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篝火(鬼と蛇 細川忠興とガラシャ夫人の物語 19)

篝火(鬼と蛇 細川忠興とガラシャ夫人の物語 19)

 ※画像では、「ルビつき縦書き文」をお読み頂けます。

目次 鬼と蛇 細川忠興とガラシャ夫人の物語

前回のお話 第十八話 「前触れ」

篝火

 

 その日、長岡の城下町の大きな街道沿いには、よい匂いのする薪を置いた篝火が並んだ。夕闇が落ちる頃、次々に火が点され、ひとつひとつに蛾が群れてちらちら揺れる。
 城の中で珠子を待つ忠興は、緊張で今にも爆発しそうだったが、ただ珠子に恥ずかしくない婿であ

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モノクロームカフェ またの名を、ちびブタ彼女とその一生 完結(中編小説)

モノクロームカフェ またの名を、ちびブタ彼女とその一生 完結(中編小説)

10・ モノクロームカフェ

真亜子はカフェの入り口に立っていた。
きょとんとして真亜子は右、左と頭を動かしたが、友人二人の姿もどこにも見えなかった。
あれ、間違えちゃったかな?
店内には誰もいない。
狐につままれたような気分でいたが、真亜子はこんな時にあまり気にしない。一足、二足さっき出たばかりのカフェにまた足を踏み入れる。

腰回りが妙にふさふさしている。
真亜子は下を向いてからびっくりしたよ

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モノクロームカフェ またの名を、ちびブタ彼女とその一生 8(中編小説)

モノクロームカフェ またの名を、ちびブタ彼女とその一生 8(中編小説)

9. 外へ

咲菜がトイレから出ると、ベレー帽を斜めにかぶり、真っ白なモッズコートを来た婦人が背筋を伸ばしてゆっくりと通り過ぎた。
追い抜きかねて咲菜は仕方なく後をついて歩く。
カフェからはカバンを小脇に抱えた大きな黒ぶちめがねの小柄なご婦人が出てくるのが見えた。さっきまで咲菜たちの会話を咎めるような目で見ていた老婦人だ。
「あら」
「まあ」
ベレー帽の女性は立ち止まって、黒ぶち眼鏡のご婦人と立ち

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モノクロームカフェ またの名を、ちびブタ彼女とその一生 7(中編小説)

モノクロームカフェ またの名を、ちびブタ彼女とその一生 7(中編小説)

8. 葬儀

真亜子ははっきりと覚えている。

「叶江ちゃん…本当に、本当にいい人だったわね、あんた幸せね」
咲子おばさんが涙を押さえながら叶江の前に手をついた。
小柄な背中を丸めている咲子の前で叶江は化粧の上からでもわかる真っ白な唇を左右に結び眉をひそめ、周囲を見渡していた。

「運ばれた時にはもう遅かったんですって」
「そんな死に方、男らしいわ。介護もせずに、生活出来るだけの準備は残して…叶江

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モノクロームカフェ またの名を、ちびブタ彼女とその一生 6(中編小説)

モノクロームカフェ またの名を、ちびブタ彼女とその一生 6(中編小説)

7. 奔流

「え、それで叶江おばさん、会社がつぶれても別れなかったんだ」
「騒がなかったの?」
「騒いだよ」
「騒いだんだ。そりゃそうか」
「でもね、おじさん相手だと喧嘩にならないんだよね~」

放漫経営と先々代から続く散財で、再建の見込みはまったくなかったが、花実は素直に現実を受け入れた。
花実は派手で美しい妻におずおず伝えた。
「あのね、僕は相続放棄しようと思うんだ」
叶江はまるで興味なさそ

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モノクロームカフェ またの名を、ちびブタ彼女とその一生 5(中編小説)

モノクロームカフェ またの名を、ちびブタ彼女とその一生 5(中編小説)

6. 溶け合う時間

西条花実は控え室のパイプ椅子に座って頭を落としていた。ぶらぶらさせている足元のタキシードのすそはもうひきずっていない。
さっきまで高揚していた気分は、また風船がしぼむように花実から抜け出てしまっていた。
逃げ出したい。ここから。すべてから。

男ぶりが評判の叶江の従弟は、来なくてもいいのにこんな衣装あわせの場にまで押しかけてきて言う。
「おじさん、叶江ちゃんが可哀想だよ」

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モノクロームカフェ またの名を、ちびブタ彼女とその一生 4(中編小説)

