第9章 日本が将来に向かってなすべきこと


1 日本が直面する問題は「デフレからの脱却」ではない
悪化した日本経済のパフォーマンス 
1990年代以降の日本の経済パフォーマンスの悪化は、株価、企業売上高、賃金、実質為替レート等、さまざまなデータで裏づけることができます。
図表1―3で見たように、実質GDPは、90年代以降、ほとんど増加していません。実質経済成長率も、図表2―1に示したように、90年代以降は2%前後あるいはそれ未満の年が続いています。
図表1―2に示した法人企業売上高も、同じような傾向です。80年代までは急速に増加したのですが、90年代以降はほとんど停滞しています。若干増加したのは、2004~07年頃と最近だけで、いずれも円安期です。
営業利益も同様の傾向を示しており、その結果として、株価も低下してきました。これは、図表1―1で見たとおりです。日本企業は、円安で円表示の売り上げが増加する場合だけは見かけ上利益が増えるけれども、そうでなければ停滞という状態になっているのです。
図表9―1に示す従業員給与の動向も同様です。80年代までは増え続けましたが、それ以降は傾向的に低下を続けています。04~07年頃に一時的に増えただけです。
もう一つ注目すべきは、為替レートです。名目の為替レートではなく、国の物価上昇率の差を調整した実質実効為替レート指数を見ると、図表1―5に示したように、90年代中頃に140前後のピークをつけ、それ以降は傾向的に低下しています。世界における日本人の購買力は、著しく低下したわけです。


デフレのためでなく、変化に対応しなかったために衰退した

このように多くの経済指標が、1990年代以降、悪化傾向を続けています。
このため、「日本は衰退しつつあるのではないか」という危惧を、多くの日本人が持つようになりました。
では、経済停滞の原因は何なのでしょうか?
しばしば「デフレのためだ」と言われます。第1章で見たように、90年代においても、「地価や株価が下がったために不良債権問題が生じ、それが金融システムを麻痺させて日本経済を機能不全にした」という考えが影響力を持ちました。「日本の衰退の原因は物価の下落だから、金融を緩和して物価を引き上げれば解決する」という考え方は、いまに至るまで強く唱えられており、それが金融政策の基本的な方向となっています。
しかし、これまでの各章で見てきたように、日本経済が抱えている問題は、そうしたものではなかったのです。
物価上昇率が低くなったことが問題だったのではなく、日本の産業構造や経済体制が時代の新しい条件に適合しなかったことが、日本経済の不調の基本的な原因だったのです。
世界で大きな変化が起きたにもかかわらず、それに対応しようとしなかったことが問題なのです。

日本が直面する3つの課題
日本経済の不調が構造的な問題であるのなら、私たちが主体的に対応して、自分たちを変えていくことによってしか解決できません。
平成後の日本の課題は、平成時代に失われた30年間を取り戻すことです。
過去の遅れを取り戻すのは、不可能なことではありません。事実、中国は、過去数百年間の遅れを、いま急速に取り戻そうとしています。
将来の日本が対処し解決しなければならない課題は、つぎの3つです。
第1は、人口の高齢化によってもたらされる問題に対処すること。とりわけ、労働力不足の問題と、将来の社会保障支出の問題に対処することです。
第2は、変化する世界の条件、とくに中国の急速な成長に対処することです。
第3は、改革の遅れを取り戻すことです。とりわけ、企業のビジネスモデルを転換させ、生産性の高い新しい産業を作り出すことです。

2 労働力不足に対処する必要がある
若年者が減って、高齢者が増える

日本の将来を考える上で最も重要な基礎データは、図表9―2に示す将来人口推計です。
これを見るだけで、日本社会が大きな問題を抱えているのが分かります。ここには、日本の未来像が凝縮されています。

第1に、15〜64歳の人口が減ります。2015年と40年を比べると、1750万人の減。率では22・7%減です。しかも、そこで止まらず、40年以降も減り続けます。
第2に、高齢者人口が増加します。65歳以上人口は、15年と40年を比べると530万人の増。率では15・8%増加します。65〜69歳人口は、40年頃以降は減少しますが、70歳以上の人口は、その後も増加し続けます。
そして、40年においては、15~64歳人口は約6000万人であるのに対して、65歳以上人口は約4000万人になります。このことが、労働力や社会保障の上で大きな問題をもたらすと考えられます。

出生率引き上げは解にならない
こうした問題に対処するために、出生率を引き上げるべきだとする考えがあります。しかし、出生数が実際に増加すれば、今後かなりの期間にわたって、従属人口(14歳までの年少人口と65歳以上の人口を合計した人口)が増えて、経済を圧迫します。出生率の引き上げは、遅くとも20年前に行なうべき政策でした。
人口が高齢化することは、1980年代から分かっていたことです。しかし、それは遠い将来のことだろうと考えられて、それに対して真剣な対策は何もなされてこなかったのです。
根本的な対策がなされていないのは、いまでも基本的に変わりません。
例えば、消費税率の引き上げは、将来増加する社会保障支出を賄うために不可欠なものですが、税率引き上げが決められたにもかかわらず、2回も延期され、いまでも強い反対論があります。
2019年は公的年金の長期的な見通しを示す「財政検証」が見直される年です。右に見たような構造変化に対応できる年金制度が考えられなければなりません。
しかし、社会保障の長期見通しについての本格的な議論は、行なわれていないのです。
また、深刻な労働力不足に対応するには移民を大幅に増加させることが必要ですが、社会秩序を乱すといった反対論がほとんどです。そして、以下で見るように、なし崩し的に外国人労働者を増やす方策が取られています。これについても、基本に遡っての議論が必要です。

