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メスに振られたオスのハエはアルコール摂取量が増える?精神疾患研究のモデル生物としてのハエ

学生時代に読んだ研究論文の中で特に印象的だったものの1つに、「メスに交尾を拒絶されたオスのハエはエタノール(アルコール)摂取量が増える」という研究論文がありました。
恋に破れてヤケ酒したくなるのはヒトもハエも同じなのかなと思ったものですが、ハエはアルコール依存症だけでなく様々な精神疾患の研究のモデル生物として用いられているようです。


満たされない交尾欲をエタノールで満たそうとするハエ

脳には報酬系という仕組みがあり、性的活動・食物摂取・社会的交流などの欲求が満たされるときに活性化して種の生存に必要なこれらの活動をより多くするようになります。
アルコールなどの薬物もまた報酬系の神経回路を活性化するため、薬物依存性の行動につながる可能性があります。

このような自然な報酬と薬物報酬の関係を調べるため、アメリカの研究者らは遺伝的に扱いやすいモデル生物であるハエを用いて実験を行いました。
既に他のオスと交尾済みで2回目以降の交尾を拒絶する交尾済メスと、交尾を経験していない処女メスを用意し、求愛行動を見せるオスをそれぞれの群のメスと接触させました。

その結果、交尾済みメスに交尾を拒絶されたオスは、処女メスと交尾できたオスと比べてエタノールの摂取量が増加しました。
そしてこの行動の違いは、NPFと呼ばれる神経ペプチドが関与している可能性が示唆されました。

哺乳類に存在する類似の神経ペプチドであるNPYもまた、摂食・不安・ストレス・睡眠調節・性的動機・エタノール摂取量の調節に関与することが知られています。
ハエをモデル生物として研究することで、アルコール依存症のメカニズムの理解が進むかもしれません。

睡眠・概日リズムとハエ

ヒトとハエに共通するメカニズムの理解にハエの研究が役に立った別の例として、睡眠や概日リズム(約24時間ごとに繰り返される行動的・生理学的リズム)の研究事例があります。
例えば、概日リズムの分子メカニズムにおいて重要な遺伝子は、ハエを用いた研究で見出されました。

統合失調症・双極性障害・うつ病などの多くの精神疾患では睡眠が損なわれる場合が多いですが、概日リズム・睡眠障害・精神疾患の関連についてはまだ詳しく分かっていません。
睡眠に似た行動はハエにもみられるので、ヒトとハエの類似性をもとに概日リズムだけでなく覚醒のドーパミン作動性刺激や、セロトニン作動性および GABA作動性の睡眠促進に関与する重要な遺伝子の同定もハエの研究によって進んできています。

統合失調症・気分障害とハエ

これまでアルコールなどの薬物依存の研究に用いられてきたハエですが、現在では統合失調症や気分障害といった他の精神疾患の研究にも用いられています。
例えば学習障害のある突然変異体のハエは、シグナル伝達に影響を与える遺伝子に変異があることが判明しており、シナプスの構造的・機能的可塑性を調節することで記憶・学習に重要な役割を果たすことが示唆されています。

統合失調症の原因候補遺伝子は、類似の遺伝子が全てハエにもあるわけではありませんが、いくつかの遺伝子についてハエで研究が行われています。
ある遺伝子に変異があると、社会的に隔離された場合にハエは強い攻撃性や活動低下を示すことが分かりました。
他にも、統合失調症の認知機能低下に関与する遺伝子も見出されています。

また統合失調症と同様に、双極性障害についても重要な遺伝子座が同定されていますし、うつ病についても原因候補遺伝子の変異したハエがうつ病に似た症状(睡眠・食物摂取・交尾頻度など)を示すことが判明しています。

所感:ヒトより単純だから研究しやすい良さがある

ハエは遺伝的に扱いやすくて遺伝子の研究に向いているのもありますし、生物としての構造そのものがヒトより単純なので研究しやすい利点があると思います。
今後もハエを使ってさまざまな精神疾患研究が進んで、原因遺伝子の同定が進み、より良い治療につながったら良いなと切に願います。

最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!

参考文献

  • Shohat-Ophir, G., Kaun, K. R., Azanchi, R., Mohammed, H., & Heberlein, U. (2012). Sexual deprivation increases ethanol intake in Drosophila. Science, 335(6074), 1351-1355.

  • Sheardown, E., Mech, A. M., Petrazzini, M. E. M., Leggieri, A., Gidziela, A., Hosseinian, S., ... & Brennan, C. H. (2022). Translational relevance of forward genetic screens in animal models for the study of psychiatric disease. Neuroscience & Biobehavioral Reviews, 135, 104559.

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