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【劇評・絶賛】『ネクスト・ゴール・ウィンズ』くらたの好きがてんこもり(ネタバレあり)(後編)

ここ数日、花粉がひどくないですか。
まぶたが腫れすぎてiPhoneが顔認証してくれません。悲しい。

昨日に引き続き、『ネクスト・ゴール・ウィンズ』について書きます。
タイトル写真は公式パンフレット表紙。左から、米領サモアサッカー協会会長タビタ、第3の性ファファフィネの選手ジャイヤ、本国米国サッカー協会から派遣された監督トーマス・ロンゲンです。


好き4:第3の性「ファファフィネ」

第3の性「ファファフィネ」とは

タイトル写真中央は、トランスジェンダー女性の選手ジャイヤ。外見や服装は女性なので、作中でトーマスはジャイヤが規定上の男子選手として出られる状態かどうかを確認しますが、サモアでは第3の性ファファフィネが文化的に根付いているため、トーマス以外の人はまったく特別視していません。

ファファフィネ
サモアの伝統的な文化に根ざし、古くから尊重されてきた”第3の性別”。男性に生まれながら女性として、あるいは女性のように生きることを選んだ人たち。サモア語では「女性のような」を意味するファファフィネ、トンガ語ではファカフェフィネ、マオリ語ではワカワヒネ、ハワイ語ではマーフーと呼ばれている。ファファフィネはキリスト今日の伝来よりも前からサモアに存在したともされ、女手が足りない家庭で、女性の仕事をさせるために、男子を女子として育てる風習もあったという。

公式パンフレットから引用 17ページ

古くから尊重されてきた性別の境界線上にある、あるいは「第3の性別」を持つ個人。彼らは伝統的に男性と女性の両方の性徴を体現していると認識され、ヒーラー、教師、調停者、スピリチュアル・ガイド、芸術の保持者、文化と伝統の守護者、家族の保護者など、特定の役割のために崇拝されてきた

公式パンフレットから引用 4ページ

フラを10年以上習っていても、このことは知りませんでした。太平洋諸島文化の受容の力はほんとうにすごい。

暖かい島国のおおらかさと生命力

暖かい島国には何か共通したおおらかさと生命力があるような気がしています。
15年ほど前に台湾旅行したとき印象的だったのは、通行人にコインを入れてもらう空き缶を置いて路上に座っている人や、寺院の前で路上で花を売る人が多くいたことです。その花は、花束や一本花ではなく、紫のデンドロビウムを中心に2・3種類の色鮮やかな花を花首から切ったもので、すごく安く売っていました。花売りは赤信号で停車中のタクシーの窓を叩いてまで売りに来ます。
貧困は解決すべき社会問題であることは前提としても、温暖な地域では寒冷な地域に比べて路上生活でも死ぬ確率が低いためか、裕福ではない人の生きるすべの幅があるというか、みんな社会の中にいて自分で生きているというか、生命力が強いというか、とにかくそういう印象を受けました。

FIFA初のトランスジェンダー女性選手

ジャイヤのモデル、ジャイヤ・サエルアさんは実在のファファフィネで、FIFA初のトランスジェンダー女性選手です。ドキュメンタリー映画が発表されるとき、「FIFA公式戦でプレーするトランスジェンダーの女性として、擁護者となり、声を上げる方法を即座に学ばなければならなかった」と語っています。
彼女を演じたカイマナさんもまたファファフィネ。
GINZAのHPで公式パンフレットに掲載されていたインタビューが全文読めます。よろしかったらぜひ。

作中、ジャイヤの葛藤が胸に迫る

作中では、ジャイヤが最初にトーマスと対立します。彼女は遅刻の常習者であったし、いっぽうでトーマスが呼ばれたくない彼女の正式登録名(男性の名前)をしつこく呼んだからです。
しかし、チームとトーマスの「調停者」となるのもまた彼女。トーマスの家に現れて謝罪しあったあと、幾度となくサッカーについての対話を重ねます。彼女がトーマスとチームをつなぎ、チームは次第に彼女を中心にまとまっていきます。

