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コマッチャンの長い旅

「千マイルブルース」収録作品

幼なじみのコマッチャン。
ともにツーリングすることになったが、彼には別の目的が……。


コマッチャンの長い旅

「じつはさ、僕も旅好きバイク好きなんだ。ずっと乗ってなかったけど、こないだ買っちゃってさ。そうかシンチャン、バイクで帰ってきたんだ」
「ああ、旅をしながらな。そういやおまえ、バイクの絵、よく描いてたもんな、ジャポニカ学習帳に。やっぱ乗ってたかあ、コマッチャンも」
 俺は久し振りに帰省し、小学校のクラス会に出席していた。どの顔も三十数年ぶりで戸惑うばかりだが、しかしコマッチャンこと、小松君はすぐにわかった。丸顔の人懐っこい笑顔が、あの頃のままなのだ。
「だけどシンチャン、僕なんかを覚えていてくれて、ホント嬉しいよ」
 コマッチャンが俺の手を握り、感激した様子で言った。たしかに今日参加したほとんどが、コマッチャンを覚えていない。それは無理もない。同じ町内に育ち、小学校でも同じクラスでよく遊んだ仲だが、こいつは、三年生の時に東京に引っ越してしまったのだ。だが律儀な彼はクラス宛てによく手紙を書き、俺たちもよく返事を出した。そんな文通が六年まで続き、クラス替えもなかったせいか、一緒に卒業したような錯覚さえある。でもその後は皆バラバラとなり、コマッチャンとの関係は絶えた。俺は地元の中学、高校を卒業後、上京して就職。しかし訊けばコマッチャンも、大学を出て都内でずっと働いていたという。だが最近、勤めていた会社を早期退職し、親戚を頼りこの地に戻ってきたらしい。
「ま、早い話がリストラされたんだけどね。それでこっちで仕事を探そうかと。でも、今まで我慢してきたことができるいい機会だと思ってるんだ。それに、自分を見つめ直したいしさ……」
 だけどみんな老けたよね、とコマッチャンが会場を見渡した。それはそうだ。まだまだ若造とはいえ、皆四十一か二。ハゲ頭も白髪頭もいるし、鬼籍入りした奴さえすでにいる。
「でもシンチャン、あの頃は、なんであんなに楽しかったんだろ?」
 俺はビールを口に運ぶのをやめ、笑った。
「一緒に遊んだのは、昭和四十四、五年までだったよな? 昭和三十年代、四十年代ってのは、『古きよきニホン』だったんだよ。大人も子どももさ、なんかみんな、やたら元気だったしな」
「そういえば最近、あの頃がよくもてはやされるもんね」
「そうだな。貧乏だったけど、町内みんなが家族だったような、あったかい時代だったからな。いろいろ思い出すよなあ」
 ともに杯が進み、互いに遠い記憶をまさぐり出していると、俺は『ベロオカ』という名をふと思い出した。
「今日は来てねえの? 妖怪人間」
「広岡君ね。欠席だって。幹事に訊いたら、隣の県にいるってさ」
 当時のテレビアニメ、『妖怪人間ベム』に出てくるベロに似た広岡は、やはり近所に住むクラスメイトだった。たしかこの三人でつるんでいた記憶がある。しかしコマッチャンの転校後、俺はなぜか遊んだ覚えがない。
 ところでさ、とコマッチャンがビールを注いでくれた。
「しばらく、こっちにいるんだろ?」
「まあな。フリーランスなんて無職みてえなもんだし。なんで?」
「どっか行こうよ、バイクで。僕さ、また旅を始めたいんだ」
「また、つうと?」
「大学時代、バイクでよく旅をしていたんだ。日本中まわったよ。野宿しながらさ。でも……」
 就職し結婚し、いつしかバイクも旅もやめてしまったと言う。そういえば、こいつは一途な性格だった。趣味をすべて封印し、仕事に専念してきたのだろう。しかし会社というものは、こちらが想うほど思ってはくれない。またリストラが引き金となり離婚をしたというから、たしかに見つめ直したいことは多そうだ。ならば、旅は打ってつけだ。自分を再発見できる。
 俺たちは酔い潰れる前に連絡先を交換し、あの頃流行はや った『サンスタースパイセット』の中身について語り、美味い酒を飲んだ。

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