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今なおアニメ界に、出崎統以上の演出家はいないと思う

最近、WOWOWアニメ「火狩りの王」を見ている。
なんせ、脚本・押井守、監督・西村純二というコンビだからね。
このふたりは迷作「ぶらどらぶ」を作ったコンビで、「ああ、もう押井さんの時代は終わったんだな・・」と世間に印象付けたことが記憶に新しい。
そのリベンジが「火狩りの王」なのかは知らんが、これが凄い演出をしてるアニメなのよ。
やたら止め絵を多用してて、それも時々変な絵が挿入されたりしてるんだわ。

「火狩りの王」の止め絵

もはや、確信犯的に70年代っぽくしてるよね。
「1周回って、今は70年代が逆に新しい」ということだろうか?
実は、こういうのを「出崎演出」という。
アニメ界のレジェンド・出崎統の演出法に、このての止め絵の挿入が数多くあったことは有名。
でも今は、皆あまりやらないんだよね。
止め絵の多用は、今の時代だと「紙芝居」としてアニメファンから軽蔑されるから。
「予算がないのか?」とまで言われる始末。
だけど押井&西村コンビは、今回敢えてこれをしてるんだ。
ちなみに、押井さんは出崎さんのことをめっちゃ尊敬してるのよ。
富野由悠季もそうだったと思う。
というか、アニメーターで出崎さんへのリスペクトを口にしない人は宮崎駿ぐらいじゃないか?

少なくとも70年代まで、アニメ界を牽引してたのは間違いなく出崎統さんだった。
「あしたのジョー」「エースをねらえ!」「ガンバの冒険」「ベルサイユのばら」など、数々の名作を作った人である。
でも、80年代に宮崎駿や富野由悠季や押井守あたりが台頭してきて、出崎演出がちょっと古くなってきたんだよね。
あ、まず「出崎演出」の何たるかを知らん人は、この画像を見てください↓↓

画面分割
太陽光の演出
主観的な空間演出
止め絵による演出

こういう独特の演出方法を開発したのが出崎さんであり、いわば「漫画」⇒「劇画」的な革新をしたといっていい。
ちょっと濃すぎる?
うん、そうなんだ。
ちょっとこの人は劇的な描写に没頭しすぎる癖があり、ちゃんとした背景をあまり描かなかったりする。
その点、宮崎駿らジブリは逆にきっちり背景まで描き込む作品を評価されたわけで、80年代以降はむしろそっちが主流となった。
1984年、この年は宮崎駿「風の谷のナウシカ」、富野由悠季「逆襲のシャア」、押井守「ビューティフルドリーマー」といった感じでアニメ史に残る名作がまさに揃い踏みだったんだが、実はこの前年、出崎さんは「世界初の3ⅮCGアニメ」という大々的なプロモーションをした上で、劇場版の「ゴルゴ13」を作ってるんだわ。
で、これがもう見事にコケた(笑)。

でも私、この映画大好きなのよ。
だって、この映画でゴルゴ13の敵は、FBI+CIA+米軍+石油王という世界最強の連合軍なんだから。
よって、彼はいまだかつてないほどダメージを負う展開となる。

いつものように無双しないゴルゴ13。
おまけに「絶対人に背中を見せない」はずの彼が、この作品ではラスト、銃を持ったヒロインに背中を向けており、彼女が彼に向けて発砲したところで終幕となっている(弾丸が当たったかは描写されていない)。
こういうところ、さぞ原作ファンは不満だっただろうね。
というか、このヒロインがめちゃくちゃ可哀相な女性なのよ。
夫がゴルゴ13に狙撃されて死に、その暗殺に怒った夫の父がゴルゴに復讐しようとするわけね。
この義父は石油王で、米国政財界を牛耳るほどの大物。

ヒロインの義父、石油王
ヒロイン

石油王はあの手この手でゴルゴを攻略するんだが、刺客はほとんど返り討ちにあって死亡。
唯一の生き残りがこいつ、スネイク↓↓

スネイク

「頭おかしい奴だが、スネイクならゴルゴ殺せるかも」ということになり、石油王は彼に改めて暗殺依頼をする。
するとスネイクは、交換条件でヒロインを姦りたいと言い、石油王は義父のくせにそれをOKしちゃうわけだ。
で、ヒロインはスネイクに襲われて強姦された・・。
おまけに彼女は幼いひとり娘を取り上げられ、その子は石油王の指示で暗殺者に仕立てられるわけよ。
子供ならゴルゴも油断する、と踏んだんだろう。
さすがにヒロインもこれにはキレて、我が子を置いて家を出ていってしまった。
そのまま彼女の消息は不明だったんだけど、エンディングでは彼女が現在、娼婦として生計を立ててることが判明する。
おいおい、どんだけ不幸なヒロインだよ・・。
で、「お兄さん安くしとくわよ」と街角で声をかけた相手が、運悪くゴルゴ
だったんだね。