しかし、クライマックスの対トンガ戦直前に行方不明になってしまったジャイヤ。トーマスが泣いている彼女を見つけたのはトイレの中でした。
「この試合のために、チームのために、ホルモン治療をやめた。でも自分がどんどん醜くなっていく。こんな姿で人前に、試合になんて出られない」
トーマスは「チームはおれにはついてこない。チームはきみについてくるんだ。」とキャプテンマークを渡します。サッカーではキャプテンが腕章をつけて出るのをくらたは初めて知りました。我ながら女子バスケ以外のスポーツに対する解像度の低さたるや。

気持ちを立て直して、左腕にキャプテンマークを付けて入場するジャイヤ。
くらたは、このシーンでこみあげてくるものがあって、号泣でした。

調停者、ヒーラーたる第3の性別ファファフィネの選手が、男子サッカーのナショナルチームのキャプテンとなる。
「第3の性別」がどのくらい自然に受け入れられているのかはわかりませんが、そうであったとしても、特別であることには孤独が付きまといます。
また、自分が決めたことでも、ホルモン治療をやめて自分の身体に誇りを持てる状態ではなくなった。それがどれだけつらいことかも、想像にあまりまります。
しかしそれでもリーダーにはある種のマッチョさが求められる。裏でどれだけの孤独や悲しみ、葛藤があっても、ピッチには胸を張って、キャプテンと名乗るしるしをつけて最初のひとりとして立たなければならない。

そのジャイヤの姿に、気づいたら号泣していたのでした。
はああああ、超わかるう~、リーダーって大変だよね!

好き5:しっかり魅せられる(ネタバレ強)

パシフィック・ウェイ 対話を尽くしてコンセンサスを形成する

「あなたから学びたい、だが自分たちを否定はしない」
これは赴任初期に怒り狂う新監督トーマスに、米領サモアサッカー協会会長タビタが言う言葉です。トーマスを演じたマイケルファスベンダーは、サモアの人々を指して「成功か失敗かという概念にとらわれず、コミュニティや一緒になにかを経験することを重視し、粘り強さと回復力がある」と語っています。

太平洋諸島地域では、地域の課題を圧力や多数決で解決するのではなく、反対意見も尊重し、対話を尽くしてコンセンサスを形成し、協調行動を取る。我々はこれを”パシフィック・ウェイ”と呼んでいます。
実はこの”対話を尽くしてコンセンサスを取る”特徴が裏目に出ることもあって…日本人からすると、『早く決めて”』と感じてしまうこともある(笑)。

公式パンフレット斎藤龍三(国際機関太平洋諸島センター所長)インタビューから引用

タビタがトーマスに言う台詞には多くこうした独特の哲学が現れています。「あなたは望んで監督になったのかと。そうじゃないならいつでもお辞めに。あなたには幸せでいてほしい」
不幸になるために頑張ることはない。日本社会に生きる自分にそのまま当てはめることはできませんが、広い世界にそうした考え方で形成されている社会があると知るだけで、心が温まる気持ちがします。

観る予定のある人はここから先は特に読まないで!

ここから先はくらた的にはとても心動かされたところなので、未見でこれから観る予定のある方、DVD・配信・金曜ロードショーになったら観ようかな、と少しでも思っている方は、申し訳ないのですが、できれば観るまで読まないでください。
事実をもとにしているのでネタバレもなにも調べればわかることですし、感じ方は人それぞれなので観た後に「なんだ気を持たせて大したことないじゃないか」と思われたらそれも申し訳ないですが、ただ、くらた的には、これはぜひ映画を観たときに初めて出会っていただきたい。「あれはそういうことだったのか」と味わえるかもしれない感動を奪いたくない。
(そこまで言うなら書かなきゃいい、とも思いますが、書きたいは書きたい)

↓ ↓ ↓ 書きます。 ↓ ↓ ↓

娘からの留守電

昨日書いた部分ですが、序盤、トーマスの米領サモアの家では携帯の電波が入らないという描写のあとから、日常の合間に、トーマスの娘からの留守電音声が何度か織り込まれます。
その後、本国米国サッカー協会事務局の妻とは電話での疎通が可能になり、トーマスが妻に「もう辞めたい」「帰りたい」とこぼすシーンが出てきます。お、娘とも電話できるシーンが出てくるのかな、と思ってみているとまた、「明日は大事な試合なの。どうしても観に来てほしい。」という留守電が。
ん?娘はトーマスが米領サモアにいるのを知らないの?サモアにいる人は明日の本国アメリカの試合には行けないよね、どういうこと?