労働力人口は現在より3 0 0 0万人近く減少する 
高齢化が引き起こす第1の問題は、労働力人口の減少です。なぜなら、図表9―3に示すように、高齢者の労働力率(人口に対する労働力人口の比率)は、15~64歳の労働力率に比べて低いからです。

最初に、全体のおおよその姿を掴んでおきましょう。
図表9―2に示したように、2015年から40年までに、15~64歳人口が約1750万人減ります。したがって、仮にこの年齢階層の労働力率が図表9―3に示すように現状の76・1%のままで変わらないとすれば、図表9―4に示すように、労働力人口は1300万人強減るでしょう。

60年までには、15~64歳人口が約2900万人減り、したがって、労働力人口は約2200万人減ります。これに対処するのはきわめて困難です。
15年における製造業の就業者が約1000万人であることと比較すると、これがきわめて大きな変化であることが分かります。
これまでの日本では、「雇用の確保」が経済政策の重要な目的でした。しかし、今後は「人手の確保」のほうが重要な課題になります。
人口全体が減少するのだから、労働力人口の絶対数が減少しても大きな問題にはならないと考えるかもしれません。しかし、そうではありません。
なぜなら、図表9―4に見るように、労働力率も低下するからです。
他方で、労働力に対する需要は増加します。とくに、医療介護の分野では、高齢者人口の増加に伴って労働力に対する需要が増加するでしょう。
したがって、いまのままでは、労働の需給が著しくタイトになり、将来の日本は深刻な労働力不足経済に突入することになります。
15〜64歳の人口の減少によって労働供給が減少することを考えると、医療・介護部門の就業者の総就業者中に占める比率が、25%程度まで膨れ上がる可能性があります(詳細は拙著『1500万人の働き手が消える2040年問題』ダイヤモンド社、2015年を参照)。これは、とても維持することができない異常な姿です。

高齢者の就労促進
将来における労働力需給逼迫に対処するために、まず、高齢者の労働力率を高めることが考えられます。
65歳以上人口は、現在約3400万人です(図表9―2)。それが、2040年には約4000万人になります。
ところで、この階層の労働力率は、いまは約22%です(図表9―3)。これを約10%引き上げることができれば、40年における労働力は、図表9―4で示したものよりは、400万人程度増えることになるでしょう。
このことをより正確に評価するため、図表9―2、9―3の計数を用い、高齢者の労働力率としていくつかの値を想定して、シミュレーション計算を行なってみると、つぎのような結論が得られます。

⑴ 65歳以上の労働力率を5割引き上げ
まず、65歳以上の労働力率を5割引き上げて、65~69歳は64・1%、70歳以上は20・8%になる場合を考えます。 
すると、労働力率不変の場合(図表9―4)に比べて、労働力人口は、2040年、60年で400万人程度増えます。しかし、そうであっても、15年と比べた労働力人口は、40年には約880万人減少、60年には約2000万人減少となります。また、経済全体の労働力率も、40年に58・1%、60年に56・1%となって、現在よりかなり低下します。 

⑵ 労働力率を6割に保てるように、高齢者の労働化率を引き上げ
つぎに、経済全体の労働力率を約6割に保てるように、高齢者の労働化率を引き上げる場合を考えます。
これは、65~69歳が現在の15~64歳と同じように働き、70歳以上も約3人に1人が働くというものです。現実にこれを実現するのはかなり難しいでしょうが、経済全体の労働力低下を高齢者の就業促進だけで実現しようとすれば、このようなことが必要になるのです。
この場合には、労働力人口は、2040年、60年で800万人から900万人程度増えます。したがって、労働力不足は、かなりの程度緩和されます。
しかし、それでも、60年で労働力人口が15年より1400万人以上減少することは避けられません。

女性の労働力率を高められれば、労働力が約1 0 0 0万人増加
労働力不足に対応することが目的であれば、女性の労働力率を高めるほうが効果があります。
2016年における15歳以上の女性の労働力率を見ると、日本は50・3%であり、アメリカが56・8%、スウェーデンが69・7%、ドイツが55・6%などの欧米諸国に比べて、低くなっています。
そこで、女性の15歳以上労働力率を70%に引き上げたものとしましょう。
15歳以上の女性人口はほぼ4000万人~5000万人ですから、これによって労働力人口は約800万人~1000万人増加するはずです。
人口推計値を用いて正確に計算すると、労働力率が50・3%にとどまる場合との差は、40年において975万人、60年において821万人となります。
労働力がこれだけ増加すれば、全体の労働力率も上昇します。40年において63・9%、60年において61・8%になります。こうして、経済全体としての労働力率の落ち込みを回避することができるでしょう。
ただし、子育て期の女性の労働力率を高めるには、子育て支援などの政策が必要です。それは、決して容易な課題ではありません。

