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【連載】訪問者4(魔法仕掛けのルーナ22)

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 アレクは砂利道に立っていた。両脇は背の高い石の壁で、正面にまっすぐ行くと左右に道が分かれているようだ。突き当たりに植え込みが見える。
「おっと、立ち止まるなよ。行った、行った」
 急かされて振り返ると、先ほどくぐった煙のカーテンからジョージが顔を出したところだった。アレクは慌てて後ずさった。
 間も無く煙の中からジョージが全身を現し、アレクの横に立ってきょろきょろとあたりを見回した。そうしているうちに煙はにわかに薄くなり、消えてしまった。代わりに見えてきたのは壁だ。彼らは袋小路に立っていた。
 背後から「にゃあ」と気怠げな鳴き声がした。
 どこから湧いて出たやら。植え込みの前に痩せた猫が一匹、こちらを向いて鎮座している。猫は男二人の視線が自分に集まるのを待ってから、向かって左の方へゆっくりと歩き出した。
 ジョージがぽんとアレクの肩を叩いて言った。
「ついて行こう」
 アレクは混乱し通しだったが従うほかない。
 アレクとジョージは袋小路を抜け、猫の背を見つめながらゆっくり歩みを進めた。猫は、人気のない細い路地を右に曲がり左に曲がり、また右に曲がり……決して振り返ったり立ち止まることはなかった。
 アレクが道順を覚えるのを放棄した頃、ジョージがにこやかに口を開いた。
「何が起こったか聞きたいかい?」
「そりゃあもう」
 しかめっ面のアレクを見て、ジョージはくくっと面白そうに笑う。
「そうだなぁ、何から話そうか。何から聞きたい?」
「……ここはどこですか? さっきいた部屋は?」
「ここは七番ゲート付近。の、はずだ。どのあたりかは俺にもわからない。ここへは魔法道具《マジックアイテム》を使って転移してきた」
「魔法道具?」
「やっぱり使ったことない? 魔力を吸って、あらかじめインプットされた魔法を起動する道具のことを言うんだ」
「あのビー玉みたいなやつがそうですか?」
「そうそう。
 転移ってのはすごくデリケートな魔法なんだ。成功させるにはいくつも条件がある。ヒース——さっきのごついやつのことだけど——あいつは、大枚はたいてあれを買って、こっそり運び屋をやってるってわけ。
 この街はバカに広いからね。急いでる時は便利だよ」
 ジョージは軽く肩をすくめてから、アレクの顔を見やった。
「使い魔《ファミリア》って知ってるかい?」
「いいえ。なんですか?」
「魔法使いと特別な主従契約を結んでる動物のことをそう呼ぶんだ。あの猫はヒースの使い魔だよ。どこかに同じ魔法道具を持たされてるはずだ。それと……案内役ってところだろう」
 アレクはそれを聞いて鼻白んだ様子で、あらためてまじまじと猫を観察した。
「……普通の猫ですよ」
「そりゃあそうさ。人が従えられる動物なんて、たかが知れてるんだから。
 ただ、使い魔になると主人と意識の一部を共有する影響なのか、ちょっと理性的になるから、この街でなんとなく賢そうな動物を見かけたら気をつけた方がいい。誰かさんは街中に使い魔を放って商売を手伝わせてるし、似たようなことをやってるのは一人や二人じゃないからな」
 アレクはとても暗い気分になった。
(動物相手にも気を抜けないのか……)
 そうこうしているうちに、だんだんと道幅が広くなり、人とすれ違うことが増えてきた。
 ジョージが軽く周囲を見回す。
「ふむ、大体わかった。案内はもういいよ。ご苦労さん」
 声が届いたのだろう。猫がピタッと立ち止まり、初めて振り向いた。
「帰りもよろしく。ゲートで落ち合おう」
 ジョージは言いながら猫に歩み寄り、腰を落とす。紙袋の中を軽く探った左手は、小さなベーコンのかけらをつまんでいた。彼が「チップだ」と言ってそれを放るのと、弾かれるようにジャンプした猫の口にベーコンが収まったのは、ほぼ同時だった。
 猫はまるで何事もなかったかのようにツンとしっぽを振ると、アレクの脇を通り過ぎてどこかに行ってしまった。

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