「つらい」という感情から、目を背けなくていい
みなさま、お久しぶりです。yumitです。
今回はアートセラピーとは少し離れたお話になりますが、
先日(といってももう半年以上前…)、雑誌に記事を寄稿させていただきました。
YORi -SOUがんナーシング という、がん看護領域の専門雑誌です。
メディカ出版という出版社さまから出ています。
かなり専門度の高い領域なのですが、とても読みやすく、臨床の現場に立つ人にとって役に立つ雑誌だと思います。興味のある方はぜひお手に取ってみてください。
なぜ私がこんな専門誌に寄稿させていただいたかというと、職場で【緩和ケアチーム】という多職種チームの一員としても働かせてもらっているからです。
いうまでもなく、難しいお仕事です。本当に。
ただ、物理的な“痛み”や“不快感”、“不便”を解決できる医師、看護師さん、薬剤師さん、社会的な問題を解決できるソーシャルワーカーさん、回復に向けてQOLを支えてくれる栄養士さん、OTさん、PTさんたちに比べると、心理士の出番はそんなに多くありません。
もっと言うと、緩和ケアチームのスタッフはみんな心のケアに優れているので、わざわざ心理士がカウンセリングという形を取らずとも、日常のケアや会話がそのまま心のケアになっているケースが多いのです。患者様としても、知らない人にデリケートな話をするより、日頃ケアしてくれて、体の状況をわかっている看護師さんに話した方がずっといい、という人もいます。
(うちのチームも、皆さんとっても傾聴が上手です)
それでも「時間を取ってゆっくり話したい」と心理士の介入を望まれる方もいらして。そういう患者さんからお話を聞かせていただくと、ハッと気づかされることが多いです。心の痛みは、体に比べたら後回しにされることが多いけれど、だからといって決して些細な問題なんかじゃないんだと。
治療があまりにも過酷で苦しいものになり、先が見えなくなってくると、心のエネルギーを消耗し、徐々に気分の落ち込みや無力感が生じてくることがあります。そうすると食事、睡眠、免疫機能のすべてに影響が生じてきます。時に治療の深刻な妨げになったり、回復を阻むものになりうるのです。
心と体って、深く繋がっているのですよね。
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以前、末期ガンの女性のベッドサイドでお話を聞いていたとき、
いつもあまり弱音を吐かない彼女が、じっと私の目を見て、おそるおそる
「つらいです…」と言ったことがありました。
彼女は何度も大変な治療に耐え、ありとあらゆる痛みに耐え、吐き気や不眠や不安や恐怖に脅かされながら、それでも自宅退院を目指して頑張っていました。そんなの辛いに決まっています。ずっと辛かったでしょう。辛いなんて言葉では足りないくらいです。
私は余計な口を挟まず、ただ小さくうん、うん、と頷きながら聴いていました。
彼女は、私の表情をじっと確かめながら、「苦しくて、本当はもう何もかも終わりにしたいと思うこともあるんです」と、打ち明けてくれました。
私はただ、当然だ、無理はない、と思って、彼女の気持ちを聞いていました。彼女の言葉を遮らないよう、表現の邪魔をしないよう、じっと。
彼女はしばらくして、まるで悪いことをしたかのように
「ごめんなさい、こんなこと言って」と謝りました。
私が「なぜ謝るんですか」と尋ねると、彼女は
「私が“辛い”、と言うと、みんなを困らせてしまうから。治療してくれてる先生も困ってしまう、毎日色々してくれる看護師さんの気も悪くしてしまう。夫にも負担に感じさせてしまうし、子どもにももっと心配をかけてしまうから。
夫に“辛い”、と言ったら、『そんなこと言わないでくれ、頑張ってくれ』って言われて。先生に辛いって話をしたら、『それはいけませんね、ではメンタルのお薬を飲んでみましょうか?』って。『これまでも頑張ってこれたんだから、前向きに頑張りましょうね』って。私、つらいって言ってはいけなかったのかなと思って。そんなこと言ってもしょうがないんだから、我慢しなくちゃと思っていたんです」
と、お話ししてくれました。
「だから、“つらい”って、ずっと口に出して言えなかったんです」と。
私は、自分の役割を彼女に伝えて、今後はネガティブな気持ちであろうと何一つ我慢せずに話してほしいと言いました。「苦しい気持ちは、一人で抱え込むよりも、他者に話して伝えた方が、心の負担が軽くなることがわかっています。ご自身が感じていること、せめて私の前では我慢しようとしないでください」と。
「つらいって言ったってどうしようもないことくらい私だってわかってたんです。誰にもどうしようもないことくらい。だけど、ただうん、うんって聴いて欲しかったんです。辛い、痛い、苦しい、耐えられないって。私は、私のこの気持ちを、そうだね、って、ただ聴いてくれるだけでよかったんです」
彼女が自宅に戻られるまで、私は時折お話をうかがいに行きました。
精神科の患者様へのケアに限らずとも、心理士には心理士の役割があるのだと、大切なことを教えてくれた患者様の一人です。
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医療の現場に限らず、私たちは他人の「つらい」という気持ちを聞くと、反射的に励ましてしまいたくなります。
まるで何か都合の悪いものでも見てしまったかのように、慌てて元気づけたり、そこから目を背けたり、わざと明るい話題を提供してみたり。
「これ以上沈ませないようにしなくちゃ」「悪い方向へ持っていかないようにしなくちゃ」と思うからでしょうか?「何か助けになることをしてあげないと」と。
もちろんそこに悪意はありません。
ただ、そういう、「つらい」気持ち、悲しみ、苦しみ、痛み、ネガティブな感情に対して、もっと素直に共感してもいいのかもしれない、と思ったのです。
その人はただ、「その気持ちを否定せずに聴いてもらえるだけ」で、少し楽になれるかもしれない。
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実際にやってみるとわかるのですが、自分が助けることのできない相手のつらさについて共感的に聴くというのは、なかなか"つらい"作業です。
目の前で苦しんでいる人がいるのに、何の役にも立てない自分の無力感。罪悪感。自責感。
でも、まずはその感情から目を背けたり蓋をしたりせず、しっかりと受け止めてあげること。打ち消したり否定しようとしたりせず、じっと聴いてあげること。それこそが大切なのかもしれません。
(もちろん、そこから"つらさ"の解決に向けて、具体的なアプローチをしていくわけですが)
これは普段の生活の中で、ご家族やお友達やパートナーとのやりとりの中でも共通することかもしれませんね。
そういえば、先日見かけた宇多田ヒカルさんのインタビュー記事の中にも
という文章を見かけました。
ネガティブな感情も、怖がらず、否定せず、自分のものであれ他人のものであれ、そこにあるものとして、ただ認めてあげられたらいいのかもしれません。
そんなことを、患者様に教えてもらいながら、お話をお聴きする日々です。
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