人材の面で開国する必要がある
以上を考えれば、高齢者と女性の労働力率の引き上げだけに頼るのでなく、それ以外の方策も考えられなければなりません。
第1は、新しい技術(とくにAI=人工知能)の導入によって新しい産業を興し、経済全体の生産性を高めることです。
第2は、外国人労働者の受け入れです。
第1の方策については、本章の5で検討することとしましょう。ここでは、第2の方策について考えます。
まず、外国人流入者の状況がどうなっているかを見ておきましょう。OECDの「外国人流入者統計」による数字は、図表9―5に示すとおりです。


日本は、2016年で約43万人であり、世界第4位となっています。
15年にこの数字が約30万人となって、韓国を抜いて世界第4位となったことから、「日本にも移民大国時代が到来した」として、話題になりました。そのときより、さらに増えているわけです。
人口に対する比率を見ると、日本は0・3%です。これは、フランス、イタリア、アメリカなどとあまり違わない水準です(なお、ドイツ2・1%、イギリス0・7%、カナダ0・8%、オーストラリア0・9%、韓国0・8%などは、もっと高い比率になっています)。
ただし、図表9―5に示す数字は、「有効なビザを保有し、90日以上在留予定の外国人」です。これは、かなり広い定義のものであることに注意が必要です。
つまり、図表9―5で見る限り外国からの流入者は増えているのですが、これは一時的な労働者に過ぎないのです。
政府は、外国人労働者の受け入れを拡大するため、18年に出入国管理法を改正しました。これは、外国人労働者に対する政策の大きな転換だと言われました。しかし、ここで考えられているのも、一時的な労働者です。
現在の制度には、多くの問題があることが指摘されています。
安い賃金、劣悪な仕事の環境、高額な紹介料などから、技能実習生の失踪が増えていると報道されています。
また、ゾンビ企業を助けるだけだとか、不法就労の外国人労働者がますます増えるなどの批判もあります。
そもそも、「5年間で帰る。家族を連れてこられない」というような「出稼ぎ労働」しか認めない制度が長続きするはずがないのです。
外国における論評でも、「もはや日本は、働くのにそれほど魅力的な国ではなくなっている」との指摘が見られます。介護は自国内にいても大変な仕事なのだから、外国で働くのはもっと大変だとの指摘もあります。

移民の問題に正面から向き合う必要
以上で見た状況を変えるには、現在のように短期滞在者に頼るのではなく、移民を大幅に増やす必要があります。すでに見たように、日本全体の労働力率を低下させないためには、数百万人の規模の外国人労働者が必要です。つまり、現在の10倍以上が必要です。
しかし、これについての日本政府の対応は及び腰であり、新たな在留資格である特定技能1号、2号を作ることなどで済まそうとしています。しかし、これだけの労働力不足が予測されているにもかかわらず移民を拒絶し続けるのは、およそ現実的な政策とは考えられません。根本的な発想転換が必要です。
では、移民受け入れの現状はどうなっているでしょうか?
OECDの統計で「永住移民の流入」という項目を見ると、図表9―6のとおりです。

日本では、2013年における移民は約5・7万人であり、人口の0・05%でしかありません。これは、韓国の0・13%より低い数字です。
それに対して、アメリカでは、約100万人であり、人口の0・31%になります。ヨーロッパ諸国では、この比率は0・5%から1%程度です。イギリスは0・45%、ドイツは0・58%、スイスでは、1・67%にもなります。
図表9―5に示した流入者に比べると、日本の場合には10分の1に減ってしまうのです。ヨーロッパ諸国ではあまり違わないので、日本の場合、永住移民がいかに少ないかが分かります。
つまり日本は、外国人を一時的な労働者として活用するだけであり、社会の一員として認めていないのです。永住者の受け入れに関して、日本は世界の標準からまったく隔絶して、それを拒否しているわけです。
しかし、「移民を受け入れるのは嫌だ」と言っているだけでは、将来生じる問題に対しての答えにはなりません。移民として認め、日本の社会に入れることが必要です。選挙権を与え、社会保障を与えることが必要です。それが世界的な常識です。人材の面で日本を開国することが必要なのです。
外国人労働者が増えて、なし崩し的に移民を認めざるをえなくなり、さまざまな摩擦が生ずることのほうがずっと大きな問題です。
日本社会の良い点を守りたいのであれば、移民に日本社会の規律を守らせるべきであって、そのためのさまざまな制度・施策が考えられなければなりません。混乱が生じる可能性に対して、早くから周到な準備をすることが肝要です。社会の構造を変える重要な問題であるからこそ、十分な議論と準備が必要なのです。

3 社会保障費増大にいかに対処するか
社会保障費が増加する

以上では、労働力の需給という観点から、高齢化がもたらす問題を見ました。人口高齢化は、社会保障費の増大という問題をも引き起こします。
社会保障財源の主たる担い手は現役世代ですが、これまで見たように、その総数が減少します。したがって、給付を見直さないと、社会保険料の引き上げや税率の引き上げを通じて、過大な負担を労働年齢人口にかけることになるでしょう。以下では、この問題について見ます。
社会保障関係費は、ほぼ高齢者人口の増加に比例して増加します。国の一般会計の社会保障関係費のGDPに対する比率を見ると、2005年度に4・0%であったものが、10年度には5・7%に上昇しました。15年度には6・2%にまで上昇しています。
今後はどうなるでしょうか? 
すでに見たように、65歳以上人口は、今後も増え続けます。したがって、社会保障制度を現状のままとしても、社会保障関係費の対GDP比は上昇せざるをえません。
このため、現在の制度が破綻する危険があります。破綻しないとしても、財政的に大きな負担となるのです。

