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発芽、まつ。学生も教員も共に成長する

東京農工大学で研究室を立ち上げてから15年が過ぎました。研究室の運営方針として「徹底的に自主性を重視する」を掲げたところ、本研究室を希望した学生たちの多くが強い個性を持っています。研究室では学生が自主性を持って研究テーマを組み立てるため、教員の指示を待つタイプの学生はいません。そのため2020年のパンデミック時も、大学に来なくても研究ができる方法を各自が考えるなど、研究活動は止まることはありませんでした。

 生物学者の稲垣栄洋が書いた『はずれ者が進化を作る』という本で、雑草を例に個性と多様性について述べられていて、興味深く感じました。雑草を意図的に育てることは難しいのだそうです。人の手が入っていない雑草には個性があり、発芽が遅い種と早い種が混在するのですが、発芽が早い方の種が優れているとは言えません。このように生物はエンジニアリング的発想に欠けている視点に気づかせてくれます。私は14年前から農学系の研究者と共同研究をしてきて、生物システムから興味深い研究のヒントを学ぶことができ、それが現在の研究方針の一つの軸となっています。

生物システムの研究を行うと新しいアイデアが湧いてきますが、指導教員の私がそのネタを学部4年生に伝えてしまうことは教育的に良くないと思っています。彼らが悩む(発芽する)時間を待つことがその後の成長に重要です。テーマの決定にあたって、学生は文献検索や分析機器の原理の理解から初めますが、それだけでなく実験室に様々なパーツを見えるように置いておくようにしています。例えば、粒子生成装置、計測機器、液滴の分級機(自作)、分解された超音波洗浄機、湿度調整機(自作)、パルス発生器(自作)、オシロスコープ、DCモーター、疑似太陽光、赤外線カメラ、ガスセンサー、トマトの苗、昆虫、土壌粒子、などです。実験室を見学した方から、「ガラクタに見えますが、購買意欲をそそるドン・キホーテの方式に似ています」と言われたことがあります。

 研究テーマ設計におけるひらめきはどのようにして発生するのでしょうか。私は、学生が数多くのパーツに直接触れて、やりたい(できそうな)研究テーマの組み合わせを思いつくことを期待しています。元学生たちが数年間かけて実験成果が出せなかった自作装置も分解せずにあえて残しています。卒業生に聞いたところ、研究成果が出ずに不完全燃焼状態で社会に出た方が学生時代のことが記憶に残っているそうです。ただし、博士課程後期学生では、失敗が続くと修了が困難になるので、失敗と成功のバランス調整が必要です。

 私自身は微粒子・エアロゾル工学分野の研究に従事してきましたが、この10年間は他分野との交流を常に心掛けています。そこでポイントとなるのは、いかに自分のプライドや専門性を手放すかです。新しい分野とのスムーズな出会いのためには自分の専門性を強調しないことが条件になり、他分野を学ぶ時間を作るためにも自分の分野のある程度の「深化」を行わないことも必要になります。学生指導においては、アウェイの環境に置かれた教員を見ることで、学生も意識してアウェイの環境で学ぶことができると考えています。研究室内で各自が全く異なる個別テーマを持つことで、学生も教員も含めてアウェイな環境を作り出し、そこで共に成長することにつながります。私自身も学部生から約10年間外国人留学生というアウェイな立場で学んで辛い面に多く出会ってきました。当事者として大変な思いをしましたが、今となってそのアウェイな環境こそが自分を育ててくれたと感じています。

 「知の深化」と「知の探索」のバランスにおいて、今の工学系の大学教員はやや深化軸にあるように思います。その方が学生にはわかりやすく、研究指導もしやすいかもしれません。ただし、その深化軸には競争力の罠があると言われています。工学系の卒業生の競争はグローバルであり、在学中にグローバル競争を意識する時間が少なく、教員側にできることも限られます。研究成果を数値で評価される教員にとってバランスをとる能力が必要ですが、学生をより「探索軸」に指導すれば、教員も学生も予測できない研究成果を生み出す仕組みになり、社会に出ていく学生に大きなお土産を持たせることになるのではないかと考えます。探索軸に傾けるために同じ工学系の分野との組み合わせでもできることがありますが、東京農工大学の場合は農学と工学との組み合わせによる教育効果が大きいと考えます。


 研究室からの博士号取得者は約10名になり、卒業研究を行った学部卒の学生40名以上の多くは修士に進学し、修士修了した者は35名になりました。卒業生の近年の就職先を整理したところ、化学製品・材料メーカー、プラント建設会社、自動車メーカー、総合印刷会社、機械器具製造メーカー、自衛隊の隊員、など多様性がある興味深い結果となりました。うち数名は博士課程後期に進学しましたが、国内で就職した約45名の就職先は約45の組織であり、就職先を決める際に研究室の先輩がいる組織には行かないと決める学生が少なくないようです。厳しい社会で生き抜くために、雑草のように個性を重視しているからでしょうか。

日本空気清浄協・機関誌「空気清浄」の巻頭言(2022年10月)

Mirror site: https://empatlab.wordpress.com/2022/08/02/opinion-seeds-to-sprout/ 

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