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【詩】それ

それは、いつもつきまとう
朝の倦んだ目覚めにも
食事のひとくちひとくちの間にも
歯磨きの、ほんの一瞬手を止めた隙にも
駅までの漫然とした道のりでも
夜、眠りにつく寸前も

それは、いつも肩越しに微笑んでいる
生の煩わしさに耐えかねたとき
行く道に阻まれたとき
我が身を軽んじられたとき
怒りと憎悪を抑え込むことに疲弊したとき
見えている景色がまるで違うと悟ったとき

それは、いつも背に張り付いている
本の一頁一頁をめくる合間さえ
気の置けない友との語らいにさえ
爆音のステージに熱狂する至福の瞬間にさえ
暖かい月夜の帰り道にさえ
柔らかな湯につつまれる浴槽でさえ

まるで
竹馬の友のように馴れ馴れしく
乳母のように慈愛らしきものを溢れさせ
カウンセラーのように訳知り顔に頷いて
それはいつも、傍らに居る

最初、滅びへの道を誘うように思えたので
力ずくで引き剥がそうとしたものだが
あまりにも長い間そばにいるので
むしろ己と混然一体の切り離せぬ存在である、それ

それは
れんめんとつづく
はてのない生のくるしみのなかで
きみょうな
しんせつしんで心をつつみ、いつしか
ねんごろになり、いまではもっとも
りょうかいかのうな存在として

それは、いつもつきまとう
それは、いつも肩越しに微笑んでいる
それは、いつも背に張り付いている

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