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神経科学と情報科学の境界領域で研究  趣味: 生命科学

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生命の謎

生命の階層性、分子から行動へのつながり、個体差、そして生命とは何か? 生物学は様々なことを明らかにしてきたが、まだまだ生物には分からないことだらけで、人類の存続…

えぬ
2年前
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脳機能局在論と最近の進展

ヒトの脳には約1000億個の神経細胞が存在するといわれている。 この1000億個の神経細胞は、どのように我々の感覚や運動情報、記憶を生み出しているのだろうか? ここには2…

えぬ
5日前

情報で捉える生物学入門#1 【生物は遺伝子の乗り物である】

僕たちは、個体の特徴を決める遺伝子を細胞内に保持していると、生物学で習う。これはもちろん正しいのだが、生物個体を中心に据えた見方を脱却し、一歩引いて考えると、遺…

えぬ
12日前
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創造とは何だろう?~生成AIがもたらすヒント~

僕らはとても自分には思いつかないアイデアが具現化されると創造的なように感じる。 芸術家の描く絵はどれも素人には真似できないものだ。 しかし、一般人に描けないもの…

えぬ
2週間前
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続・ドーパミンは本当に報酬予測誤差を表現するか?~ANCCR:因果的連合学習におけるドーパミンの役割~

アイスクリームを食べられると幸せである。また、ヒトはそれを幸せに思い、アイスクリームを食べるためにはどんな手掛かりも見逃さないように進化している。では、私たちは…

えぬ
3週間前
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第六感~地磁気感覚は獲得可能か?~

ヒトの五感 ヒトは視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚の五感を感じることができる。これらの感覚入力をもとに僕らは周囲の世界を理解し、それを体験している。 しかし、他の動…

えぬ
1か月前
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モノシナプス結合を示す3つの実験的手法

記憶など、脳の情報の多くは、脳の配線に蓄えられていると考えられる。神経科学の研究をしていると、神経細胞が直接的に結合 (モノシナプス結合) しているかを明らかにした…

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1か月前

生物クイズ#最終回【ゲーム理論と集団遺伝学】

問題 今、対立遺伝子A,Bがあり、遺伝子型AAの個体は攻撃性が強く(タカ型)、BBは穏やか(ハト型)、ABは中間の形質(中間型)を持つとする。これらの個体間の争いを点数化して…

えぬ
1か月前

タコの驚異のカモフラージュ~環世界とか多様体仮説とか~

カメラが岩肌に近づいていく。ある一定距離を閾値として、岩の灰色は純白に変色し、僕たちは気づかされる。そこにタコが潜んでいたのだと。 タコの周囲に溶け込むカモフラ…

えぬ
1か月前

合成遺伝子回路による細胞分化の頑健性獲得

私たちは多数の細胞から構成される多細胞生物である。単細胞生物は一つの細胞で生命の維持に必要なすべての機能を実装する必要があるのに対し、多細胞生物では、全身に酸素…

えぬ
2か月前

相分離生物学:分子からマクロへの架け橋

相分離 分子で説明されるミクロな現象と生物の表現型などマクロな現象のギャップをつなぐのが相分離生物学である。相分離とは、細胞内で特定の分子が集まり、その他の成…

えぬ
2か月前
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生物クイズ#11【生物学で最も美しい実験】

問題 N¹⁵の放射性同位体を含む培地で育てた大腸菌をN¹⁴の培地に移して分裂させる実験を行った。移し替えた瞬間の世代数を0とし、それ以後の複製ではN¹⁴のみが取り…

えぬ
2か月前

科学の目的はなんだろう?

AIによる高次元科学の可能性 大規模言語モデルは、科学の世界でも応用され始めている。タンパク質の構造予測や化学実験の自動化などはその例である。ノーベルチューリン…

えぬ
2か月前
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HyenaDNA: ゲノム配列の長距離依存関係を解明する基盤モデル

大規模言語モデルはゲノムの言語を読み解けるのか? 2003年にヒトのゲノム配列が解読された。それはヒトDNAの配列解読競争の1つの終わりを意味したが、そのATGCの4文字の…

えぬ
2か月前
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ゲノムからDNNまで:進化はなぜうまくいく?

進化はなぜうまくいくのか? 自然選択の理論によると、進化は環境内での適応度の高い変異を持つ個体がより多くの遺伝子を残すことで起こる。この際に、xy平面に遺伝子配…

えぬ
3か月前

生物クイズ#10【鎌状赤血球症】

問題 鎌状赤血球貧血症は、常染色体上の遺伝子による遺伝病であり、変異型遺伝子(a)のホモの人は貧血により死亡する。ヘテロの遺伝子型(Aa)を持つ人はマラリア原虫への耐…

えぬ
3か月前
生命の謎

生命の謎

生命の階層性、分子から行動へのつながり、個体差、そして生命とは何か?

