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あたしは人殺しです。

私は昔
人を殺そうとした事がある。

小6の頃に
とある精神科病棟へ1年間入院していた。
そこで大部屋に移った時
小4か小3の女の子と一緒になった。
その子はとても小柄で、体重が足りないから
あんまり動いてはいけなかった。
笑顔が可愛らしく、他の高校生の女の子も
含めた3人で
いつも仲良くしていた。
もう名前も覚えていないけれど、
雑誌やテレビを一緒に見たりしていたっけ。

入院して1ヶ月か2ヶ月になる頃
私はだんだん不安になっていった。
よく分からないけど、気が塞いで
鬱々としていた。
夜にベッドで泣いたり、
悪夢や変な幻覚を見る事も増えた。
いつも苦しくて、辛くて、
だけど何故か看護師さんに相談しなかった。
色々な物が、生きることがこわくて怖くて
仕方なかった。
日中普通にふざけたりもしていたけど、
内心怯えまくっていて
苦しかった。
早く誰か
私を殺してくれ、と思っていた。
今思うと、絶対看護師さんに
その気持ちを訴え
個室に変えて貰い、診察の回数を増やすべきだったと思う。
あの頃の私は
特に不安定で、まともじゃなかった。
何であんなに辛かったんだろう。

そのうち
私は誰も殺してくれない事に
イライラするようになった。
病院の中では自殺なんか出来ないと
思っていて、
誰かに早く殺して欲しいのに
いつまでも襲われないことが不満だった。
段々、誰も私を殺さないなら
私が人を殺してやる
と奇妙な考えが芽生え始めた。
振り返ると、本当に何の脈絡もない
意味不明な思いなんだけれども、
あの時の私は
「自分の代わりに誰かを殺す」という
異状な考えに異常に固執して、
完全に自分の暗い精神へ
閉じこもっていた。

そして私は、心にうずくまったまま
その夜を迎える事になる。
私はベッドでじっと目を見開いていた。
恐怖や苦痛が最高潮に達し、何かおそろしいものが
私のすぐ側まで来ていた。
私を睨み付けて、貶めようと
不気味な奴に
首の近くでぬるい息を吹きかけられているような、どうしようもない怖さ。
少しも眠れず、興奮して気持ちが高ぶっていた。
腹の底の方がひきつれて、
きゅうっと震えていた。
今だ、と思った。
もう殺そうと思っていた。
私の爪先の方、真向かいにあの子がいた。
今しかない、殺そう。
躊躇いとかは別になかった。
なぜ仲の良いあの子を選んだか?
ただ、目の前にいたのがあの子だった。
それだけだ。

私は多分、
ぱっと布団をめくったのかもしれない。
政治家の言い訳みたいだけど、
断片的にしか思い出せなくて
何だかはっきり覚えていない。
夢みたいな感じだった。
実感があるのに、なんだか現実味がない
変な感じ。

気がついたら、本当に気がついたら、
私はあの子の上にまたがって
首に手をかけていた。
私は
「殺す」と言った。
一緒に窓辺でじゃれあって、
一緒にちゃおを見て、
退院する時は連絡先を
教えあいっこしようね、と約束しあった子に
「殺す」と言って
首をしめていた。
はあはあと息も荒かったし、
汗が吹き出た。
高揚感と緊張で
頭がぼうっとなった。
それでも変に覚めている感じもした。
私はその時どんな顔をしていたんだろう。
女の子は
物凄く怯えた顔をしていた。
今まで見た事がないくらいに
こわがっていた。
確かに私をこわがっていた
パジャマ姿の女の子が
やめて、と私の手を振りほどこうと
必死にもがいていた。
でも女の子は
私より小柄で力もなかったから、
押さえつけるのは簡単だった。
さあ、殺さなきゃと手に力を込めようとした
その時

女の子は
「殺さないで」と涙を流した。
普通涙はいやにべとべとして、
水みたいに垂れるだけだ。
でも彼女の涙は、小説の描写によくあるが
ガラスみたいにきらきら光っていた。
ドアから漏れでる
ナースステーションのわずかな灯りが
彼女の雫に反射して、
壊れそうにきらめいていた。
ぼろぼろ溢れるのではなく、
ガラスがたった一筋
小さな頬に溶けていく。
不思議だった。

私はぎょっとした。
同情したとか良心が痛んだとかではなく、
驚いたのだ。
何故、泣く?
何故、涙を流す?
分からなかった。
その時一瞬
昔私がお腹によく包丁を突き立てていた事を
思い出した。
もちろん血が出る程ぐさっと刺すのでなく、
切っ先が皮膚にすっと触れるくらい
軽く当てた。
もしこのまま強く押したら
きっと死んじゃうだろうなぁ、
と緊張しながら
試すように当てていた。
死んじゃうかも、死んじゃうかも
遊びのつもりだけど
でも本当は死にたい、
ふわふわと夢をみるように
当てていた…
私は
その時の事が何故か頭をよぎり、
怖じ気ついた。
萎えたっていうのかどうか、
でもとにかく手の力をふっと緩めた。
その隙に女の子は
私を力一杯押し上げて、
裸足のまんま
勢いよくドアから飛び出していった。
逃げられちゃったなぁ
とかぼんやり思った。
ぽつんと一人だけ
残された、置いてきぼりにされた
という感覚の中
どうする事もなく
ベッドに座り込んでいた。
ふわふわと夢の中にいるようだった。

