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中国を読む

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東インド会社とアジアの海(羽田正)

東インド会社とアジアの海(羽田正)


雑談

またもやかなり長い間、読書シリーズを更新をしなかった。

理由は少なくとも二つある。本は引き続き読んでいたが、大半が文学である上、「中国を読む」というテーマに沿うものがほとんどなかったこと。ポストコロナで急激に忙しくなり、ほかのものも書いているため、おちついてブログを更新する時間がとれなかったことだ。しかし、こうして書き出してみると、両方とも事実だが、同時に言い訳でもあると認めざるを得な

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新中国の人間観:歴史人物を中心として(呉晗)

新中国の人間観:歴史人物を中心として(呉晗)

呉晗 著
佐々間重男、小林文男 訳
勁草書房1965

呉晗の名前は、日本では殆ど知られていないが、中国では高校を出た人なら皆一度は聞いたことがあるはずだ。なぜなら、歴史教科書の文化大革命に関する記述に、かならず次の出来事が登場するからだ。

1965年11月10日、上海の『文匯報』が姚文元の記事「新編歴史劇『海瑞罷官』を評す」を発表し、この劇が「毒草」であると指弾した。記事は『人民日報』に転載さ

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明末の文人・李卓吾 中国にとって思想とは何か(劉岸偉)

明末の文人・李卓吾 中国にとって思想とは何か(劉岸偉)

劉岸偉 著
中央公論社1994

本書を読むまで知らなかったのだが、著者の劉岸偉氏は、ぼくと同じく北京外国語大学日本語科の出身だ。しかも、東京大学に留学した点でも同じ軌跡をたどっている。といっても、この大先輩のお目にかかったことは一度もない。彼が北京外大を卒業した1981年は、ぼくがまだこの世に生まれてきていなかった。ぼくが北京外大に通う頃には、彼はとっくに博士号を取得し、日本の大学で教授をしてい

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莊子:古代中国の実存主義 (福永光司)

莊子:古代中国の実存主義 (福永光司)

福永光司
中央公論社1964

数ヶ月の間、魯迅に掛かりっきりだったぼくは、そこからどのテーマに飛ぼうかと構想を練っていた。限りない可能性を持つ魯迅のことゆえ、候補がいくらでもあった。同時代のほかの作家か、日本人作家が観察した魯迅または近代中国か、ぼくが魯迅を通して読んだ「人間そのもの」を思考する別の作品か。どれも面白く、多分いずれ扱うことになるが、ふとこれまでこのブログで取り上げた本を振り返ると

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魯迅との対話(尾崎秀樹)

魯迅との対話(尾崎秀樹)

尾崎秀樹
勁草書房1969

この本でぼくは、久しぶりに最初のページで震撼させられる経験をした。まえがきにおいて、尾崎秀樹はこのように書いたのだ。

阿Qが銃殺される直前にみた狼の眼に私がとりつかれたのは、兄が死刑になったときからである。私はそれ以降、この狼の眼の意味するものが何であるかを考えてきたが、今もって十分理解できない。
兄ーー尾崎秀実がスパイ容疑で検挙されたのは、対米戦争

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魯迅に関する著書を何冊かご紹介

魯迅に関する著書を何冊かご紹介

これまで、4回続けて魯迅の作品を読んできた。最後の「起死」以外、どれも学生時代に何度も読んだことのある作品だが、歳を重ねるに連れ、さらにコロナ禍で世界と中国に対する見方が変化したため、以前と全く異なる感慨を持つに至り、長々と書いてきた。ほかにも取り上げたい作品がいくらでもあるが、魯迅にかかりっきりというわけにもいかないので、このあたりで魯迅自身の作品から離れることにする。

離れる前に、魯迅を読む

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起死(魯迅『故事新編』から)

起死(魯迅『故事新編』から)

魯迅
竹内好 訳
岩波書店1979

たぶん中学生のころだったか、読書家の母に勧められ、魯迅の『故事新編』を読んでみたことがある。母の蔵書である単行本は紙が色焼けし、経年によるシミもところどころあり、とても面白そうには見えなかったが、「なんかふざけていて、とっても笑える作品なの」と言う母の言葉を信じ、「奔月」(月にとびさる話)を読んでみることにした。物語に登場するのは子供でもよく知っている美女仙人