生物学は様々なことを明らかにしてきたが、まだまだ生物には分からないことだらけで、人類の存続している期間では明らかにできないことも多々あるだろう。

数学が簡単だとは全く思わないが、そもそも人類が作り出した学問で、厳密に議論できる理論体系が出来上がっている。一方で、生物はもともとなぜか存在している(できている)もので、曖昧ゆえに

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脳機能局在論と最近の進展

脳機能局在論と最近の進展

ヒトの脳には約1000億個の神経細胞が存在するといわれている。
この1000億個の神経細胞は、どのように我々の感覚や運動情報、記憶を生み出しているのだろうか?
ここには2つの対立する仮説が存在する。

1つは機能局在論である。例えば、患者H.M.の事象は、海馬(嗅内皮質)が記憶に不可欠であるという認識をもたらした。前頭葉に鉄パイプが刺さったPhineas Gageの事例は、前頭葉が意思決定や性格の

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情報で捉える生物学入門#1 【生物は遺伝子の乗り物である】

情報で捉える生物学入門#1 【生物は遺伝子の乗り物である】

僕たちは、個体の特徴を決める遺伝子を細胞内に保持していると、生物学で習う。これはもちろん正しいのだが、生物個体を中心に据えた見方を脱却し、一歩引いて考えると、遺伝子は生命誕生から現在まで、生物の生殖というプロセスを通して、形を変えながらも子孫を受け継ぎ続けていると考えることもできる。そのような地質学的な時間スケールから見れば、生物の寿命は一瞬である。その意味で、遺伝子中心の視点で見れば、生物は遺伝

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創造とは何だろう?~生成AIがもたらすヒント~

創造とは何だろう?~生成AIがもたらすヒント~

僕らはとても自分には思いつかないアイデアが具現化されると創造的なように感じる。
芸術家の描く絵はどれも素人には真似できないものだ。

しかし、一般人に描けないものであれば創造的に感じるわけではない。ノイズが一面に広がっている絵を見ても僕らは創造的だとは思わない。では、一般的な分布から外れているにもかかわらず完全なランダムでもない創造性とは何なのだろうか?

睡眠時のSWRはブラウン過程とみなせる

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続・ドーパミンは本当に報酬予測誤差を表現するか?~ANCCR:因果的連合学習におけるドーパミンの役割~

続・ドーパミンは本当に報酬予測誤差を表現するか?~ANCCR:因果的連合学習におけるドーパミンの役割~

アイスクリームを食べられると幸せである。また、ヒトはそれを幸せに思い、アイスクリームを食べるためにはどんな手掛かりも見逃さないように進化している。では、私たちは、どのように環境刺激(アイスクリーム屋の到来を告げるベル)と報酬(アイスクリーム)の関係性を学習するのだろうか?

一般的なモデルでは、報酬予測誤差(RPE)を用いた前向きな(将来を見越した)予測が用いられるとされる。脳における実装としては

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第六感~地磁気感覚は獲得可能か?~

第六感~地磁気感覚は獲得可能か?~


ヒトの五感

ヒトは視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚の五感を感じることができる。これらの感覚入力をもとに僕らは周囲の世界を理解し、それを体験している。
しかし、他の動物に目を向けてみると、全く別のモダリティーの感覚を持つ者もいる。例えば、渡り鳥は地磁気を感知し、それをコンパスとして長距離の渡りを成功させることが知られている。

では、僕らは地磁気という感覚を手に入れることはできないのだろうか?
僕た

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モノシナプス結合を示す3つの実験的手法

モノシナプス結合を示す3つの実験的手法

記憶など、脳の情報の多くは、脳の配線に蓄えられていると考えられる。神経科学の研究をしていると、神経細胞が直接的に結合 (モノシナプス結合) しているかを明らかにしたい時がある。そのような場合にとられる3つの主要な方法を紹介する。

解剖学的結合を電子顕微鏡やエクスパンションマイクロスコピーを用いて可視化する。

1つ目の手法は、細胞同士を直接観察してみてつながっているかどうか調べるというもっとも単

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生物クイズ#最終回【ゲーム理論と集団遺伝学】

生物クイズ#最終回【ゲーム理論と集団遺伝学】


問題

今、対立遺伝子A,Bがあり、遺伝子型AAの個体は攻撃性が強く(タカ型)、BBは穏やか(ハト型)、ABは中間の形質(中間型)を持つとする。これらの個体間の争いを点数化して考え、得られる点数が個体の残せる子孫の数に正比例するとする。タカ型、中間型、ハト型はこの順に争いに強く、強い型は弱い型に100%勝つ。同型同士の争いは勝率50%で、得られる得点は以下の表のよう。

