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ドイツの婚活サイトに潜入し、国際結婚した話⑪完


■最終章■ 鎧を脱ぐ

「小さなことでも決断は相手に任せるほうが良い。そうすれば、無意識に責任を感じてくれる。」
小悪魔になる方法だったか、心理学の本か何かに書かれていた言葉だった気がする。
確かにこれまで何度か小さな決断を男性に委ね、効果を感じたことはあったが、果たしてこの付き合って間もない関係性で、一か八かの大勝負にも通用するのだろうか?

次の新しい派遣先で働くことになれば、契約終了まで辞めることは出来ず、1年以上にわたり日本とドイツでの遠距離恋愛を続けることになる。お金を節約するため、実家に引越を予定しているが、すでに2人の子供がいる姉夫婦も住んでいる家は狭く、荷物がたくさんあって入りきらず困っている。
と今現在、自分が置かれている状況のみ伝えた。

ここで彼が下す決断や発言は、私の今後の行動に大きく左右する。
彼とドイツで共に暮らす人生になるか、それとも別の方法で新たにパートナーを探すことになるのか。
重要な瞬間だった。
一字一句、聞き逃してはならない。

彼は何の迷いも無くすぐさま
「ドイツに移住するとなれば、初期費用は必要だけど、その前にドイツ語の学習やビザの準備を優先して、その合間に出来るような仕事をするのはどう? 荷物はこの家に送れば問題ないし、二人で住むスペースもまだある。できるだけ早くドイツで一緒に暮らしたい。」
と答えてくれた。

大一番を制した安堵感が湧き上がり、やっとこの人を好きになっても大丈夫なのかもしれないなぁと、張り詰めていたものが一気に緩んでいった。

相手の本質や、自分に対してどのくらい興味があるのか探る時、私はいつも決まって同じ話をする。そして、その答えや反応を私自身の判断材料として活用してきた。
そういえば彼に対してはその事をすっかり忘れていたな。

どうしたらもう1本ワインを注文してもらえるのか。何をしたら喜んでくれるか。
どうすればまたレストランに来てくれるか。
人はどんな言葉や対応で心地よく感じるのか。ソムリエとして培ってきた処世術や、経験から得た人間関係のノウハウなど、レストランを辞めて何年も経つのに、なかなかその接客癖が抜けずにいること。
そして人の些細な反応や言動を見逃さぬよう常にアンテナを貼り巡らせ、仕事もプライベートも自分を押し殺し、他人軸の中でずっと生きていた話を私は少し誇らしげに彼に語った。

「それってなかなか出来ないし素晴らしい能力だけど、なんかちょっとロボットみたいだから僕の前ではそういうことはしないでね。」

思いもよらぬ解答に、ついつい深読みしすぎの癖が出てしまい、様々な角度からその言葉の意味を考察していたが、時間が経てば経つほど、まさにこの世で1番私が望んでいた、誰かに言って欲しかった言葉のような気がした。

自分を護る為、何年もかけ少しずつパーツを増やしていき、いつのまにか全身を包むような完全装備の鎧を纏い歩いていた。
彼の前で恐る恐るその鎧を剥がしていくと、中には喜怒哀楽が激しく、我慢をする事がとっても苦手な幼い頃の私が隠れていた。
無防備になった私は、感情のコントロールが以前より遥かに下手くそになり、とても弱い人間になってしまった気がしてショックを受けた。しかし彼はその度に嬉しそうに私の話を聞いてくれて「それが本当の姿だよ。」と教えてくれた。

初めの頃は慣れない感情の起伏に疲れ果て、何て余計なことをしてくれたんだと憤慨していたが、自分の本当の姿を少しずつ取り戻していくにつれ、これまで以上に生きやすさや心の豊かを感じ始めた。
10年間のブランクで忘れかけていたあの感覚に包み込まれていることを実感した時、今度こそ彼を大切にし、失ってはならないと言い聞かせた。

不意に脱がされた鎧は、同時に婚活戦争の終わりを告げることになった。

遠距離恋愛を経てドイツへ移住するまでの10ヵ月間、船便で送った大量の荷物の整理や、お互いの家族に会う為に日本とドイツを何度も行き来した。
日本を離れることが決まってから、まだまだ国内には訪れたことのない、そしてきっともう訪れることが出来ないであろう魅力的な場所が山ほどあることに気が付いた。
ドイツに渡った日を今後もずっと忘れることのないように、片道チケットの日付を母の誕生日にした。

そして、ちょうどドイツに移住してから1年後の日に、国際結婚の手続きがドイツよりも簡単なデンマークで、私達は入籍した。

おわり


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