社会保障のための負担増は真剣に考えられていない
話を単純にするために、社会保障の受給者は65歳以上人口であり、費用の負担者は15~64歳人口であるとしましょう(実際には、65歳以上も、税負担などを通じて負担を負っていますが、簡単化のためにこう考えます)。
すると、2015年から40年までに、支出が15・8%増加し、負担者が22・7%減少することになりますから、保険料率や税率は約1・5倍にならなければならないはずです。
ところで、こうしたことは、政府の将来見通しに反映されているでしょうか?
政府の見通しとしては、年金については「財政検証」があり、全体像については「中長期の経済財政に関する試算」があります。このどちらにおいても、消費税の税率は10%まで引き上げられるとされていますが、それ以上の引き上げは考えられていません。
財政検証を見ると、厚生年金の保険料率は15年の17・828%から40年の18・300%まで引き上げられるものの、それ以降は引き上げられないこととされています。国庫負担が財政全体の中でどうなるかは分からないのですが、とくに大きな問題が生じるとは指摘されていません。

非現実的な仮定に立脚した楽観的見通し
財政検証の結果が右のようになるのは、2つの理由によります。
第1は、マクロ経済スライドという措置により、年金額を毎年0・9%ずつ減額するとされているからです。これにより、所得代替率(現役世代の平均的な所得に対する年金額の比率)は、2015年の62・0%から40年には52・5 %に低下することになっています。
第2に、裁定された年金(年金受給開始時に決定された年金)の名目額は実質賃金の上昇にはスライドしないため、実質賃金上昇率が高い経済では、時間が経つにつれて、実質価値が低下するとされているからです(他方で、保険料や税収は実質賃金が上昇すれば増加するので、財政事情は好転します)。
しかし、これらは、実質賃金が上昇するために可能になることなのです(財政検証のケースAでは、実質賃金上昇率として年率2・3%というきわめて高い値が想定されています。他のケースでも高い値が想定されています。経済全体がマイナス成長になる場合でも、実質賃金上昇率はプラスになるという非現実的な仮定が置かれているのです)。
ところが、マクロ経済スライドは、年金額を削減する場合には実行されないこととされています。実際には、財政検証が仮定しているような高い実質賃金上昇率は実現できないので、実行できないでしょう。
実質賃金上昇による年金実質価値の低下も実現しないでしょう。こうして、マクロ経済スライドも実質額調整もできず、年金額は増加し、したがって給付の削減や負担率の引き上げが必要になる可能性が高いのです。
医療費については、自己負担率をこれ以上引き上げることは難しいでしょう。他方で高額医療の進歩によって、医療費がさらに増えることも考えられます。したがって、国庫負担は増加すると考えられます。
以上を考慮すると、消費税率を10%以上に引き上げる必要が生じる可能性が高いのです。仮に受給者数と負担者数の変化に応じた引き上げが必要になるとすれば、税率を40年までに1・5倍に引き上げて15%とし、その後もさらに引き上げる必要があるでしょう。

社会保障の財源は消費税だけではない
社会保障の財源は、消費税だけではありません。公平の観点から言えば、所得税や相続税の強化が考えられるべきです。
税以外の方法もあります。まず、自己負担の増加です。ただし、実際には政治的な抵抗が強いので、「取れるところから取る」ということになってしまいます。
自己負担に関してとくに問題なのは、高齢者の「所得」だけに着目して負担増が行なわれることです。これでは、公平性が阻害されるだけでなく、高齢者の就労意欲を阻害してしまいます。必要なのは、「資産」にも着目した自己負担です。
資産課税の強化と自己負担増の組み合わせも考えられます。そのためには、まず課税当局が金融資産保有状況を正確に捕捉する必要があります。また、「リバースモーゲッジ」のように、不動産を保有したままで、それを担保として現金を得られる仕組みを拡充する必要もあります。
外国人労働者や移民の受け入れも、社会保障財政を好転させます。労働年齢に達している外国人労働者や移民からは、税・社会保障負担を徴収できるからです。
すでに見たように、日本でも外国人労働者は増加しています。それを正式に移民として認めて、社会保障制度の枠組みに取り入れてゆくことが必要なのです。
以上で述べた施策は、社会構造の大きな転換を必要とします。それらは、社会保障の枠内だけでは完結しない問題です。
単なる負担増、給付減でなく、システムの効率化を考えることも必要です。
例えば、AI(人工知能)の導入による医療の自動化などです。また、病院の事務的な情報処理は著しく遅れているので、IT(情報技術)の導入により、効率を大幅に向上させることができるはずです。