この集団をメンデル集団と

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タコの驚異のカモフラージュ~環世界とか多様体仮説とか~

タコの驚異のカモフラージュ~環世界とか多様体仮説とか~

カメラが岩肌に近づいていく。ある一定距離を閾値として、岩の灰色は純白に変色し、僕たちは気づかされる。そこにタコが潜んでいたのだと。

タコの周囲に溶け込むカモフラージュ能力には圧倒される。なぜこのようなことができるのかについては、固い外骨格などの防御手段を持たないタコが捕食者から逃れるためにこの擬態システムを進化させた、ということで間違いないだろう。不思議なのはどのようにタコがカモフラージュできる

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合成遺伝子回路による細胞分化の頑健性獲得

合成遺伝子回路による細胞分化の頑健性獲得

私たちは多数の細胞から構成される多細胞生物である。単細胞生物は一つの細胞で生命の維持に必要なすべての機能を実装する必要があるのに対し、多細胞生物では、全身に酸素を供給する赤血球、細菌やウイルスと戦うB細胞、脳内で情報処理を行う神経細胞など特定の機能に特化するよう細胞が分化することで、生命としてより複雑で高次の機能を実現することが可能となっている。

一方で、分化しないような突然変異を起こす細胞が生

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相分離生物学:分子からマクロへの架け橋

相分離生物学:分子からマクロへの架け橋


相分離

分子で説明されるミクロな現象と生物の表現型などマクロな現象のギャップをつなぐのが相分離生物学である。相分離とは、細胞内で特定の分子が集まり、その他の成分から区別される物理的な区間を指す。細胞内で異なる機能を持つ特定の環境やコンパートメントを作り出すために重要で、特定の生物学的反応の効率を高めたり、特定の反応から分子を隔離することで反応の調節を行ったりするのに用いられる。代表例として、液

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生物クイズ#11【生物学で最も美しい実験】

生物クイズ#11【生物学で最も美しい実験】


問題

N¹⁵の放射性同位体を含む培地で育てた大腸菌をN¹⁴の培地に移して分裂させる実験を行った。移し替えた瞬間の世代数を0とし、それ以後の複製ではN¹⁴のみが取り込まれるものとする。以下の実験のように、密度勾配遠心分離によってN¹⁴とN¹⁵を含むDNAをもつ大腸菌は分けることができ、バンド(右図のピークの高さと幅)からその存在量の比を推定することができる。

同様の実験を異なる世代数が経過(右

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科学の目的はなんだろう?

科学の目的はなんだろう?


AIによる高次元科学の可能性

大規模言語モデルは、科学の世界でも応用され始めている。タンパク質の構造予測や化学実験の自動化などはその例である。ノーベルチューリングチャレンジは、AIにノーベル賞を取らせるような発見的科学を行わせようとするグランドチャレンジであるが、大規模言語モデルの登場によりそれも可能なのではないかと思えるようになった。AIに科学者の仕事が奪われる、といった類の話も少し現実味を

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HyenaDNA: ゲノム配列の長距離依存関係を解明する基盤モデル

HyenaDNA: ゲノム配列の長距離依存関係を解明する基盤モデル


大規模言語モデルはゲノムの言語を読み解けるのか?

2003年にヒトのゲノム配列が解読された。それはヒトDNAの配列解読競争の1つの終わりを意味したが、そのATGCの4文字の羅列が何を意味するか?というDNA配列の意味を解読する研究の始まりでもあった。そして、20年ほどたった今もその努力はDNA配列解析として続けられている。

ChatGPTに代表される大規模言語モデル(LLMs)は、大量の言語

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ゲノムからDNNまで:進化はなぜうまくいく?

ゲノムからDNNまで:進化はなぜうまくいく?


進化はなぜうまくいくのか?

自然選択の理論によると、進化は環境内での適応度の高い変異を持つ個体がより多くの遺伝子を残すことで起こる。この際に、xy平面に遺伝子配列の空間をとり、縦軸に適応度をとると、生物は適応度地形を上昇するように進化していくということができる。しかし、よくよく考えてみると、なぜこのような進化がうまくいくのかは自明ではない。ゲノムの配列空間は膨大で、多数のあまり適応度の高くない

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生物クイズ#10【鎌状赤血球症】

生物クイズ#10【鎌状赤血球症】


問題

鎌状赤血球貧血症は、常染色体上の遺伝子による遺伝病であり、変異型遺伝子(a)のホモの人は貧血により死亡する。ヘテロの遺伝子型(Aa)を持つ人はマラリア原虫への耐性を持つ。遺伝子Aの遺伝子頻度をP(0<P<1)とすると、AAの遺伝子型を持つ人の割合が高いほどマラリアは猛威を振るうため、Aaの遺伝子型の人の生存率は遺伝子型AAの人の2P倍とする。平衡状態に至ったときのPの値を求めよ。

答え

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