クライマックス 対トンガ戦

映画のクライマックスは、2014年ワールドカップ予選の初戦、トンガ戦です。慣れない公式戦に、緊張でガチガチになる選手たち。ダルーは不要なタックルをして相手に抜かれ、ジャイヤは足が止まってぼーっとたたずんでしまう。練習でトーマスが指摘した悪い点がすべて出てしまいます。
いらだったトーマスは、サモア着任前のように、叫び、ののしり、地団太を踏み、椅子を投げまわします。ついにトンガに1点先制されハーフタイム。

控室では、暗い表情の選手たちに対して「サッカーはお遊びじゃない」「お前らは負け犬だ」と怒鳴りつけるトーマス。かぶっていた妙にサイズの小さなキャップを地面にたたきつけ、「もうやめる」と出て行ってしまいます。

追いかけてきたタビタはトーマスに向かって、
「あなたは過去を見ている、今ここにいるのに。過去はどうであれ、今幸せであることはできる。私たちが欲しいのは1点です」と言います。
トーマスが「あのチームでは勝てない。勝てなければ降格になり、国際試合には二度と出られないと言われた」と返すとタビタは、それは知らなかった、そうだったんですか、と言ったあと、こう語り掛けます。
「なら負けましょう、みなと一緒に」

タビタの言葉で控室に戻ったトーマスは、選手たちに「申し訳なかった。負け犬は私だ」と謝罪し、静かに語り始めます。

実はトーマスは数年前、大学生だった娘を交通事故で亡くしていたのでした。トーマスが先ほど投げ捨てた小さなキャップは娘の遺品。あの数多くの留守電は、生前娘が吹き込んだ録音をトーマスが消せないでいたものだったのです。
大学生になったばかりだった娘は、「心理学と文化人類学の授業がとても楽しいの。新しい友達もできて、話が尽きないわ。人生にはサッカーより大切なものがある。すべては可能だと思えるの」と語り、希望に満ちていた。ところが、自分で運転した車で事故に遭い、亡くなってしまったのでした。
どうして車で送ってやらなかったのだろう、どうして試合を観に行かなかったのだろう、どうしてもっと娘の話を聞いてやらなかったろう、どうして、どうして……。
実際のトーマス・ロンゲンさんも、娘さんを事故で失っています。

話が終わった後、トーマスは選手に語り掛けます。
「サッカーはゲーム(遊び)だ。みんなの好きにやっていい」
そうして、試合後半が始まるのでした。

エンドロールの先まで見逃せない!

映画の最後、エンドロールの最後、例の阿部寛似の押しの強い牧師(監督)がもう一度現れます。
「ご覧いただいた物語のとおり、全く希望がないように見えても、人生どうなるかはわからないものですよ」
と陽気に述べて、沼に片足を差し出し……

ドボン!
沼はくるぶしくらいまでの深さだったので意外と浅かったですが、靴と靴下が泥だらけになってしまいます。
"Oh…!Shit!”

その一声でで画面は暗転、同時に客席の電気がパっと点く、という切れ味のいいラストでした。この小気味よさ、後味最高。
客電にも演出が入れられるんですね、映画館って意外と芸が細かい。面白いのに、あんまり取り入れている映画はないですよね。エンタテイメント体験として満足度が爆上がりなので、もっとやったらいいと思う。

というわけで、今日も4500字を越えてしまいました。
毎日毎日長文申し訳ありません。

気楽に観られて、しっかり笑って泣いて、やがて元気をもらえる、素直な良作です。おすすめ作品!でした!!

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