人々は負担構造の明確化を求めてい
増大する社会保障費の財源をどうするかは、国民の誰もが強い関心を持つ、きわめて重要な政策課題です。
「痛みを伴う政策論議は、できれば避ける」というのは昔からなされてきたことで、いまに始まったことではありません。
日本の選挙では、議席を取ることが最優先の課題です。本来は、政策実現のために政権を取るのですが、日本では政権を取ることが目標であって、 政策は飾りとして必要なだけです。 
ところが、以上で述べたことに関して、人々の意識は変化してきています。
これまでであれば、負担を示さずに新施策を示せば、人々はそれを歓迎すると考えられていました。しかし、「痛みを伴わない施策は維持できない」という認識が、一般的なものになってきています。
新しい政策だけではありません。現在の社会保障制度自体の継続可能性について、大きな不安を持つ人が増えています。現役世代は、年金支給開始年齢が70歳に引き上げられるのは、ありうることと考えています。
他方で、現在の職場で70歳まで就労を続けるのは難しい、とも考えています。高齢者は、十分な医療や介護のサービスを将来受けられるかどうかについて、強い不安を抱いています。
こうして、現在の仕組みを維持するために、負担の構造をはっきりさせてもらいたいと考える人が多くなっています。「いまの仕組みには無駄が多いから、それを見直せば財源は出てくる」、あるいは、「財政再建を延期したところで問題は起こらない」というようなごまかしは、通用しなくなってきています。人々は、社会保障財源問題に関する明確な選択肢を提示してほしいと望んでいます。もはや、国民は政治家の無責任を許さない時代になってきているのです。
それにもかかわらず、日本の政治は、その要求に応えていません。

4 世界経済の構造変化への対処
大きく変貌する中国

第2章でも述べたように、世界は大きく変わっています。とくに大きく変貌しているのは、中国です。
中国のGDPはすでに日本を上回っており、現在、世界2位の経済大国です。日本の貿易相手国としても、中国はいまや世界最大です。
したがって、今後の日本経済にとって中国がきわめて重要な意味を持っていることは疑いありません。
日本人は、「中国製」と聞くと、100円ショップに並ぶ雑貨品を思い出し、低賃金の労働者をこき使う工場で作られた「安い粗悪品」というイメージを持ちます。そうした面がいまでもあることは否定できません。賃金も、上昇しつつあるとはいえ、先進国の水準とは大きな差があります。
20年前であれば、それが中国の一般的な姿でした。しかし、そうした状況は、急速に変わっているのです。後で見るように、日本と中国の所得格差も今後急速に縮まってゆくでしょう。

IT分野でのめざましい発展
中国のIT産業を支配しているBaidu(百度)、Alibaba(阿里巴巴)、Tencent(騰訊)はよく知られています。これら3社は、頭文字をとって「BAT」と呼ばれます。バイドゥは検索とAI(人工知能)技術、アリババはEコマース、テンセントはソーシャル・ネットワーキング・サービスをそれぞれ提供しています。 
最近では、新しいサービスがつぎつぎと誕生し、それが急速に市民生活に浸透して、中国社会を変えつつあります。例えばアリババの子会社が発行するアリペイという電子マネーは、中国で広く普及しています。
また、ビッグデータを活用できる点でも、BATは有利な立場にあります。ビッグデータは、AIの発展には不可欠です。AIを用いた自動車の自動運転が近い将来に可能になることを考えると、このことの意味は、きわめて大きいと言えます。

中国の基礎研究力の向上
中国の基礎研究力の向上には、目を見張るものがあります。実際、基礎研究の分野でも、日中逆転現象が生じています。
これは、日本と中国の論文数の推移に明瞭に現れています。1990年代には、日本の論文数は高い増加率で伸びました。しかし、2000年代になって増加率は低下し、世界平均を大きく下回るようになったのですが、この間に中国の論文数は大幅に増加したのです。
全米科学財団(NSF)が18年1月に発表した16年の論文数世界ランキングで、1位は中国でした(2位がアメリカ、日本は6位)。95年から05年頃までは、アメリカが世界1位で、日本は2位でした。論文総数が減少傾向にあるのは日本だけなので、日中の差は、今後ますます広がるでしょう。
高等教育に関しても、中国はすでに高い水準に達しています。
イギリスの教育専門誌タイムズ・ハイヤー・エデュケーション(THE)が18年の9月26日に発表した「世界大学ランキング」の最新版(19年版)では、アジア1位は中国の清華大学(世界22位)でした。東京大学は世界42位。100位までだと、日本が2大学(東京大学と65位の京都大学)で中国が3大学と拮抗していますが、200位までだと、日本は2大学ですが、中国は7大学と、中国のほうが多くなります。
U. S. News & World Report誌のコンピュータサイエンス大学院の世界ランキングで、1位は中国の清華大学です。日本の1位は東大ですが、世界では91位です。
80年代に、一橋大学の私のゼミナールで、中国からの研修生を受け入れたことがあります。彼は70年代の文化大革命の時代に学齢期にあった世代だったので、基礎的な学力がほとんどなく、どう教えたらよいのか、まったく途方に暮れてしまいました。 
ところが、第4章の3で述べたように、04年にスタンフォード大学に客員教授として赴任したときには、私のクラスに、バーリンホウ世代のきわめて能力が高い中国の学生が来て、驚嘆しました。こうした人たちが、いまや中国を担っているのです。

