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小さなキツネ(ショートストーリー)
海を見ているのは小さなキツネ。
お月様がとても大きく、とても明るい夜。
お父さんも、お母さんも、お兄ちゃんも眠っています。
夜ひとりで外に出たのは初めてでした。
「お月様」
小さな声で呼んでみました。
するとお月様の光が少しだけ明るくなりましたよ。
風が小さなキツネに声をかけます。
「ボクと遊ぼ」
でも風は小さなキツネが答える間もなく、通り過ぎて行きました。
お星さまは、たくさんの友だちがいる
風薫る シロクマ文芸部
風薫る……、って何でしたかね。遠い昔に聞いたような、口にしたような。もうすでにたくさんの言葉を私は忘れてしまったのです。
長い冬が終わり、春がやって来たのね。桜は咲いたのかしら?気づかなかったけれど、いつの間に?
今日は暑いくらいだわ、ねえエミちゃん。
え?あなたエミちゃんじゃないの?そうなの、エミちゃんはあなたのママ?
そうだったかしら。ではあなたは誰?
カナちゃん?そうなのね。ごめんなさいね
真夜中万華鏡 毎週ショートショートnote
「星空に勝る万華鏡なんて無いさ」
お兄ちゃんに万華鏡を作って欲しいとせがんだけれど、お兄ちゃんの返事は素っ気ないものだった。
作るのが面倒だからってこんな言い方しなくたって。
「いいよ、自分で作るから」
月が怪しく光る夜
おまえの心に届くだろうか
月の光が見せる夢
おまえの作った万華鏡
月の光が差し込むその時に
万華鏡が万華鏡で無くなる不思議
さあ見るがよい
その万華鏡が見せるもの
「もう
魔人のランプ 毎週ショートショートnote
「皆さんご存じの『アラジンと魔法のランプ』
魔法のランプは行方不明。そのランプが我が校のどこかに。そんな噂があります」
魔法学校に入学した日、担任からこんな話を聞いた。
何をいまさらだが。
魔人もランプも行方知れずだとか。
今でも時々放課後、ランプの捜索はされているようだ。放課後ランプの名のもとに。なぜ学校はこんなにもあのランプに固執するのだろう。
あのランプは、魔人が使ってこその魔法のランプ
子どもの日 シロクマ文芸部
子どもの日。公園はガラ空き。
エミは一人ブランコに腰かけた。
空を見上げれば白い雲が浮かんでいる。気持ちの良い風が通り過ぎていく。思わず大きな深呼吸をした。
「エミちゃん!」
「あ、武君」
「今日は公園、貸し切りだね」
「うん」
「ねえ、エミちゃん。久しぶりに一緒に遊ぼっか」
「うん。遊具寂しそうだしね」
二人はブランコを揺らしたり、シーソーで遊んだりした。
シロツメ草の花でエミが花冠を作る
鬼化粧 色のある風景
最近の流行にはついていけない。
若者たちの化粧が根本的に変わってしまった。
分かりやすく言うと、若者たちのほとんどの顔が鬼に変わってしまったのだ。
顔の色が、赤、黄、青、緑、白、黒etc.。
まるで12色クレヨンの見本だよ。
最近では様々な年代で、若者文化を追従する者たちが現れ始めた。
SNSは鬼たちで溢れかえっている。なんという世の中だ!
