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ブログ(note)に対する目的のセットアップ

ブログ(note)に対する存在意義は人それぞれ。絶望から救い出してくれたブログ(note)に対して感謝すると同時に、改めてどう向き合うかを考えています。

これまでは、下衆な話だけど「評価」「自信」を得るためでした。そこから次のステージに向かうために何を軸に据えるのか。

自分の人生観をテーマに、今から思い付くところを書いてみます。


自分自身の歴史の振り返り

ブログ(note)の出会いは偶然でした。そこから新たにブログ(note)を始めたのは、うつ病上がりで何も無い自分を脱したい気持ちからでした。

始めた当初は「何でも良いから書き続ける」ことを徹底していたように思います。しばらく続けて、次に「理系方面の記事を書く」にシフトしました。やはり、実績を重視(偏重)していた気がします。

この内容は取り組んで2年ほどの話です。更に2年が経過して、4年目は逆張りのようにリアル(現実)に自分を戻してみました。

ブログ(note)は一時的に距離を置いていました。

現在はリアルから出戻りしました。明確な成功体験こそ作れませんでしたが、原点回帰を優先する決意に繋げられたので、良い経験ではありました。

原点回帰したいま、ブログ(note)を少しだけ新しい方向に進めたい。これまでの土台を踏まえて、新たに内容を拡大させたい。それが今の本音です。

自分自身の鎖の再認識

寓話で「鎖につながれた象」の話があります。自分の限界を勝手に決めて、自分に秘められている可能性を自分から潰すこと。心理学の用語では「学習性無力感」と言うそうです。

学習性無力感はうつ病の思考と似ていて、これまでの時間は自信を取り戻すためのリハビリに充てた時間でもありました。

これまでを振り返ると、無理して自分に課した鎖を断ち切ることに集中していた気がします。鎖を決定的な悪と見做していました。

鎖の存在はブログ(note)を続ける糧でした。そこからブログ(note)の人間として周囲に認知されて自信が付きましたが、目的も一緒に薄まる気がしました。

原点回帰からブログ(note)を楽しむ

ブログを続ける目的は「自分自身を救うこと」と過去に書いていました。これまではうつ病の自分を救うという意味でした。

そこから鎖を断ち切る方向に向かいましたが、結局は違和感が増幅する事態に見舞われた。過去の自分の事象を全消ししたい自分が居たような気がします。

自分の想いを文章で表現する。自分の中にあるモヤモヤなどを昇華する作業であると捉えていますが、そこを更に深掘りするのもアリだと思いました。

改めてブログ(note)に向き合うからには、新しい目的が欲しい。原点回帰を踏まえて、心より「楽しむ」ことを新しい目的に掲げてみました。没頭するほどに楽しむことを指しています。

ブログ(note)の存在があの時の絶望していた自分を救い出してくれた。絶望は一旦はクリアしたので、そこから次にステップアップします。

おわりに

鎖に繋がれた自分を脱することをこれまでの主な課題と考えてきましたが、別の視点から「鎖」と共存する考え方をしてみました。

それでもブログ(note)を続けることに変わりはありませんでした。そこで、自分なりに更にブログ(note)を楽しむことに舵を切ることにします。

こちらの記事は、人生観に関する話の最初として、今後も忘れないようにしたいです。

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最後まで読んで頂き、ありがとうございます。この記事があなたの人生の新たな気づきになれたら幸いです。今後とも宜しくお願いいたします♪♪
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