2 0 4 0年には中国が世界一の経済大国に
将来を見ると、さらに大きな変化が予想されます。
IMFは、世界各国の将来の成長を予測していますが、名目GDP(国内総生産)成長率は、2017〜23年平均で、中国9・83%、日本2・72%、アメリカ3・86%となっています。
将来もこの成長率が継続するとして、40年までを推計してみると、結果は図表9―7のとおりです。

図表9-7 名目GDPの推移(単位10億ドル)

中国のGDPは、10年には日本とほぼ同じだったのですが、その後日本を抜きました。
18年では、日本の2・7倍くらいです。40年には、日本の11倍を超えます。
中国は10年にはアメリカの約4割でしたが、26年頃にアメリカを抜き、40年にはアメリカの2・3倍程度になると予測されます。
一人当たりGDPではどうでしょうか? 17〜23年平均の成長率は、中国9・40%、日本3・05%、アメリカ3・21%となっています。
将来もこの成長率が継続するとして、40年までを推計してみると、結果は、図表9―8のとおりです。

図表9-8 一人当たりGDPの推移(単位 ドル)


中国の一人当たりGDPは、10年には日本の10分の1程度だったのですが、18年には、日本の4分の1程度になりました。その後も日中の差は縮まり、30年には日本の約半分、そして40年には日本の約87%にまで上昇すると考えられます。ただし、アメリカに比べると、40年でも約半分です。なお、日本もアメリカの65%程度になると予測されます。
日本と一人当たりGDPがほぼ同じで、GDPが日本の10倍という経済大国が、日本の隣に出現することになります。これは、われわれの常識を超える世界です。

5 新しい産業の登場が鍵
世界が変わってしまっ

これまで述べてきたように、問題は、日本が情報技術において弱いことです。このことは、経済をリードする企業を見ると明らかです。
アメリカ企業の時価総額ランキングで、つい最近まで、5位まではすべてIT関係の企業でした(フェイスブックの時価総額が減少したため、順位が若干変わりました)。
これらの企業を総称するのに、「GAFA」という言葉がしばしば使われます。これは、グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾンのことです(中国のアリババを加えて、GAFAAと呼ばれることもあります)。
これらの企業は、新しい情報技術をもとにした新しいビジネスモデルを開発したことによって、従来の企業を乗り越えました。そして、従来の企業が担当していた分野を塗り替えています。
アップルは製造業ですが、iPhoneという新しい製品を開発し、世界的水平分業という新しい生産方式を確立することによって、新しい製造業のビジネスモデルを切り開きました。
グーグルは、広告収入によって支えられているという意味では広告業ですが、「検索連動広告」という新しい広告方式を用いることによって、従来の広告代理店とはまったく異なるビジネスモデルを確立しました。フェイスブックも新しいタイプの広告業です。SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)という新しい方式で個人情報を集め、それをもとに広告を行なっています。アマゾンは、流通業ですが、ウェブショップであり、従来の流通業とはまったく異なるビジネスを行なっています。
これらの企業のほとんどが、20年前には存在しなかったか、存在しても小企業でした。従来の企業とは異なる企業文化を持ち、イノベーションを先導したのです。これらは、IT革命の勝者です。過去20~30年程度の期間のアメリカ経済は、こうした企業の成長に支えられてきました。

新しい産業が必要
日本経済の不調は、景気循環的なものではありません。したがって、金融政策で対処できるものではありません。実際、1999年のゼロ金利政策、2001年以降の量的緩和政策、そして13年以降の異次元金融緩和政策と、次々に金融緩和政策を行なったにもかかわらず、日本経済の不調は継続しています。
そこから脱却するには、企業のビジネスモデルを転換する必要があります。
製造業であれば、製品の企画段階や販売段階に集中し、実際の生産は新興国の労働を活用して行なうべきです。さらに、日本の産業構造を根本から転換し、脱工業化を図ることが必要です。
さらに、新しい生産性が高い産業が登場する必要があります。アメリカのGAFAのような企業です。それがなければ、賃金が上昇し、経済が活性化することはありません。
GAFAは、豊富なビッグデータを手に入れられる世界で数少ない企業です。AI(人工知能)はビッグデータを用いることから、ビッグデータを取得できる企業が、そのデータを活用することによって未来を開くと考えられます。
先進国の命運を決めたのは、このような流れに対応して産業構造を情報分野中心に切り替えられたか、それとも製造業に執着したかです。切り替えられたのがアメリカ、イギリス、アイルランドなどであり、切り替えられなかったのが、日本とヨーロッパ大陸の諸国なのです。

変化を阻止するもの
しかし、転換には、大きな摩擦が伴います。これまでのビジネスモデルや産業構造をなんとか維持したいという圧力が働くからです。こうして、産業構造の転換がいつになっても実現しません。
これこそが、日本経済を20年以上の期間にわたって停滞させた基本的な原因です。日本は、いまこそ、こうした考えから脱却する必要があります。
経済構造の改革は、きわめて困難な課題であるばかりでなく、取り組んでも目先の情勢に即時的な効果を及ぼすことはできません。このため、「とにかく目の前の緊急課題が優先だ」として、これまで日本は円安政策に依存してきたのです。
こうしたその場しのぎの弥縫策が行き着いた先が、現在の状況です。われわれはいま、日本経済の置かれた状況を直視し、目先の状況を変えることではなく、基本的な構造の改革を考えなければなりません。「金融緩和や円安で景気回復すればよい」という考えがある限り、日本に未来はないのです。
生産性の高い新しい産業が登場するのでない限り、どんな施策をとっても、成長に結び付くことはないでしょう。
先進国が高度なサービス業を中心に成長する中で、日本は立ち遅れています。政府の成長戦略に見られる製造業復活路線を捨て、サービス業の生産性を高めることが急務です。
日本の場合には、製造業が製造部門を切り離して新興国企業に委託し、自らは開発・設計などに特化していくことが考えられます。世界的水平分業の中で、「製造業のサービス産業化」を目指すのです。

