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■ストレス過多な新人研修医


毎年初期研修医が30人程度ローテートしています。それが何年も続くわけですから、新人にとってはそれが初めてであっても、我々にとっては1000人を超える新人のうちの1人でしかありません。そんな私の記憶に残っているのは、同僚の記憶には残ってもいないようなある新人です。

医局の定員が15人程度で、新人が毎年3人は入ってきます。プロ野球選手となった友人に言わせれば、「厳しいよ。下手すると3年もすれば、チームにいらないと判断されておさらばさ」。
プロ野球選手は70人枠で新人、新外国人、FAそしてトレードで10人以上入ってきます。理論上、一握りの選手を除いて、5年もすればごっそり入れ替わってしまうのです。
医師の世界でも、もちろん希望もありますが、医局は関連病院含めて必要な人間は厳選されてしまうことはあります。どの業界でも同じなのでしょう。

ある年、新入局員3人を病棟担当グループ3チームが、それぞれ1人ずつ担当していました。ところが、そのうちの1人が誰とも折り合いがうまくいかず、言い方としては悪いのですがトレードを繰り返し、1か月もたたないうちに私のグループに入ることになったのです。教授からも直々に、「なんとかうまくやってほしい。○○先生は難しいらしいんだ」とだけ告げられました。
そして、「研修医生活がストレスで寝られなくなって、辞めたいみたいなんだよ……」とも言われました。それにいつも早く帰りたがるらしいのです。辞めさせたくはないんだけれど・・・。しかたなく私は、その新人の様子を見ることにしました。

■優秀だけど問題を抱えている彼女


新人のことを見ていると、確かに医局会でも極力、部屋の隅に行こうとしていました。なるべく目立たないようにしているのでしょう。対面しても、目を伏せて、ごにょごにょ……。これが彼女の挨拶です。

ですが質問すれば答えるし、積極性がないのかと言われると、そう見えるかもしれないのですが、決して能力が低いわけではありません。ただ、会話のキャッチボールが続かないのです。質問して答える。それが何回か続くと場が持たなくなって、こっちが愛想笑いをする。そんなだから、こちらも話しかけづらい……。

病棟グループの4人ほどの会話でも、輪には加わっているのですが極力、距離をとろうとしている感じで、会話には加わってきません。結局、前のグループではそれを指摘され、積極的に声掛けをしたことや挨拶のことなど注意されたことが、彼女には合わなかったようです。

新人オリエンテーションが終わって、小児科医局に来て1か月。いずれにしても、医学生のときと研修医生活が違いすぎるってことかな?
彼女のことを知るしかないけれど、本人に聞くのもなぁ…。

結局、同期の研修医に彼女の学生時代を聞いて回ることにしました。彼女は成績優秀でしたが、1人でいることが多かったそうです。1人でいることを好むタイプなのでしょう。みんなに誘われても、1人で食べる方が好きなもの食べられるし、1人で行動すれば電車に乗り遅れても平気だからと、地元に帰省するときも頑なに1人を好んだそうです。話を聞いても、やはり私が思っていた印象との差異はありませんでした。

彼女の特性を理解して無理に誘わずに、彼女と距離を取って接するのがいいと私は判断しました。それに彼女なりには挨拶していると、グループそして医局そして病院での共通した認識にしたのです。だから彼女が出席したければ会合も学会も出席するし、欠席したければ欠席することになりました。

彼女は学生時代と同様に学習能力はやはり優秀で、教授や上司もあんな才能があるならなんとか世に出したいのになぁ……と常々ぼやいていたので、出世したい塊の私を始めとする同僚は嫉妬すらしました。患者さんである子ども、そして保護者への接し方も素晴らしい。そう、彼女発信ですることはどんなことであっても秀逸なのです。そして「早く帰りたい」と彼女が言っていたのは、家に帰って遊ぶわけではなく、自宅で勉強したり図書館で勉強を1人でしたいからなのでした。

■優秀な彼女の成長


こちら側の方針を変えてから彼女のストレスは減ったように見えました。横並びの強制される行事に参加する際にはストレスを感じたそうですが、研修医生活を終えることができたのが、何よりの成果です。私は彼女の直属の上司でしたので、彼女に接するときには対人緊張が強まりストレスが増えました。なぜなら彼女へ言葉を投げかける時は、彼女に強烈な影響を与える可能性があると、自覚していたからです。

社会人であれば、やらなきゃいけないことにも自分で折り合いをつけなければなりません。自分には合わない人だからと避けるだけでは仕事はできません。少なくとも10年以上前の当時は、そういう風潮でしたが、今はそれが和らいできた気がします。

彼女は研修医を辞めて関連病院へと行きました。「先生のおかげで、研修医生活は楽しくできました」と、最後に言われました。ただ正直、その後の彼女のことが心配です。しかし、教授から彼女の特性は告げられたので、彼女は伸び伸びと過ごせたのではないでしょうか?

楽しく仕事をすれば人は集まってくるものです。彼女は環境が整えば、そこまで伸びるのだとびっくりするぐらい変わっていました。何せあの彼女が、忘年会で色々な人と挨拶しているのですから。当時の彼女を見ている私からすれば考えられません。

「久しぶり、○○先生」
「あのー。実は私、○○ではなくて●●なんです」
「え? 結婚したの?」
「はい」
「え? でもみんな知らないよ?」
「はい」
「そうか言っていないのか? 面倒だもんな」
「はい」
変わっていないなぁ……。でも彼女なりの成長が感じられて嬉しかったです。いろんな新人もいて目立たないけれども、いろいろ心配をかけさせられた新人。それが彼女でした。

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