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読書感想文

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読書感想文備忘録
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記事一覧

『楽園のカンヴァス』原田マハ (読書感想文)

めっちゃ面白かった。

作者の原田マハさん自身が、絵が好きなのが文章から伝わってくる。美術館で働いたという経験から、キュレーターの仕事や企画展の裏事情などがとてもリアルに描かれている。
史実とフィクションの融合が鮮やかで、物語に織り込まれたルソーの絵の“秘密”が、物語全体に神秘的な含みを持たせている。

話の中に出てくる様々な作品が物語に彩りを添えていて、絵を調べながら読むのがとても楽しい。
何万

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『かがみの孤城』辻村深月 (読書感想文)

とても面白かった。
心理描写がめちゃくちゃ上手い。
文章は読みやすく、それでいて、子供の世界の誰も言葉にしてこなかった暗黙の了解や、中学生の感情の機微を明瞭に描き出す表現力が流石。

この物語はファンタジーだけど、辻村深月はファンタジーの舞台を利用して、現実よりリアルな人間模様を描く。
そして理屈のないファンタジーとしてしまっても十分通用する物語に、巧い仕掛けを施しているのが心憎い。

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『モモ』ミヒャエル・エンデ (読書感想文)

めちゃくちゃ良かった。

現代を痛烈に風刺するこの物語が、懐古主義の随筆でも、説明口調の論文でも、嫌みたらしいエッセイでもなく、柔らかい雰囲気のファンタジーであるところが、何よりも好きだと思った。
だからこの本を読んで感じたことを、効率的良く論理的に説明しようとするのは、何となく無粋な感じがする。

遥か昔から、人々は物語が好きだった。演劇の世界に没入し、もう一つの人生を体験することを愛していた。

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『私の男』桜庭一樹 (読書感想文)

仄暗く陰鬱な情景描写が、この物語にはふさわしい。
一貫して、湿った雨の匂いと、ドロドロとした海の嫌な感じがする。

お互い以外に興味のない排他的な2人の主要人物に、多分作者の狙い通りに嫌悪感を抱かされた。
その嫌悪感も利用して、リアリティも形もない壮大なテーマを、全く飽きさせず、グロテスクかつ魅惑的に書き切った、その筆力が見事。

愛に飢える空虚な2人が、奪い合って生きていく。そこには善悪の概念も

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『アヒルと鴨のコインロッカー』伊坂幸太郎 (読書感想文)

2005年『このミステリーがすごい!』大賞2位の、鮮やかで切れ味鋭いミステリー作品。
練られたストーリーと伏線回収は、本当に見事。
伊坂幸太郎の、愉快なリズムを持つような、小気味よい文章が好きだなと思う。
決して楽しい話ではないのに、読後感はどことなく爽快で清々しい。

書き出しの1文はこうだ。
「腹を空かせて果物屋を襲う芸術家なら、まだ格好がつくだろうが、僕はモデル

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『あしたはうんと、遠くへいこう』角田光代 (読書感想文)

一風変わった恋愛小説。
ある一人の女の子の15年間の恋愛遍歴を追った作品。

解説で穂村さんも書いているけど、人生の全てをかけて振り回されるその恋の模様は、さながら激しい戦争のようで、しかも見事に全戦全敗。

恋心にぶら下がるようにして生きて、やれドラッグだ浮気だストーカーだと、どうしようもない失敗ばかり。
恋が終わるたびに今度こそと誓うのに、何度でも同じことを繰

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『盲目的な恋と友情』辻村深月 (読書感想文)

二人の女の恋愛と友情について、ほぼ同時系列の生活を二人の一人称でそれぞれ描く。その構成が見事。

他人からしたら些細で平穏に見えるかもしれないその日常は、極めて狭い彼女らの視点に絞って見れば激動で、まさに「盲目的な恋と友情」のタイトルにふさわしい。

辻村深月さんは一番好きな作家さんだけど、読むたびに辛い。
誰もが経験したことがある、でも敢えて誰も言葉にしてこなかった、女

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『流浪の月』凪良ゆう (読書感想文)

2020年本屋大賞。
誰にでも勧められる一冊。

文章は柔らかく繊細だが、挑戦的な作品だと思った。
現代を軽妙に皮肉っている。
「価値観は人それぞれ」という価値観こそ「普通」の時代。
しかし世間には暗黙の基準がある。
「普通」ではない人間に対して、世間は無理解で残酷だ。

だから普通のふりをして生きる。
理不尽だと思うけど、程度の差はあれ皆がそうだと更紗は言う。
その通

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『紙の月』角田光代 (読書感想文)

めちゃくちゃ面白かった。
これは1億円横領という大事件を引き起こした1人の主婦の物語。
事件を起こした梨花は、控えめで真面目で正義感の強い女だったのだと、昔の知人は語る。
読者も事件を知った知人と同じように驚き、疑い、梨花について知りたいと思う。
その構成が見事だった。

2人で1万円にも満たない食事をして、幸せねと夫と笑い合う。
ピザの宅配を待つ間、華やいだ気持ちになる。
梨花は本当に普通の主婦

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『抱く女』桐野夏生 (読書感想文)

古ぼけたセピア色の写真を眺めていたかのような感覚。
この物語の舞台は学生運動華やかなりし1972年の東京、暴力の蔓延する鬱屈とした社会。

現代に生きる私たちには馴染み無い時代設定だが、タバコや麻雀、性や酒に溺れる自堕落で退廃的な大学生の日常が、鮮明に目に浮かんだ。

この物語の根底に流れるのは、ウーマンリブの思想と疑問。
2020年の現在でも、女は男を「抱く」のではなく「抱かれる」という表現をす

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『きみはポラリス』三浦しをん (読書感想文)

短編集な上に、切り取っているのはどれもひとひねり加えた不思議な恋愛模様ばかり。

下手すれば安っぽくチープな作品になってしまいそうなものだが、流石の三浦しをん。
料理の仕方が上手く、どの物語も綺麗にまとまっている。短編の配置も心憎い。

恋の形は無限にあるのに、なぜ人は恋をした時それが恋だとわかるのだろう?

10種10様の狂的にして純粋、清冽で鮮烈な感情を、三浦しをんはこう書いた。
秘密のある人

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『四月になれば彼女は』川村元気 (読書感想文)

情景描写は丁寧で鮮やかなのに、不思議と鈍くて薄いパステルカラーの雰囲気が、この本の全体を支配している。

他人に対して冷めた風である精神科医が、失ってしまった恋愛を探す物語。

恋愛小説って食わず嫌いだったけど、この本は本当に面白かった。

好きなものや嫌いなものを共有すること。
同じ景色を見ること。
相手の全てを知りたいと思い、欲しいと思うこと。
どんな言葉を並べ立てても説明出来ない恋という感情

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『水底フェスタ』辻村深月(読書感想文)

めちゃくちゃ面白い。「全国的な野外フェスを毎年開く湖畔の小さな村」という舞台設定に、ラブシャのイメージを重ねて読んだ。

辻村作品の中でも少しテイストが違い、展開が早くてストーリー自体がダーク。
淡々としていてえげつない。

辻村さんは達観した若者の内面を書くのが上手い。張り巡らせた伏線が転がるように回収されるのと同時に、積み上げた世界観が見事なまでに自己崩壊する。

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