政府への依存から脱却する必要
成長を実現するのは民間企業の努力であって、政府の計画ではありません。
なぜなら、政府が特定の産業や研究分野を「成長分野」と指定して助成すると、資源配分を歪めてしまうからです。政府の判断は、正しいとは限りません。むしろ、誤っているのが普通です。ですから、かえって成長を阻害してしまうのです。
新しい産業は、市場における競争を通じて誕生します。さまざまな試みがなされ、生き残ったものが日本経済の主力産業になるのです。
政府は、産業構造再編の過程に介入すべきではありません。政府がなすべきは、規制緩和を通じて、市場の競争メカニズムを発揮させることです。
ただし、このことは、政府が何もしなくてよいことを意味するものではありません。経済成長のために政府がなすべきは、成長のための基本的条件を整備することです。
とくに重要なのが、人材(高度な専門家)の育成です。しかし、これについては、何もなされていないのが現状です。
それに加え、大学が新しい技術に対応した人材を養成していないという事情があります。日本の工学部が養成しているのは、依然として古いタイプのエンジニアなのです。日本の大学教育の構造改革が必要です。

日本にはユニコーン企業もない
GAFA企業は、これまでの技術革新をリードしてきました。しかし、このグループの企業はすでに巨大化し、マーケットを支配しています。これまでのような技術革新がこのグループから引き続き出てくるかどうかは、疑問です。
実は、世界は、GAFAの時代からさらに先の、ユニコーン企業の時代に進みつつあります。「ユニコーン企業」とは、未公開で時価総額が10億ドルを超える企業です(空想上の一角獣のように、「ありえない企業」という意味で、こう呼んでいます)。
ユニコーン企業の多くはアメリカ企業ですが、最近では、中国にもITを駆使して斬新なサービスを提供する企業が続々と生まれています。
ユニコーン企業については、いくつかのリストが作られています。
フォーチュン誌が作成するリストによって国別に見ると、アメリカ100社、中国36社、インド7社、イギリス7社、ドイツ5社、シンガポール3社、韓国2社、フランス1社などとなっています。
分野別に見ると、今後の技術革新がどのような分野で起こるかを探ることができます。ウォール・ストリート・ジャーナルでは、全産業で149社を挙げていますが、そのリストを分野別に見ると、ソフトウエア、消費者向けインターネット、eコマース、金融、ヘルスケアの分野で、全体の約83%を占めています。つまり、ユニコーンによる技術革新は、GAFAによるのと、ほぼ同じ方向であることが分かります。
つまり、将来に向かって引き続き重要な産業は、日本が弱い分野なのです。

規制が新しい技術の利用を妨げる
ユニコーン企業が日本に生まれない大きな原因は、規制緩和が進んでいないことです。ライドシェアリングの「ウーバー」が成長したのは、アメリカのいくつかの州で「白タク」が営業できるようになったためです。ウーバーのサイトに登録しておけば、一般ドライバーでも客を乗せて走れるようになったのです。これによって、移動手段に変革がもたらされました。
しかし、日本では白タクは法律違反となるため、ウーバーのサービスは成長できません。
民泊サービスの「エアビーアンドビー」についても、同様の問題があります。民泊は日本では旅館業法に触れます。規制は徐々に緩和されつつはありますが、決して十分ではありません。
金融業界に技術革新をもたらすフィンテックを日本に導入しようとすると、壁はさらに厚くなります。銀行はきわめて強い産業であり、スタートアップ企業が簡単に新しい金融サービスを提供できるわけではないからです。
日本経済が現在の状況から脱却するには、技術の開発が最も重要な課題です。しかし、日本は、新しいタイプの技術である情報関連技術については、得意でありません。それは、新しいタイプの企業が生まれていないことからも見て取れます。
成長のために政府がなすべき最も重要な課題は、規制緩和です。
政府が打ち出す成長戦略には、決まり文句のように「規制緩和」が明記されています。しかし、規制緩和と言われるものの多くは表面的なものであり、既得権者の利益を覆すようなものではありません。
過去の遅れを取り戻せないのは、既得権益集団が足を引っ張るからです。社会構造転換のためには、過去に成功した勢力の影響力をどのように縮小するかが、重要なポイントです。
社会を変えるためには、新しいサービスや新しい事業主体が必要だということを、国民が認識しなければなりません。そうでなければ、規制の仕組みは、いつまで経ってもいまのままで変わりません。逆に言えば、これらが変われば、日本経済は大きく変わる可能性を秘めているのです。