うちの孫たちも赤鬼、青鬼。紫鬼になってしまった。
そ
コソ泥の独り言 ショートストーリー
ガキの頃からコソ泥の俺は、何度か強引に別荘にも招待された。三度の飯も宿泊もロハだから悪くは無いが、少々飽きた。顔なじみのお世話係も増えたが、友達にはなれなかったのは残念だったな。
この仕事を悪く言う者は多いが一度やってみるとハマる。スリルと言う意味では俺のレベルでも満足感を得られる。
制服は、コソ泥は職業ではないと言うが。
働くということは金を手に入れることなのだから同じだ。盗みを働くっていう
小さなオルゴール 青ブラ文学部
おばあさんが小さなオルゴールを開けたのは久しぶりでした。
オルゴールは鳴りません。もうずっと前からです。
修理に出すのは嫌でした。
このオルゴールを作ってくれたのは、亡くなったおじいさんでしたから。
修理に出すと、おじいさんのオルゴールではなくなってしまう気がするのです。
オルゴールは宝石箱でもありました。
確かにおばあさんの宝物が入れてありました。それは宝石なんかではありません。
おじいさん
春の夢 シロクマ文芸部
春の夢に。ボクは春の夢の中に住んでいます。
そこにあなたが遊びに来たことがあるのですが、覚えていますか。
もう随分昔のことになりますね。あなたはまだ少女でした。
ボクはボクのままで、あの頃とちっとも変わってはいないのです。
もう一度、あなたが春の夢の中のボクに会いに来てくれるのをずっと待っていました。
桜の花が散っていくのを何度も数えました。
菜の花が風と内緒話をしているのも。
春風が夏の風にか
雪解けアルペジオ 毎週ショートショートnote
本格的な春がここにもやって来た。
そして春は今年も彼女を伴って現れたのだ。
彼女はギター弾き。酒場でカラオケ代わりに伴奏をしてくれる。
彼女自身は流しの歌うたいではない、あくまでもお客の歌の伴奏をするだけ。カラオケに飽きたお客たちには頗る評判が良い。
彼女のギターのテクニックはそれほどのものではないと思われたが、泣くように響くアルペジオのテクニックに驚かされる。テクニックと言うより心そのものが
春ギター 毎週ショートショートnote
それは落ちていた。樫の大木の根元に。
森の仲間たちは、珍しい物見たさに集まってきた。
初めて見る形を不安げに見守っている。
好奇心の強いサルが触ってみた。そのはずみに立て掛けてあったそれは倒れた。動物たちは少し後退りを始めたが何も起こらない。
動物たちはホッとして顔を見合わせる。
サルはさらにそれに触る。音が出た。聞いたことのない音。細い線が細かく震えていた。サルは触れば音が出るものだと認識した
途中下車 ショートストーリー
最近、同じ夢を繰り返し見る。
夢は、いつも男性のナレーションから始まる。私の心情と状況を事細かに語る。でもそれは、ほとんど的外れで私は苛ついている。訴えても、いつだって彼からの返事は無い。私は彼を無視することに決めた。
気がつくと私はSLの木の座席に座っている。夜なので窓には自分のような女が映っているが、私ではない気もする。
やがて汽車は停車し、新しい乗客が数名現れた。ほとんど空き座席なのに、
花吹雪 シロクマ文芸部
花吹雪のトンネルの入り口、そこで待っていたのは20年前の母だった。ふくよかな身体に和服姿の母は当時見慣れた姿のまま。胸のあたりで懐かしげに手を振ってくれていた。
20年前の約束は守られた。
母は70歳で旅立った。
その時約束したのだ。私が70歳になったら会いに行くと。
そして、私は70歳になってこの日を迎えた。会いたかった母。
私たちは今、同じ70歳。母と言うより懐かしい友に出会っているような
付喪神(つくもがみ) 毎週ショートショートnote
僕の住んでいる家は昔『お化け屋敷』と言われていたそうだ。
僕のご先祖が物を大切にしなくて付喪神がたくさん住んでいたって。だけど、だんだん皆成仏していったんだよ。当時一番新しいレインコートが神様と言うか妖怪と言うか、まだいるんだ。
でも彼は友好的で僕とは仲良くやっている。仲間がいなくなって寂しいのだと思う。僕は彼を『レン』と、彼は僕を『タカ』と呼び合っているんだ。
レンはお化けなので、昼間は姿を見
祈りの雨 青ブラ文学部
雨が降ると悲しい。
子供の頃、そう思っていた。空が泣いていると思っていたのだと思う。
だけど今は、雨の日は落ち着く。雨音を聞きながら眠るのが何より落ち着く。雨音は眠りの精だ。
いつの頃からか、雨音に紛れて祈りの声が聞こえてくることがある。
「雨よ、雨よ、叶えておくれ。雨よ雨よ、お願いだから」
いつも同じ声。
怖くは無かったが、気になる。気になるというより……。
どこかで確かに聞いたことのある声。