銃を取り出したヒロインに、なぜか背を向けたゴルゴ13

きっつい話だわ~。
もともと劇画の「ゴルゴ13」に、劇画的演出をする出崎さんを掛け合わせると、とんでもなく濃いテイストになる。
フォアグラの天ぷらみたいな感じ?
いや、逆に私はこういうの、大好物だけどね。

あと、お薦めしたいのは90年代出崎作品の最高峰、劇場版「ブラックジャック」である。
これまた、濃いよ~。
大体、絵が手塚先生の原型をとどめてないからね。

ブラックジャック役の声優は、大塚明夫さん。
だからハードボイルドで、出崎流ダンディズムに満ちている。
この作品は、毎日映画コンクールで年間最優秀賞を受賞。
ある意味、出崎演出の到達点だろう。
そして「ゴルゴ13」の悪役の狂いっぷりはエゲツなかったけど、こっちの悪役の方もまた負けないほどに狂ってるんだわ。

この人は医者で、ブラックジャックにウィルスの特効薬開発協力を依頼する立場なんだが、依頼を受けさせる為、彼の助手ピノコを誘拐して人質にするわ、退路を断つ為、彼にウィルス入りのワインを飲ませて彼自身を感染させるわ、やることなすこと常軌を逸している。
こうしてウィルスに感染させられて、余命僅かになったブラックジャックが治療法を発見できるかどうかが物語のキモなんだけど、そもそも彼は外科医ゆえ、新薬の開発などは専門外なんだよね。
実際、この作品では彼が手術で感染者を救うくだりはあるが、でも自分自身の手術はできないので、正直かなりピンチである。
じゃ、彼はこのまま死ぬのか?
そこは、本編を見てお確かめください。

いやホント、この映画は出崎演出がキレキレに冴えてるのよ。
個人的には、彼の演出は市川崑監督のそれに似てるのでは?と思う。

「犬神家の一族」特殊な照明
「東京オリンピック」スロー加工
「女王蜂」画面分割

きっと市川崑に限らず、色々な映画監督から手法を学んでると思う。
そういや黒澤っぽさもあるし、三船敏郎的キャラ造形も感じる。
ぶっちゃけ、こういうのに今さら「時代遅れ」もヘッタクレもない。
むしろ、映像学の基本である。
それをアニメの世界に分かりやすい形で示してくれたのが出崎さんであり、やっぱりこの人は偉大である。

「あしたのジョー」

最近は視聴者も目が肥えてきて、作画がいいかどうかで作品の質を判断するようになってきた。
そして止め絵があると、「ああ、このアニメはダメだね」とか言ったりする始末。
トンデモない解釈だ。
それを言うなら、これ↓↓なんかどう?

「エースをねらえ!」

これを「作画崩壊」と解釈しますか?
どう考えても、違うだろ。
だから冒頭の話に戻るんだが、私は「火狩りの王」って、押井&西村コンビが意図的に「いまどきの視聴者」に対して一石投じてるようにも感じるんだよね。
背景まできっちり画が描き込まれてるかどうかとか、人物がぬるぬると動いてるかどうかとか、そういう減点法的視聴をする人たちが最近やたら増えてるような気がして・・。
そうじゃないでしょ、と。
むしろ視聴は、加点法であるべき。
一回騙されたと思って、以下の作品を見直してみて。

・劇場版「エースをねらえ!」(1979年)
・劇場版「あしたのジョー」(1981年)
・劇場版「ゴルゴ13」(1983年)
・劇場版「ブラックジャック」(1996年)

多分、00年代に入って出崎さんの評価が下がった理由は、あれでしょ?

・劇場版「AIR」(2005年)東映アニメーション版
・劇場版「CLANNAD」(2007年)東映アニメーション版

うん、正直これは私もツマランと思った・・。
ましてやテレビアニメの京アニ版があの完成度だったから、「もうこの人の時代じゃない」と痛感したものである。
しかし、だからといって彼の過去作が色褪せるわけじゃない。
名作は、今見てもなお名作である。
普通、映画ファンなら黒澤明作品を見たことない人は皆無でしょ?
それと同じで、アニメファンなら出崎統作品は最低限押さえておくべきだと思うぞ。


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