日本人はもっと海外に出るべきだ
私たちの世代では、日本人はずいぶん海外留学したのですが、いまの世代では、その意欲が減退しているように思われます。日本の若い人たちは、もっと海外留学を考えるべきです。留学生の数は減ってはいないのですが、一流大学での日本人学生は著しく減少しています。これは、第4章の3で述べたとおりです。 この状況を変えるべきです。
そして、もっと海外に出てゆき、海外で働くことを考えるべきです。
韓国からは、潘基文前国連事務総長、ジム・ヨン・キム前世界銀行総裁など、国際社会で活躍する人が輩出しています(ジム・ヨン・キムは、5歳のときにアメリカに移住)。それに比べると、日本人は見劣りがします。
若い人たちの中で海外で仕事をしようと考えている人は、日本では非常に少ないように見受けられます。就職といえば、最初から国内での就職しか頭になく、海外での就職はほとんど選択肢に入っていないのです。
外国で仕事をすることが考えられていないわけではないのですが、そのための方法として推奨されているのは、日本の会社に就職して外国駐在員になることです。そうすれば、渡航や住居に関わる費用・手続きは会社持ちとなるし、ビザの取得も会社がやってくれます。こうして、安全に外国での勤務ができます。しかし、外国の地場企業に就職しようとは考えません。
つまり、「会社」というカプセルに入り、その庇護の下で外国で働くという方法が、日本人には適しているというわけです。独力で知らない土地で働くのは無理だという判断です。
中国での状況は、これとは大分違います。「知乎」という中国のQ&Aサイトを見ると、「外国で留学し働きたいのだが、どうしたらよいのか?」という質問がたくさん見受けられます。IT関係の専門職につきたいと考えている人が多くいます。
それについての詳細な情報やノウハウが、多数提供されています。中国の若い人々は、海外で働くことにきわめて積極的です。それを、キャリア形成の一つの過程として考えています。
中国の若者は、日本の若者よりはるかにグローバルです。これまでもそうでした。アメリカに留学後、H‒1Bビザ(高度な専門知識を要する職業に就くための就労ビザ。学士以上の学位保持者が対象)を取得し、アメリカに留まって就労した中国人が、IT革命の実現に果たした役割が大きいといわれています。
そうした人々が中国に戻って、中国でのIT産業の発展を実現したと考えられます。中国国内でそうした人々を受け入れ、活用したという点も重要です。
外に向かって開かれた国になることによって、国が活性化するのです。本章の2で、移民を受け入れる必要性を論じました。人材面で開かれた国になるとは、外国人を受け入れること、自国民が外国に進出すること、そして戻ってきた人々を社会が受け入れることです。
これからの日本で、そうした状況をなんとか実現できないものでしょうか?

「ベイズのアプローチ」を信じよう!
厚生労働省が発表した「平成29年簡易生命表」によれば、日本人男性の「平均寿命」は、81・09歳です。
これを見ると、私の命はあと数年で尽きてしまうような気がしてしまうのですが、よくよく説明を読めば、そうではないことが分かります。
平均寿命とは、0歳の人が将来を見通した場合に、平均してどのくらい生きられるかを示すものだからです。
ある年齢の人が将来どれだけ生きられるかは、年齢ごとに異なる「平均余命」という数字で示されています。78歳の場合には約10年です。つまり、もうじき78歳になる私は、平均すれば88歳まで生きられることになります。
88歳まで生きられれば、その歳の平均余命は約5年なので、さらに5年間生きられます。平均余命は、100歳を超えても0になることはありません。
ある歳まで生きたことを前提にすれば、平均寿命よりはずっと長い期間生きることが期待できるのです。
これは、確率論における「ベイズのアプローチ」と同じ考え方です。このアプローチによれば、ある事象に関して何も情報がない場合の確率判断は、「事前確率」によって表されます。ところが事態が明らかになるにしたがってさまざまな情報が得られ、それによって確率判断が改定されます。改定された確率は、「事後確率」と呼ばれます。
右に述べた「平均寿命」が事前確率に相当し、「平均余命」が事後確率に相当します。
私は、1960年代末のアメリカ留学で「ベイズのアプローチ」を知って以来、これこそが正しい確率の考え方だと信じるようになりました。
ですから、寿命についても「ベイズのアプローチを信じよう!」と考えています。
そうであれば、私は、平成のつぎの時代を、かなりの期間、生きることになるでしょう。
もちろん、ただ生きているだけでは意味がありません。健康な体を維持し、なすべき課題を持っていることが大事です。
ところが、この章で述べたように、そして幸いなことに(?)、日本は平成のつぎの時代において、多くの課題を解決しなければなりません。それに少しでも役立つことができれば、と考えています。
ドストエフスキイは、小説『罪と罰』の最後を、つぎの言葉で結んでいます(米川正夫訳、河出書房、1956年)。平成の時代を終えるにあたって、私はこの言葉を思い出しています。

しかし、そこにはもう新しい物語が始まっている。(中略)一つの世界から他の世界へ移っていき、いままでまったく知らなかった新しい現実を識る物語が、始まりかかっていたのである。これは優に新しき物語の主題となり得るものであるが、しかし、本篇のこの物語はこれで一先ず終わった。 

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野口悠紀雄

『平成はなぜ失敗したのか』

『平成はなぜ失敗したのかー「失われた30年」の分析』が2019年2月7日に刊行されます。これを用いて自分史を書いてみましょう。
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