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朝花夕拾(魯迅)

朝花夕拾(魯迅)

魯迅
松枝茂夫 訳
岩波書店1955

『朝花夕拾』は、魯迅の自伝的エッセイを集めた本ーーということになっている。たしかに、この本には、たとえば仙台時代を描いた「藤野先生」に出てくる「幻燈事件」のように、魯迅の思想形成を語る上で盛んに引用される回想が多数含まれている。だが、素直に自伝だと読むには、いささか謎めいた本であることも確かだ。まず疑問に思われるのが、これらのエッセイが書かれたタイミングであ

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祝福(魯迅『彷徨』から)

祝福(魯迅『彷徨』から)

魯迅 著
竹内好 訳
筑摩書房2009

この凄惨な小説を読んだのは、高校二年生の国語の授業でのことだった。国語教師は50歳前後と思われるおじさんだが、おじさんに似つかわしくない熱血さと気骨を持ち、授業中に「人民代表選投票用紙」をみんなに見せ、つばを飛ばしながらこう言ったことがある。

「全人代の代表を選出しろと、学校からこんな用紙が配られたけれど、ここに書かれてある立候補者が誰なのか、私にはさっ

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狂人日記(魯迅『吶喊』から)

狂人日記(魯迅『吶喊』から)

魯迅 著
竹内好 訳
岩波書店1956

わけもわからずに、ぼくは魯迅を読んできた。

初めて読んだのがいつなのかは、はっきりと覚えていないが、小学校の国語の授業だったことは確かだ。近現代中国最大の文豪だから、当然何本もの名文が教科書に採用され、中国の義務教育を受けていれば子供の頃からそれらに親しむことができた。記憶が正しければ、最初に読んだのは小説「故郷」の一部を抜粋した「少年閏土」で、その次が

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方法としての中国(溝口雄三)

方法としての中国(溝口雄三)



溝口雄三
東京大学出版会1989

溝口雄三が批判した中国観日本のインターネット掲示板やニュースサイトのコメント欄などを眺めていると、近現代の中国、とりわけ人民共和国以降のことが話題に上ると、目を覆いたくなるほどの罵詈雑言で溢れかえっていることがわかる。他方、古代中国、とりわけ三国志が出てくれば、おそらく罵詈雑言を書き込んだのと同一、または同じくらいヒマな方々が、今度はウンチクを滔々と語りだし

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日本で接する中国報道の無意味さ

日本で接する中国報道の無意味さ

鎖国日本コロナが始まってから早2年、帰省できず家族と会えないぼくは苛立ちを募らせ、入国規制をなおも続ける世界中の国々を呪う日々だ。そんな折に飛び込んできたのが岸田政権の水際対策を89%もの人が賛成するという世論調査、なるほど、さすがは鎖国日本、さもありなん。

そもそも海外への渡航が簡単に叶わない現状のうえに、鎖国根性が積み重ねれば、この国が眺める外国がいかに幻想、妄想、誇張、憶測のオンパレードな

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日本とアジア(竹内好)

日本とアジア(竹内好)



竹内好
ちくま書店1993

ぼくが竹内好を初めて読んだのは、大学2年生のとき、東大帰りの教員が担当する授業でのことであった。

顔も胴体もメガネも丸く、声さえ丸みを帯びていたあの教員だが、とんでもなく尖った授業をぼくたちにしてくれた。クラス全員中学校から日本語を勉強してきて、N1試験などとうの昔に全員合格したのだから、礼儀正しい日本語しか書かれていない教科書など読んでも意味がない、もっと思考

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北京のアダム・スミス(ジョヴァンニ・アリギ)

北京のアダム・スミス(ジョヴァンニ・アリギ)



ジョヴァンニ・アリギ
中山智香子ほか訳 山下範久監訳
作品社2007

いきなりだが、「中国の特色ある社会主義」と聞いて、皆さんはなにを思い浮かべるのだろうか。

多くの人は、「意味不明」と答えるだろう。続いて「要は一党独裁体制」「全体主義」といった言葉が浮かぶかもしれない。中国通に聞いたら、「社会主義の皮をかぶった実質的な資本主義」、「国家資本主義」などの答えが返ってくるかもしれない。たぶん

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