モノクロームカフェ またの名を、ちびブタ彼女とその一生 4(中編小説)

5. 2019年 女子会とコイバナは続く

「さきなちゃんあたしそれめっちゃ興味ある。いったいどこで知り合ったの?」
真亜子はぐっと体を前に突き出して咲菜の方に体を乗り出した。
着物を着た小柄なおばさまがた二人が店に入って周囲を見回す。普段から着物で生活している人でなければ出せない物腰でレジに向かった。
「知り合ったのは普通に友達の友達だよ。一緒に遊んでる子たち」
その彼はお世辞にも整った顔立ちと

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モノクロームカフェ またの名を、ちびブタ彼女とその一生 目次(中編小説)

モノクロームカフェ またの名を、ちびブタ彼女とその一生 目次(中編小説)

1. 1977 昭和52年の百貨店

2. 2019 令和元年の雑居ビル(1に同じ)

3. 2019 令和元年の女子会

4. 1977 昭和52年のホテルの一室

5. 2019 女子会とコイバナは続く

6. 溶け合う時間

7. 奔流

8. 葬儀

9. 外へ

10・ モノクロームカフェ

モノクロームカフェ またの名を、ちびブタ彼女とその一生 3(中編小説)

モノクロームカフェ またの名を、ちびブタ彼女とその一生 3(中編小説)

4. 1977 昭和52年のホテルの一室

四十年後にれいらと咲菜が待っていたのと同じ席に女性が二人座っていた。一人はこれでもかというほどのミニスカート、一人はブーツカットのジーンズでいる。席はフロアのほぼ真ん中、入り口からもレジカウンターにも近く、すべての席から見える位置にある。
二人とも口を閉ざしたままティーカップをかき混ぜている。
「咲子、ちょっとどう思う。かなえちゃんの相手」
ジーンズの彼

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モノクロームカフェ またの名を、ちびブタ彼女とその一生 2(中編小説)

モノクロームカフェ またの名を、ちびブタ彼女とその一生 2(中編小説)

3. 2019 令和元年の女子会

店は賑わっていた。
黒服の少女が足早に店内に入ると、テーブル席はほとんどが埋まっている。
こんな奥深く探しても迷うような場所に、誘導の看板も出ていないのにどうして?と疑問に思うほど混んでいる。ざわめく人の声があちらで高まりこちらで静まりとめどなく続いていた。軽快なジャズが流れ、壁にはウォーホルが飾ってある。
ほとんどが女性客だった。

一つのテーブルで手を振る姿

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奇禍に飛び込む 御徒町編 5(中編小説)

奇禍に飛び込む 御徒町編 5(中編小説)

目次

「わたしがそれ以上の値段で落札すればいいってことですか?これ、即決に変えてもらえません?」
「即決、即決ねえ…」

男はもぐもぐと口の中で言いながらパソコンをいじって入札を確認する。
いくら確認しても値段は同じはずだ。
どうすれば一番儲かるか、この客がなぜこんな明らかなきず物のジャンク品を欲しがっているのか、どうすれば高く売りつけられるのか考えている。
男は大きくため息をついた。

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奇禍に遭う 新宿編 6(中編小説)

奇禍に遭う 新宿編 6(中編小説)

目次

倒れ込むように自宅の扉を開く。
朋子がどたどたと廊下を走って駆け寄ってきた。
心配して暗い顔をしているかと思えば目はきらきらと輝き頬は紅潮している。

「まだ寝てなかったのか」
「ねえねえ聞いて!今日、オークションで何を見つけたと思う?」

うるさいな。
そう口には出さず黙ったまま邪険に押しのける。

「風呂に入る。寝かせて」

妻は敏感に察知してしょんぼりした。それきり黙って静かにしてい

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奇禍に遭う 新宿編 5(中編小説)

奇禍に遭う 新宿編 5(中編小説)

目次

「すみません」

北村は頭を下げ続けたが、それ以外の台詞はほとんど何も言わなかった。
安易にクリーニング代については後日お話させて頂きます、なんてうっかり言ってしまったらあとが大変だ。
相手は苛立った。

「お前じゃ話にならねえわ、社名教えろ。名刺出せ」

反射的に上着のポケットに手を当てたが、上着もカバンも吐瀉物にまみれたのを呉に押し付けたままだった。

「ありません」
「はあ?何言って

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