったんだよね。
なんと、悪魔が人間界を滅ぼす為に遣わしたスパイ(厳密には悪魔の妹)だったのよ。
ホルスはヒルダ(市原悦子)の謀略により散々酷い目に遭うんだけど、純粋な彼は彼女のことを信じていて、全く疑わない。
一応、ヒルダ(市原悦子)にも良心の呵責があるようで、悪事を働く前にはそれなりの葛藤があるようなんだが、その葛藤の末、彼女はホルスを崖から突き落としてしまう。

ここまで葛藤しておきながら、しっかり崖から突き落として任務を遂行するエルダ(市原悦子)

村人たちもすっかりエルダに騙されていて、今までは散々ホルスを英雄扱いしてたくせに、あっさりと掌を返してホルスを悪い奴だと断罪をするようになる。
こういう村人たちの愚かしさまで余すところなく描いてて、ホルスがこいつらを悪魔の侵略から救ってやる必要ある?とさえ思ってしまうよ。
子供向けの映画なのに、ここまでエグい感じに人間の業を描いてしまう高畑勲って・・。

ここまでコジれたら、もう修復不可だよね・・

ある意味、宮崎駿作品とは対極のヒロイン像である。
宮崎作品に出てくるヒロインは基本、みんな性格がよく、こんな胸クソ悪くはならない。
市原悦子も出てこない。
女性観の違い?
物語も途中からホルスの存在感がやや薄れていき、どっちかというと描写の軸はヒルダの方になっていく。
いっそ、タイトルも「太陽の王子ホルスの大冒険」じゃなくて、「悪魔の妹ヒルダの陰謀」にした方がしっくりくる。
でも多分、高畑さんはいかにも寓話っぽいホルスよりも、妙に現実感のあるヒルダの方を描きたかったんだろう。
これは戦前生まれの高畑さんだけに、「ホントはよくないことだと分かってるけど、お上の命令だからやらざるを得ないんだ」という例を腐るほど見てきたわけよ。
ヒルダは、まさにその投影だね。
ホントは覗いちゃいけないと分かってるけど、ついつい覗いちゃう市原悦子ともいえる。
ただこういうの、明らかにオトナ向けだよな?
見たくもない人間の業を見せられるのは、小さな子供たちには結構キツい。
思えば、「火垂るの墓」もまさしくそうなんだけどさ・・。
で、興行的にこの映画は大コケしたらしい

あれほど謀略の限りを尽くしたヒルダが、ラストは皆と手を繋いでエンディング(笑)
というか、どっかで見た光景だな・・

いや~、やっぱ凄いね、高畑勲。
興行的にはコケたものの、作品としてはじわじわと再評価されるようになり、80年代には「アニメージュ」で特集記事が組まれるほどだったという。
今では、高畑さんの代表作のひとつとされている。
見たことないという人は、ぜひ見てほしい。
一番の見どころは、ヒルダに殺されかけたホルスの心象風景のシーンかな。
このへんの気が滅入るような演出は、実に見事である。
「火垂るの墓」の原型といってもいい。
とにかくこれさえ見ておけば、「高畑勲で好きな作品は?」と聞かれた時、馬鹿のひとつ覚えみたく「火垂るの墓」と答えずに済むんだよ。
「え?高畑勲で好きな映画?
そうだな、僕は『ホルス』だね。市原悦子の熱演が気に入っているのさ。
・・え?『火垂るの墓』?僕はセンチメンタルなのがあまり趣味じゃないんでね。失敬」

というダンディーな返答も可能である。
これは見ておくしかないでしょ。


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