その後すぐ
夜勤の看護師さん二人が
私の腕を抱えて
別室に施錠した。
しばらくしてお医者さんが来て
アレコレ幾つか質問し、
私は数週間か何ヵ月なのか分からない間
その別室で寝起きした。
ある時
一人の看護師さんに
「どう?夜眠れない?」と聞かれた。
特に意味を考える訳でもなく
元から不眠だったので
「はい、眠れないです」と返した。
すると看護師さんは
「そうよね。寝れなくて、当然よね。
あの子は今も怖くて夜眠れないのよ」
と静かに言ってきた。
静かな、でも怒りを圧し殺した目だった。
私は体がすーっと冷たくなったけど、
そりゃそうだろうな
とか思いながら黙っていた。
前に私が描いた絵の事で
その看護師さんに怒られたことがあったけど、
その看護師さんが言うことはいつも
正しかった。
看護師さんは
その女の子を可愛がってたのかな?
とかも考えながら
ただ私は黙っていた。

これで以上だ。
ちなみに、私は別に反省している訳でも
後悔している訳でも、罪を償いたい訳でもなんでもない。
許されない事だと思うし、
倫理観を踏みにじった行為であるとも
分かっている。
でも、心から悪いとは思っていない。
精神の芯から良心に苛まれて、
罪悪感を感じてはいないのだ。
悪に気持ちが動かない。
私はそういう大事な部分が
どうも鈍いらしい。
感性が貧しいのではない。
偉大な古典文学を読んで感動したりするし、
友達と話していて
面白いと大笑いするし、
美術室でシャガールの画集を初めて見た時は
とんでもない衝撃を受けたし、
薫製いかさきを食べた時は
めちゃめちゃ美味しくて心が弾んだ。
むしろ人よりだいぶ感受性豊かだと思う。
周囲にはわりと、明るい気さくな奴に
思われている。

でも、ふとした時私は冷めている。
人と接していくうちに
だんだん気づいた事だけど、
世間から
悪だとか残酷だとか悲しいとか
言われる事に大して
私は不感なのだ。
女の子の首を絞めるなんて、悪だ、
クズのする事だ、最低だ、確かに罪だ
で?
だから何?
という感じ。
私は悪について考え込んだり、
悪を感じることは好きだけれども
でも、それで
善良な人のように
悔い反省することはない。
可哀想だなと思う。
凄く怖かったろうなぁ、ずっと寝れなかっただろうなぁと思う。
傷ついただろうなぁと。
他人事のように思う。

一方で私は普通にSNSで
「性犯罪とか最低」
「虐待なんて酷すぎる」
とか書き込んだりもする。

可哀想とは思う。
本気で
私は何て酷い事をしているんだ
と心から感じたりもする。
でも感じるだけで
その後に自責の念が襲ってくることはなく、
じゃあもっと酷くしようと
さらに卑劣さが増すようにする。
その方が気持ちいいから。
悪には快楽を感じる。
多分、あの時女の子の首をしめて
興奮していたのは、
気持ちよかったからだと思う。
私が日頃読書に勤しんで
負の傾向の物、悪について思索したり
悪意ある行動をとったりするのは、
より激しい快感を得る為だった。
そう、快楽。
脳汁が溢れだして
意識がぶっ飛び、
ふわふわと夢をみるような心地。
私は卑劣な行為から
そんな物を感じとる。

三度目の殺人という映画で
「生まれてこなければいい人間なんて
一人もいないんですよ😄」と
若い弁護士が発言していた。
私は「いる」と思う。
例えば、私は生まれてくるべき人間じゃないと思うし、
犯罪者のニュースや書籍を読む毎に
その思いは強まっている。
その人間の悪どさがどうとかいう話ではない。
単純に
「生まれてこなければ
絶対本人や周囲にとってもよかった」と
考えている。
自分の娘を平気でレイプしたり、
幼なじみの首をちょんぎって射精したり、
仲良しの女の子の首をしめて興奮したり、
そんなことをする人間は
どうやっても生き辛い訳だし
苦しいし、周りの人間からすれば
果てしなく迷惑だ。
誰にとっても生き地獄だろう。
私が言えたことではないが
「生まれてこなければ」
あらゆる不幸を避けて、
あらゆる平穏を守れたのに
何が「一人もいないんですよ😄」だ。
悪をその身に感じた事のない
人間が口にする
愚かで希薄な言葉だ。

とりあえず
私みたいな人間は
さっさと死ぬしかないと思う。
ああいう事を無くしたいなら
私みたいな人間を
片っ端から死刑にするか
刺し殺すしかないだろう。
私は
世間で凶悪だと言われる
重犯罪者が大嫌いだし 軽蔑しているし
よく批判したりする。
彼等を非難する資格なんざ
私には少しもない。
けれども、自己嫌悪から
同族の犯罪者に苛立つのだ。
大嫌いな醜い自分の姿が
画面の向こうに重なって
どうしようもなく憎しみが沸く。
私もいつか
ふとした拍子に今度こそ
誰かを殺してしまうかもしれない。
殺人は運だ。
ある奴は何かの偶然で
刃先が数センチ横にずれ
助かったのだし、
ある奴は何かの偶然で
打ち所が悪いところに頭をぶつけて死んだ。
何かの偶然と運のさじ加減で
結果はどのようにでも転ぶ。
事故にも殺人にもなる。
こんな曖昧に気紛れに
変化する物ならば、
結局明確な殺意を持っていれば
皆同じではないか。
殺人行為というのは
遺族感情や人々の非難の声など
人の感情によって罰せられるのだから、
その殺意を中心に扱わないのは
おかしいと思う。
だから、私は殺人者と何も変わらない。
私は殺人者だ。

苦しい。
苦しくて仕方ない。
だから死ななきゃ。


補足:ちなみに、上の鳥の絵は私が腕切った血で描いた物です。


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