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#絶望感

 昨日は「死にたい」なんて言ってすいませんでした。
 それでも久々に死にたくなった。
 
 政治って、もっと人のことを幸せにするものだと思ってました

 ニュースや新聞で堂々と「顔も見たくない」と書かれ、どんな顔して歩いたらいいんですか

 ああ、こういうのを絶望感っていうんだ
 この国で生きていくことへの絶望感

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 政治家はアカの他人。僕にはたくさんの友人知人がいる。
 そう思ってはいても、僕は社会の一員として生きている

 その社会のかじ取りを担うのが政治。その執行部に僕はいないもの・排除すべきもの(見たくない存在)として認識されていたことが、完全に明らかになった

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 いろんな人がいていいと思う
 いろんな考えがあっていいと思う
 でもそれを公然と伝えるのはアウト

 「中国人はうるさいから嫌い」
 「障がい者用トイレなんて設置するのめんどくさい」
 「配偶者や子どもがいない人はどうかと思う」

 そういうことを思う人がいてもいい
 身内同士で小さく話すのには構わない
 
 でも、大きく口に出すなよ。それで傷つく人がどれだけいるか、その想像力もないなんて。

 「納豆キライだから食べない!」「この服キライだから着たくない!」「ゲイが隣に住んでるなんてヤダ!」・・・こんな子供レベルな人達だったなんて、この国の政治が。

 
 しかも中枢が。


 絶望

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 僕だって元気なときはイケズだって飛ばしたい
 隣に差別主義者が現われたって、口では負けたくない

 「あらあら、”昨夜のさえずり”が聞こえちゃったかしら?大家さんに壁厚くするようにお願いしたら?それでは、Have a good day! Chao~…」

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 『国民の声を聞く』なんて全部ウソでした

 オリンピックも、国葬も、増税も。『反対』と言ったって全部無視し続けた。しまいには軍備増強も。

 いつも「大義名分」をふりかざされた。「お国のためには必要なんです」いつもそれで言いくるめられてきた。

 諦め続けてきたのは市民の方。日本国民の方。 
 自公政権をここまで野放しやりたい放題にさせてしまった罪は重い。

 そんな国で、僕の声はまた黙殺されようとしている。
 「議論に議論を重ね」と言い続けて20年。30年・・・
 ・・・50年先も100年先も、あいつらは言い続けるだろう。やる気がなんて鼻から無い。

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 慎ましやかに生きていきたいだけなのに、それを鼻から嫌う人達によってこの国は動かされている。

 絶望

 生きていく希望が無くなったから絶望。

 人ひとり愛することさえ許してくれない国に住んでいる。絶望。

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 『この戦争はこういった~<<大義名分>>~によって参加しなければならないのです。国民には丁寧な説明を・・・』そうアナウンスされ、そして国民の過半数が反対しても物事は進み、そしてそれは確実に始まる。

■中国との対話が困難を極めたため違う方法で対峙します
■障がい者への教育予算を軍備に当てます
■LGBTQは生殖能力がないので隔離し適切な環境下で生活労働させます。女性独り身家庭も・・・


 大義名分がまかりとおる社会

 もう日本はその入口に立っている


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 そういう国家に住んでしまっていること。

 ああ、これが『絶望』というものか。

クスっと笑えたら100円!(笑)そんなおみくじみたいな言霊を発信していけたらと思っています。サポートいつでもお待ちしております。